姪と人形D

761 21 sage 2007/11/05(月) 01:07:55 ID:zCsWmvYU0
中央に銅鏡のようなものが有って、その前に黄色い稲の穂のようなものがあったそうだ
そして、そのさらに奥、左手に一段低い台、というか棚の様ものがあったそうだ
その棚に、20体ばかりの人形が飾ってあったそうである
顔の造りはまちまちで、中には御河童頭の男の子の人形もある
しかし何れも着物を着ていて、今にして思えば、何となくだか、昭和の初期か大正くらいのものではなかったか、そう言っていた
確かにあの人形も、オレの祖母の家あったものと同じ、大正時代か昭和の初期の作、顔は少し扁平だか、何やら気品のある顔立ちだ
作りも今の人形より精巧なような気がする
勿論、オレはその辺りのことは素人なのだか。
後で知った事だが、人形というのは、着物をめくると、腹の部分に、その作者の名前が書いてある事が多いそうな
それを知っていれば、あるいは何かの手掛かりにはなったかも知れない

義兄の話に戻す
あの人形、顔の作りも、着物の柄も、あの時、棚の一番上の、端にあった人形によくにてると。

義兄の年齢から考えると、当時の件は昭和の40年代も半ばの頃だろう
当時の日本の農村には、まだ肥壷なんてものが当然あった
あれ、深さが二メートル近くあって、けっこう深いんだ
大抵は、木の蓋がしてあるのだが、中には蓋もして無く、表面がカパカパに乾いていて、まわりの地面と区別がつかなかったりする
だから、神社からその子の家までの経路、そんな所にも捜査が加えられた
しかし、その子の行方は杳として知れなかった

よく憶えてくれていたと思う、当時の事を
一因として、義兄は、オレと同じメモ魔だったから
一方は、それを武器にして出世したが、また一方は、それがアダとなり、離婚、退職(オレ様)した
話の本筋とは違う、オレの愚痴。
とまれ、話は人形に戻る
その社の人形を見たとき、神主が大雑把に説明してくれたそうだ
その人形の由来を。

762 22 sage 2007/11/05(月) 01:08:42 ID:zCsWmvYU0
神主の話によると、大正の終わり頃、先代の神主の時に、この村でコレラが流行ったそうである
現代の日本では発生も稀だし、症状も軽くに抑えられるが
当時、村、と呼ばれていたこの地域の医療技術や、衛生観念がどの程度のものだったのか。
体力のある壮健な男女は治癒したそうだが、結果的に幼い子供や老人にかなりの死者が出たそうである。
1ヶ月程で流行は下火となったが、その盛りの時に、先代神主が、疫病、災厄除けを、かの神社に祈願したそうである
村中総出のことで、歩ける村人は皆集まったらしい
その時に、既に亡くなってしまった子供らの人形も供養して神社に納める事になったらしい。
つまりその人形達は、その時に亡くなった、全ての子供らの依代みたいなものかも知れなかった
そんな人形を、姪は持ち出してきたのだ。
結局、その時の原因は井戸からと後になってわかったらしい
どこの家でも井戸に蓋がされ使われなくなり、かわりに脇に祠が建てられた
水質検査をして使用できるようになったのは戦後の事らしい。
その夜、姪の枕元にある人形を見ながら、寝床で考えた
でも、何故将来符なんだ
姪なりの供養の仕方なのか。

翌日、昼近くになって、オレ達は車で病院へ向かった
今日は甥と姪も一緒だ
病室に入っていくと、姉は半身を起こして出迎えてくれた、まず子供達が駆け寄っていく
姉は義兄の顔を見ると、少し驚いた顔をしたが嬉しそうだった
久し振りの親子四人の対面
オレは姉に、入院時の足りないものを聞くと、売店に降りて行った
姉に言われたものを買うと、この売店には本屋もある事に気がついた
少し時間を潰そうと思った。
なる程、病院には子供から老人まで、様々の人が入院している
絵本から盆栽の本まで小さいスペースながら、様々なジャンルがあった。
店内を物色している内に、ふと一冊の小誌に目がいった
おそらく自費出版に近いものだろう
装丁もただ厚紙にタイトルの、○○市郷土民族史、と印刷されただけのものだった、著者の欄には○○会とあった
その本を持ってレジに向かった。

763 23 sage 2007/11/05(月) 01:09:41 ID:zCsWmvYU0
病室に戻ると、姉に売店の袋を渡し、いくつかの会話の後、あとは義兄にまかす事にして、オレは病室を出た。
今日はこれから、昨夜聞いた、神社の奥の井戸に行くつもりだった、暗くならない内に。
バス停に向かう道々、オレは姉の事を考えた
今日は比較的、楽そうだったが赤い斑紋は増えている気がした
蜘蛛状血管腫と呼ばれているそれは、別名、メデューサの首とも言われている。

