失踪@

701 本当にあった怖い名無し sage 2009/10/11(日) 07:11:22 ID:zGEa3u1U0
これはもう25年以上も前ですが、実際に体験した話です…。1

※実際に体験したという話ですが、死ぬほど…というところに関しては自信ありません。ですので、それを切に希望される方はスルーの方向で

--以下本文

もともとある場所に起因する話なのですが、当時私は高校2年から3年への春休み中で、事はそのときに起こりました。
そのある場所と言うのは大阪経済・金融の中心地、北浜・天満橋界隈。
正確にはそこを流れる大川にかかる天満橋と、堂島川、土佐堀川と中之島公園で2分される場所です。

3月のある日、友人の母親から1本の電話が。
友人の母:「斉藤(私・偽名)くん、うちの健二(友人・偽名)と、昨日一緒じゃなかった?」

私:「昨日は一緒やないですよ」

などと、素っ気ないやりとりのようですが
彼を含め、友達数人とよくつるんでいたこともあり、そういった電話もたまにあったので、特に疑問にも感じませんでした。ですが、一晩帰っていないということもあり、ほかの友人たちに電話で確認したところ、同様の電話が健二の母からあったようです。
ですが私同様、誰も当日は健二とは会ってないとのこと…。

結局、心配になった母親はその日の夜、地元の警察に捜索願を出し、息子の無事を祈っておりました。
ですが、翌日になって地元ではなく大阪市内の東警察署から電話があり、その内容が「2日ほど前、管轄の川で飛び込みがあったようで、その時の遺留物があるので、一度確認にきていただけないか」といったもの。

電話を受けた健二の母としては、まさかと思いつつも、確認を行うことに。
警察で見せてもらった遺留物というのはスニーカーで、中には同様に脱いだ靴下も入っており、それは、天満橋のちょうど真ん中当たりに、キレイにそろえ脱いであったとのこと。
その際、遺書はみつかってはいないものの、状況的に飛び込んだ可能性が強いというものでした。
スニーカー自体どこにでも売っている平凡なものなのですが、確かに健二が履いていたものにもあったため、一度帰って確認をすることに。


702 本当にあった怖い名無し sage 2009/10/11(日) 07:12:32 ID:zGEa3u1U0
その時、担当の警察官からは「周辺の聞き込みも行っておりますが、目撃者については現在見つかっておらず、飛び込んだものとも、どこかへ失踪したものとも一概には申し上げられません。」との返答。

とりあえず、帰って下駄箱を探すと、同様の靴はなく、いなくなった当日に履いていた確率が非常に高くなったこともあり、状況報告を担当警察へ連絡することに。
当然母親としては、まさかとの思いもあり、飛び込んだとは考えたくはなかったのですが、電話越しに担当の方は
「大変申し上げにくいのですが、ご希望がある様でしたら、万が一の場合を考え、川をさらいます」とのこと、さらに補足的に、時間がたつと発見が非常に困難になる場合があるため、早めの決断をしていただきたい。と。

翌日、心配して健二の家を訪ねた私を含め、友人たちに健二の母親は、ここまでの経過を話してくれました。

その帰り道、私を含めた友人の間でも、「まさか、あいつがそんなことするなんて信じられない」との、思いから「たぶん2、3日したら帰ってるで」などと、希望的観測で話をしていたりしたのです。
しかし、とうとう彼が帰ってこなくなり一週間がたち、いよいよ川をさらう作業を行うことに…。

その連絡を受け、健二の家族と私含め仲のよかった友人3人で、現場にいくことになりました。


703 本当にあった怖い名無し sage 2009/10/11(日) 07:14:50 ID:zGEa3u1U0
実際、現場では警察関係者および、地区の消防団の方々で、結構な人数での探索となりました。
ダイバーなどはおらず、カギの付いたロープを岸と、船から投げては引っ張るといったものでした。
皆一生懸命順々にロープを投げては引く姿を見ながら、(きっと、どこかでまだ生きてるはず)正直私たちはとても複雑な気持ちで、作業に参加しておりました。
余談ですが、作業をしていた地元消防の方に聞いた話では、ここらは身投げする人が多く、しかもなかなか遺体が見つからないそうなのです。

結局、その日は大量のゴミが引き上げられただけで、彼の存在および、それを確認できるものについては見つけることができませんでした。
反面、ほっとしたような、でももし居るのなら早く見つけてあげたい様な、何ともいえない気分でみなその日は帰ることとなりました。

