マグロA

悪魔さんは床に座らされているのに、絶対的な圧力を放っていた。

ボウガンは取り乱した。
くそくそくそくそ――。
そう喚きながらベッドにダイブする。
枕に顔を埋め、わあわあ喚いていた。
そして、何かに気付いたような仕草で持参したリュックを拾った。

リュックの中からポーチを取り出す。
中から二つのパケを取り出す。
二つのパケから結晶を取り出し、器具で砕きながら混ぜている。
さらにミネラルウォーターと混ぜ、何やら準備を始めた。
ポンプで作った液体を吸出し、それを更にシェイク。
指でピンピン弾き、空気を抜く。

パケ、ポンプが何かって?
知らないなら無視してくれ。
そんなことは知らなくても良いことだ。

「シャブと●●●●のチャンポンか。コイツ、とっくに人間辞めてたんだな」

カクテル。
二種類以上の薬物を混ぜ合わせ摂取することを、そう呼ぶ。
そいつが使ったのは、効き目・依存度・禁断症状が最も強いとされているモノだった。
廃人コースへの片道切符ってヤツだ。

カクテルを静注したボウガンはベッドからしばらく起き上がらなかった。
が、涎をダラダラ流し、ヘラヘラ幸せそうにしてた。
これ聞いたら、何入れたか分かるヤツもいるかもしれない。
だが、黙っててくれ。
それが大人ってモンだ。



「おい、タバコ吸わせろ」

悪魔さんがそう尋ねる。

ボウガンは返事をしない。
ベッドに寝転がって、天井を見つめていた。
お花畑でも見てるんだろう。

「勝手に吸わせてもらうぞ?」

開くとキィィンと澄んだ金属音を立てるライターで、タバコに火をつける。
手錠を着けた両手で、器用にタバコを吸う。

「そのライター。綺麗な音しますね」

「ん? いいだろ。気に入ってんだ」

「俺も吸っていいですか?」

「ああ。しばらくキマってるだろうから。大丈夫だ」

悪魔さんにタールのドギツイ両切りのタバコを咥えさせられた。
そして、悪魔さんが先ほどのライターで火をつけた後、俺のポケットにそれを入れた。

「やるよ。入学祝だ。よく頑張った」

誰から聞いたのか分からないが、俺が入学することを知っていたんだ。
いつか話さなければいけないと思って、先延ばしにしていた。

「……正直。お前には悪いと思っていた。俺の勘違いのせいで、お前の人生台無しにしちまったからだ。すまなかった」

頭を下げる悪魔さん。
手足や体が動かない状況にも関わらず、俺は悪魔さんが頭を下げたことの方が驚きだった。

「老婆心ながら言わせろ。ジジイの戯言とでも思っとけ。お前は顔に心が表れすぎる。そんなんじゃ腹の内もバレる。いつでもヘラヘラ笑ってろ。ションベンちびりそうな状況でも、な」



タバコを吸い終わったころに、やっとボウガンは起き出した。

「ふうう。さてさてさて、始めようかなあ。これ、何か分かります?」

何とも気色悪い笑顔で俺たちに質問する。
背中に背負っていた白木の長物を取り出す。
何かって、ポン刀だろ。
どこで買うんだそんなモン。

「マグロ包丁って言うんですコレ。昔は良く使いました」

おいおい、刃渡り何十センチだ。
包丁ってサイズじゃねえぞ。

「……何する気だ」

悪魔さんが聞く。
俺も悪魔さんも、大体答えが分かっている。
まさか。

「何って、包丁は食材を解体するために使うものでしょ」

ボウガンが近づく。
俺は、ヤメロ、と叫んだんだ。
無駄な足掻きだろうが何だろうが暴れまくった。
本当に無駄だった。



「じゃあ、ちょっとちくっとしますよぉ」

悪魔さんを押さえつけ、馬乗りになったボウガン。
ボウガンは笑えない冗談を、さも面白いことのように、笑顔でほざく。



そこからは、長かった。

ボウガンは、指から始めた。

映画や物語ではクスリをやっているヤツは、理性が完全にぶっ飛んだハチャメチャに発狂した人間として描かれている。

だが、本物はちょっと違う。
確かにある種発狂はしているだろう。
いくらか挙動不審なことも確かだ。
しかし、何も考えていないわけではない。
ヤツらは万能になったと思い込む。
全能感、何でも出来るという妄想。
何でも出来るという思い込みの下に行動するため、気が触れた様に見える。
空を飛べるという思い込み。
自分が偉くなったという思い込み。
スーパーマンになったという思い込み。

金正日が滑稽に見えるのは、そういうものなんじゃないかと思う。
本人は到って真面目ってこった。

多分、元調理師のボウガンはマグロの解体をしたことがあるのだから、他の解体も出来る、と思ったのだと思う。
これが正気で出来る人間などいないと信じたい。

「ねえ。タクくん。マグロの解体作業の手順って知っているかい?」

手足の指を全て切り落とした後に、俺に聞いてきた。
悪魔さんは脂汗と、口と鼻から血をにじませながらも、悲鳴すら上げない。
床は真っ赤に染まる。

「まず、エラと内臓を取るんだ。それをジージーって言うんだよ。そのジージーの状態から、シッポと頭を外すんだ。それをドレス。この「マグロ」はカマもワタもまだあるんだけれど、ジージーにする? それともいきなりドレス?」

