廃村とシベリアンと私A

私も似たようなものだったが、いつシベリアンがあの人影をおちょくり出すのかビクビクしていたせいで、少し冷静だった。
人が怖がっているのを見ると怖さが半減する、そんな言葉を聞いたことがある。
だけど、私はふざけている人間がいても怖さが半減することを知った。

カマキリ、カマキリねえ、とシベリアンはニヤニヤしながら呟いた。

「おい、良い事思いついた。あのカマキリ倒しちまおうぜ」

何てことを言い出すんだ、この犬顔。

「ふざけんなよ! そんなことお前らだけでやれ! 俺は絶対ここを動かないぞ!」

ターゲットくんは頑なに拒み、更に奥に引っ込んだ。
お前らって酷いなあ、私はやらないよそんなこと。

「んじゃ、ユウと俺で倒してくるわ。大人しくしてろよ? ユウ。俺と付き合え」

私は全身で否定したが、シベリアンは人語を解さないらしい。
ズルズルと表に連れ出された。



「あれが何なのかは良く分からんが、ドデカイ虫っていうのは分かる。まあ、虫顔の人間だったら事情を話して道を教えて貰おうぜ」

武器になりそうな物を探している男の言うセリフじゃない。
おお、こいつは使えそうだ、と嬉しそうに物騒な意味を含む言葉を言う。
長い棒切れに先端の尖ったナタを括り付ける。
私が不安を口にする。
それを聞いたシベリアンは、まあまあ良いことを教えてやるよ、と言い、続けた。

「小学生の時は虫ハカセの異名を持つ男だったんだ、俺。だから安心しろ」

ニヤニヤ笑いながらちっとも安心できないことを言った。



「すみませーん」

どこまで行っても軽いこの男は、あろうことか巨大カマキリにフランクに話しかけた。

焚き火に気を取られているのかカマキリはこっちを向かない。

「虫だけに無視ってか」

どうでも良い駄洒落を言い、持っていたお手製の槍でカマキリの背中を小突く。
その瞬間、ガン、という硬い音を響かせ槍が右にぶれた。
振り返ったカマキリは、とんでもなく薄気味悪い体をしていた。

布きれだと思っていた物は布きれではなく何かの皮のようだった。
毛がある部分もあれば、のっぺりとした部分もある。

だが五本の指のある腕もある。
その腕を中途半端に万歳をするように胸の前で掲げている。
体は細く腹だけが膨れていた。
逆三角形の頭は本当にカマキリのそれだった。
全体的に茶色いその化物は、明らかに人間には見えなかった。

「オタク、日本語、ワカル?」

シベリアンはこの場に至ってまだあざ笑うかのような態度を崩さない。
ニヤニヤと笑いながら槍を構え、そう質問した。

化物はニャチニャチと音を立て口を動かす。
私の田舎でパックンチョと呼ばれていた、ある折り紙の折り方を思い出した。
四方向に口が開くあれだ。
幼稚園児など初心者用の折り紙遊びの定番。
私は昔ヒマがあればそれを作って遊んでいた。
それを百倍グロテスクにして、ヒダヒダとキバを付けたらあんな風になるんだろう。
口と呼ぶのも憚る口を動かし、私たちを観察するように逆三角形の頭が乗った首をクリッと動かした。

「あーあ。間違いなく人間じゃねえなこれは」

シベリアンはそう言うと、躊躇なく槍の先端をカマキリの腹に埋め込んだ。



目にも止まらぬ速さとはこのことを言うんだろう。
カマキリは刺さった槍を体をひねって抜いた。
同時に、腕だと思っていたモノが内部から裂け、その内部から出てきたモノを構えた。
中途半端に開いた二つ折りナイフのような形のカギ爪だ。
言葉で言うと伝わり辛いがカマキリはやはり鎌を持っていた。