その日から3日間捜索は続けられたのですが、私たちが参加したのは最初の1日目のみで、以降は、家族だけが、手伝いに行くこととなりました。
結局、捜索では結果は出ず、ひとまず打ち切りという形となり、以降は警察からの連絡を待っていてほしいと言われ引き上げることになったそうです。

捜索初日同様、私たちも家族も、(きっと、まだ生きてる)不安を希望に変え過ごすことになると思われたのですが…。


704 本当にあった怖い名無し sage 2009/10/11(日) 07:18:51 ID:zGEa3u1U0
その夜に、不可解なことが起こりました。

家族の元へ電話がかかり、健二の母親は直感的に健二からだと思い受話器をとると、
しばらくの沈黙の後、
(当然沈黙の間、母親は「健二?健二?今どこにいるの?」と、問いかけ続けたそうなのですが…。)

「見つけて…、お願い…」とだけ言うと切れてしまいました。

当然、母親としては、きっとどこかにいて、今更恥ずかしくて帰ってくることができず、さがしてくれるのを待っていると思っていた様なのですが、
その電話がかかってきたのとほぼ同時刻と思われるタイミングで、私、そして友人宅にも全く同様の電話がかかってきていたのでした。

実際、私も不安はあるものの健二の母親同様、絶対どこかに居るんだと思っておりましたが、電話のあった直後の友人や健二宅への確認を行うことで、希望より不安、そしてその確認でほぼ同時の電話であったことに不自然な感じが否めなくなったのです。

またその健二からと思われる電話を受けた1時間後くらいに、一緒に捜索に参加した友人の1人から、電話がかかってきたのです。

その電話の内容というのが、その友人の知り合いでとても霊感の強いおばさんがおり、普段さして連絡を取り合っているわけでもないのに電話がかかってきたようなのですが、
開口一番「達彦(友人B:偽名)あんたの知り合いでこんな子いてないか?」と、失踪した友人と特徴のよく似た人物像を達彦に説明をはじめ、
詳しく聞いていると、ちょうど健二が失踪した翌日の夜中からそのおばさんの枕元に当時の私たちくらいの年頃の男の子が立つ様になったそうです。

そのおばさん曰くは以前からもよくそういったことがあったため、特に気にとめることもなく過ごしていた様なのですが、その日以降毎晩居ることと、日に日にその表情が険しく、そして何かを訴えたいという思いが伝わってきたそうで、とても胸騒ぎがし電話をくれたそうです。

また、その彼がとても良くない状態に向かいつつあるのだそうで、一刻も早く見つけてあげないとと伝えてきたので、
私たちだけでもう一度現場の捜索
(実際には捜索と言うよりも、そのおばさんがもう少し詳しいことを知りたいというのと、ある程度の場所を特定できればとの思いで)
に行くことになりました。




709 本当にあった怖い名無し 2009/10/11(日) 08:26:24 ID:zGEa3u1U0

翌日の夜、おばさん宅へ友人と一緒に向かい、そこからタクシーに乗って
現場へと向かうことになりました。
そのタクシーの中で、現場についての話をしてくれました。
その場所を含め大阪市内は戦争時空襲を受け、たくさんの人が亡くなっており、
おびただしい数の人たちでその川面を埋め尽くすくらいになっていたそうです。
そういった無念にも亡くなった人たちの思いや怨念がその場所には渦巻いており、
話によると、そういった怨念はたくさん折り重なり一つのおおきなものとなるんだそうです。

仮にそれを怨霊という言い方をするのなら、それら怨霊が個々の霊の無念を扇動し、
同様の無念を現世の人間にも味合わせる(自分たちの仲間とする)ことだけが目的となり、
さまようのだそうです。

その話からも健二自身最初から死のうという気持ちが強かったわけではない
にもかかわらず、そういった怨霊に導かれたのだと説明していただきました。
なので、自分自身に悩みがあったり鬱な気持ちになっているときには間違っても、
ここへは近づくな。といわれました。
また、こういう目的でくるときは、絶対もっていなさいと言って、
折り紙に小分けした塩を持たせてくれて、
「何かいやな感じがしたら、その塩を足下と自分にかけなさい」
と、注意を受けました。

失踪Aへ続く
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