こいつは何考えてるんだ、ヘドをぶちまけた中で、そう思ったね。
クスリを使ってるヤツがイかれてるのか、コイツがイかれてるのか。
後者である前者であって欲しい。

俺は、ヤメロ、と叫ぶことしか出来なかった。
手錠が腕に食い込んで、血が流れたよ。

「まあ、次は余計なヒレ部分かなぁ。フィレじゃないよ。腕と脚行くね」

誰に話しているのか、ひとり言のように呟く。
悪魔さんの左足の付け根に、ざっくりと包丁を入れる。
恐ろしいほど切れ味が良いその包丁は、俺が泣き叫ぼうが、悪魔さんが泡を噴こうが、進むのをやめない。

しばらくすると、荷物からさらに凶器を取り出す。
分厚い包丁、小さい包丁、ともかく職人用のゴツイものがゴロゴロ出てきた。

黄色いブチブチとした何かの組織と共に、左脚が切り出された。
悪魔さんは尋常でないほど痙攣を始め、傷口から出る血溜まりが波打つ程大きくなっていた。

「関節、結構固い。よしっ! 次!」

ちくしょう。
何で俺は、動けねえんだ。



時間をかけ、その元調理師は脚と腕を悪魔さんから取り上げた。

俺のノドは叫び続け、潰れてしまったが、それでも何かを叫んだ。
覚えてねえ。

「あ、もう死んでるじゃん。あーあ、失血かなあ。血管焼いとけば良かった」

悪魔さんの頭を叩き、鼻歌交じりにそう言う。
じゃあジージーとドレス完成させようね、とほざきながら、悪魔さんの体を弄んだ。
腹を切り、中身を傷つけないように取り出す。
首の関節の外し方を俺に講釈垂れる。
ジージーは完了だとか、なんだとか、口から出るのはその解体の仕方ばかりだ。

ゴキリ、ゴキリと何度も音が聞こえた。
よっと、とか言うボウガンの掛け声はやっていることとは正反対に無邪気だった。
バラバラになった体と、その中身を、丁寧に並べ、作業を終えた。

悪魔さんは、俺に不安を与えないように黙って事切れた。
信じられない精神力だよ。
でも、そんな気遣い要らない。
何でアンタそこまで俺にするんだよ。

「よし。これがドレスだよ。ちょっと順番ムチャクチャになっちゃった。後はブロックにすれば良いんだけど、タクくん食べる? どうしようか? 食べないんなら、細かくしてもしょうがないんだよねぇ。でもここからがマグロ包丁の真骨頂でもあるしなぁ」

シャブ中毒者は、いったん何かを始めると狂ったようにその作業に没頭する。
ゲームなら何時間でも、クルマの運転をさせたら不眠不休で走り続ける。
ボウガンにもそれは言えた。
一心不乱に作業をこなした。
狂った作業。

顔を持ち上げ、コレどうする? と笑い転げている。

情けなくてしょうがなかった。
俺は無力。
何にも出来ねえ。
むせ返るような臭いと、目の前に広がる惨状。
ガタガタ隅っこで震えることしか出来なかった。



その時、扉が開き、外から人が入ってきた。
入ってきた人間の反応は一様に同じだった。
わあ、とか、ぎゃあ、とか中の惨状の感想を叫ぶ。
ボウガンは呆れたように、酷いなあ、とかほざく。

「おい、お前がこれやったのか?」

答えの分かっている質問を、その男はする。
ボウガンは、はい、と一言だけ言い静かになった。
先ほどまでの、ふざけた態度は消え、存在感も消えうせた。
他の男達に取り押さえられ、ボウガンはあっけなくプレイルームから出て行った。



その後、俺に対して取り調べもないところをみると、入ってきた男達は警察関係者ではないのだろう。
ジモンあたりが外と連絡を取ったんだろう。
ボウガンがあの後どうなったのか分からない。

願わくば俺に任せて欲しかった。
自称俺の人生を台無しにした男。
俺はソイツの仇が討ちたかったんだってことに気付いた。

これで、話は終わりだ。
幽霊なんぞよりもよっぽど恐ろしい。
狂気のほうがよっぽど恐ろしい。



その事件の後、大学に進学した。

悪魔さんの言いつけ通り、キツイことは何度もあったが、笑ってスルーした。
だが、入学までに経験した恐怖以上のモノはなかった。

悪魔さんがくれたライターは無くしちまった。
その代わりに、もっといい物が見つかったが。

全部、蛇足だ。
ここではやめとこう。

まあ、今は温い大学生活を楽しんでいる。
以上だ。
怖いサイト.com
ベストヒットナビ
感想・雑談はコチラ
もっと探す@AB
[戻る]
- mono space -