車中では、先程買った本を流し読みする。
やはり、昨日聞いたコレラの記述はなかった
市の中では、小さい町だ、あの地域は。
だが、それよりも目を引く記述があった。
天保年間後期、あの地域を、痘瘡、天然痘が襲ったそうだ
最初、災厄は隣の村から来て、あの村に住み着いた
死者の数限りなく、一日に、棺桶が幾つも寺に運ばれる
仕舞には棺が間に合わず、遺体を剥き出しのまま、河原で焼いたそうである
死臭と線香の臭いが混じり合い犬も居なくなったそうだ
同時に、隣村からは閉め出され、村は完全な孤立状態になった

天然痘の不思議なところは、10人の内、4人は病に罹り命を落とす
4人は罹患はするが何とか命は助かる
そして残る二人は、罹患もしないというところがある
生まれつき抗体を持っているのか
その時の詳しい記録は、あの地域で最も古い寺にあると書いてあった
そこまで読んで、オレは思った
あの神社、もしかしてその時に建てられたものじゃないかと。

バスを降りると、オレは荷物をとりに一度姉の家に戻った
ラジオ付きの非常用懐中電灯、五徳ナイフ、オフロードバイク用の革手袋
そして5mと10mの細引き二本、針金とラジオベンチ、タッパーとマグカップ
それがオレのフィールドワークの基本だ

まだ陽は高い、だか少し早足で神社に向かう

764 24 sage 2007/11/05(月) 01:10:17 ID:zCsWmvYU0
夏休みである筈なのに、この神社には大抵、子供は遊んでない
神社の横を通り、さらにその奥、裏手の森に入っていく。
井戸はその中にひっそりとあった
屋根も、釣瓶も桶もない、正に神だけの井戸と言う感じだった。
井戸そのものは、コンクリでも煉瓦でもない、自然石を組み上げたもの
ある程度の時間は経っているだろう、まわりには苔が生えていた
周りは畳6畳ほど開けていて、地面には丸い石が敷き詰められている。
オレはそっと近付いていき、中を覗いてみる
ほんの4、5メートル先で光は届かない
昼間だというのに、森の中は薄暗い
懐中電灯で中を照らしてみる
ずっと下に、あれは水面か、灯りに照らされ反射している
ここで下から、髪を振り乱した女が壁をよじ登ってきたらオレは泡吹いて気を失うだろう
と、どこかの映画のワンシーンを思い浮かべた

その辺りに落ちている石を拾ってみる、頭上に差し上げ真下に落とす、高さ約2m、下に落ちるまで約20フレーム
その石を今度は井戸の中に落としてみる
一、二、三…と数えて約12、3mか、中に入る気はサラサラ無いが
しかしポチャンと音がした、水はある。
井戸の中を覗いている内に、何だか鼻の奥がツンとなった
いわゆるスポットめぐり、をしている時に、たまに起こるオレの習慣、たぶん感傷だったろう
この神社がオレの想像通り、その時建てられたのなら、何の為にこの井戸が掘られたのか
あの時、無事治癒し、何とか命を拾った者も、結果的には村から追われたそうた゛
わずかばかりの食料を与えられ、山の奥に追われたそうだ、つまりは死ね、ということだ
痘痕がのこり、失明する者もいた、醜い姿になった彼らは、再び村に災厄を呼ぶと言ってね
抗体をもち、再び痘瘡に罹ることはない彼らを。
だが、天然痘は完全に世界から駆逐され、文明と技術の恩恵に溺れているオレ達には、彼らの無知を笑う権利はない

帰る時に改めて気がついた、オレが来た左側とは反対に、左側にも誰かが歩いた跡がある
誰が最近この井戸を覗いたのか

766 25 sage 2007/11/05(月) 01:11:27 ID:zCsWmvYU0

528 :本当にあった怖い名無し:2007/08/27(月) 04:35:41 ID:Ke3p+1fDO
(す)
これは告発ではないよ、全然

その村の歴史
いま、自分達が住んでいる街、100年、わずか百年前はどうだったのか
少し調べてみるといい

無駄なことは全てはぶく
(す)、と、(ん)
およそ200文字、やはり、それで終わらせたい

先を急いでいる人がいるし、オレも少し疲れた
やはりあの時の事、思い起こすのは少しシンドイ
結果的に言うならば
姉は死んだ、そして姪も
はっきり言って、あの家族は崩壊した

残ったのは、甥と彼の弟だけである
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