シベリアンも、抜かれた槍を構えたまま動かない。
こう着状態になった私たちは身動きが取れない。
冗談のように大きいそのカマキリは、鎌を構えたまま動かない。

バチリ。

近くにある焚き火がまたも爆ぜる。
カマキリはその音にビクリとし、焚き火の方向に首を向ける。
その瞬間を待ってました、と言わんばかりにシベリアンが再度腹、そして足に槍を刺し込む。
いやいやをするようにカマキリは暴れたが、シベリアンは怒涛のごとく槍を突き出す。
暴れた拍子に倒れこんだカマキリに、槍を思い切り刺し込み地面に縫い付けた。
そして叫んだ。

「逃げるぞっ!!」

私の腕を握り締めシベリアンは駆け出した。
私は目まぐるしく起きた目の前の状況に判断が遅れる。
シベリアンとともに走り出し、民家の中に逃げ込み、ようやく言葉を発することが出来た。

「もう少しで勝てそうだったのに。何でトドメを刺さなかったの!?」

「おいおい。お前はホントに女の子か? いや、あんなんじゃとても倒せそうもねえ」

虫には痛点がねえんだ。
痛がっているように見えても攻撃をされたっていう単なる反射だ、多分。
ダメージはあるかも知れねえがアイツの動き見ただろ?
悠長に攻撃してたら、こっちの首が飛ぶ。
隙がなかったらとてもじゃないが逃げ出せなかった。

そんなことをニヤニヤと笑いながら喋った。
余裕があるのかないのか。
分からない男だ。



「ねえ。今の内に逃げ出せるんじゃない?」

ターゲットくんがいるところまで静かに移動して、再度会議を開いた。

「ダメだ。足止めするぞ」

「何でだよ! アイツあの場所から動こうとしないじゃないか!」

「虫は明かりに引き寄せられる。もうすぐ焚き火も消える。消えたら俺達を探すよ、多分」

「だからだろ! 今の内に村を逃げ出せばいいじゃないか!」

「……村を出るだけなら多分出来る。だが、ほとんど視界がない山道でアイツの動きから全員で逃げ出せる可能性が低い。村の中と違って山道は音を立てずに歩くのが難しいからだ。それともターゲット、お前が囮になってくれるのか? 一人がエサになれば確かに逃げきれるかもしれないからな」

わはは、と軽い調子で恐ろしい冗談を言うシベリアン。
そうだ。
これはゲームじゃないのだ。
決まったフィールドから逃げ出せたからといって、追いかけてこない保証はない。

「ってことで俺に考えがある」

シベリアンはその考えを話し始めた。
必要なのはホースと工具と瓶だな、そう言って話を締め切った。



村の入り口まで出来るだけ物音を立てず、歩いては止まり、歩いては止まりながら細心の注意を払い目的地に到着した。

目的地は村の入り口にある薄汚れたクルマだ。
クルマのガソリンの蓋を抉じ開け、中からガソリンをホースで吸いだす。
気化してしまったのか燃料はほとんど入っていなかった。
だけど、一瓶ほどの量は取り出すことが出来た。
ガソリンで湿らせた服を千切り蓋にする。
火炎瓶の出来上がりだ。
一発で成功させなければならない。



シベリアンがゆっくりとカマキリに近づいていく。
遠巻きに私達もその様子を伺う。
シベリアンが何かを叫び、瓶を投げつけた。



瓶は思ったよりも固かった。
もしくはカマキリが思ったよりも柔らかかったのか。
カマキリに当たりはしたが、割れずにバウンドした。
火炎瓶はシベリアンの位置を教えただけだった。

シベリアンが私達とは逆方向に走る。
カマキリはそれを追った。

ターゲットくんは村から飛び出て一目散に逃げ出した。

私はシベリアンが心配だった。
消えかけた焚き火のところまで戻り、火炎瓶を持ち、後を追いかけた。

カマキリとシベリアンはまたも対峙していた。
今度は槍ではなく物干し竿で応戦しているが明らかに負け戦だ。
一振りで竹製の物干し竿は長さが半分になった。
カマキリが私に気付いたのか、こちらに体を向ける。

私に気付いたシベリアンは、逃げろ! と叫んだ。
だが、その時には目の前にカマキリが迫っていた。

倒れこみ、火炎瓶が手から離れる。
私を守るようにカマキリの前に飛び出すシベリアン。
火炎瓶を拾い、蓋を投げ捨てる。

シベリアンはブーツを脱ぎ、その中にガソリンをいれ、カマキリに投げつけた。
ガソリンまみれになったカマキリは怯まず、攻撃をしようとのしかかろうとする。
私はその辺に転がる石を投げつけるが効果はない。
再び物干し竿を拾い上げたシベリアンがカマキリの頭にそれを叩きつけた。
カマキリはその衝撃で倒れこんだ。
黄色がかった白い腹、昆虫の証である四本の足と一対の鎌がギチギチと音を立て暴れまわっている。
おぞましい。

逃げろ! と再び叫ぶシベリアン。
私は走り出した。
シベリアンはニヤニヤと笑いながら、起き上がろうとするカマキリに向かって言った。

「これ貰い物なんだよ。気に入ってたんだけど、お前にやるよ」

そう言って、高級そうなライターに火をつけ、カマキリに放り投げた。



カマキリは火から逃れるようにしばらくもがいていたが、やがて大人しくなった。
ギリギリと関節が爆ぜる音が聞こえる。

ようやく決着したことに心から安堵する。
その場にへたり込み泣いていると、シベリアンがニヤニヤ笑いながら私の下に来た。

「やっぱり女の子だな、ユウ」

いつまでも憎まれ口を叩くシベリアンだったが、その憎まれ口が快く聞こえた。



情けないことにそのまま腰を抜かしてしまい、彼におぶわれ山道を下った。
彼の体は温かく、広い背中は心地よかった。

遂に大きな道路に出て見覚えのある道も見えてきた。

「アイツ、別に悪いことしてないよな」

「だって私達を食べようとしたじゃない。しかも最初に攻撃したのアナタよ?」

「まあそうなんだけど。あそこまですることなかったかなあって」

ニヤニヤ笑いながら言う割には後悔しているようだった。

片方のブーツを履いていないシベリアン。
靴下は山道に削られ、ペラペラとその残骸を残すのみ。
彼の足には小指がなかった。
私がそれに気づいたのを見たシベリアンはこう言った。

「昔、ちょっとな」

悲しそうに優しく微笑んだ。



合宿所に戻ると、ターゲットくんが泣きながら何かを懇願していた。
サークル長はとまどっているように見える。
元々の目的地の廃村とは違う場所だったらしい。
どうりでお札なんか一枚も見つからないはずだ。

私達の姿を確認すると、彼は一層泣き出した。

「お邪魔虫は風呂でも入りますか。じゃあ頑張れよ、ユウ」

シベリアンはそう笑って言いながら血の出た足を引きずり、その場を後にした。
私をおぶって山道を歩いたせいだ。
文句の一つでも言えばいいのに。

この、カッコつけの大馬鹿やろう……。






後日談になる。
これ以降の話は聞かなくてもいい。
事件とは何の関係もない。



合宿最終日。
私は覚悟を決めていた。

鳴かぬなら 鳴いてみせよう ホトトギス


「私と、付き合ってくださいっ!」

初めての告白。
心底好きになった相手。
長々と考えていたセリフは一行にまとめられる。

好きになってしまった。
気持ちを隠すのが出来なくなってしまった。

その言葉を聞いた相手は驚いた顔をしていた。
いつもの顔は微塵もない。



「ね、聞いてるの?」

「おぉ!? 俺? な、な、なんでっ!?」

「うるさいなぁ。私だって女の子なのよ、タク」

初めて名前で呼んだ。

シベリアン、いや、タクは心底驚いていた。
ニヤニヤ笑いながらではなく驚愕の表情を見せる。

何だ、そんな顔も出来るんじゃない。
顔だけは良いんだよな、コイツ。

「俺に惚れると、や、火傷するぜ」

つっかえて言いながら、タクは笑った。
ちっとも格好の良くない返事。
それがタクには妙にしっくりきた。
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