夢の中の黒い門@

目の前には肉。
白い大きな皿に盛られたステーキ用の肉がある。
ジュウジュウと肉の焼ける匂いが食欲を刺激する。
あり合せのポテトやニンジンはない。
僕はあの妙に甘いニンジンは嫌いなので、嬉しく感じている。
お腹すいた。
ニンジンは嫌い。
飲み物はワインかな。
ステーキ食べたい。
ああ、美味しそうだ。
もう食べてもいいのかな。

さあ食べようというときにテーブルを挟んで同席している女が口を開く。

「        」

僕はそういうものかと思い、ステーキ用のナイフを掴む。
そしてゆっくり押し当てる。
切味の悪いナイフは中々進んでいかない。
早くステーキ食べたい。

「        」

それはそうだ。
その言葉に納得し、力を込め前後に動かすと、刃が食い込んだ。
肉を切る感触が手に伝わろうとする。



目が覚めると駅のホームだった。



――・――・――・――・――

学生時代に僕はとあるアルバイトをしていた。
アルバイトの性質上、僕のシフトは夜が通常勤務する時間だ。
完全に夜型の人間になるのにそうは時間がかからなかった。
もう少しで区役所の気の抜けたメロディーが聞こえる時間になってしまう。
出掛けるまでそうは時間がなさそうだ。

起きぬけの頭で何通かのメールを返し、何通かのメールを新たに送る。
シャワーを浴び戦闘服に着替え、バイト先へと向かう。



「ずーっと続くんだよ、怖くない?」

そのお客様はモエさんと言う新規の方だった。
モエという名前からは連想がつかないほど彫りのはっきりした顔立ち。
だが決して不美人というわけではない。
寧ろ、顔だけで言うならばその辺の女性など相手にはならないだろう。

切長の目。
肌の質感。
スタイル。
髪のつや。
艶やかさ。

どれをとっても本物以上の美しさ。
彼らは「本物」以上だ。
そういったプライドも手伝ってか、男が想像する女性観に非常に近い。
仕草やしゃべり方、そして魅せ方。

「怖いと思うから、怖いんだよ」

「でも終りがないのに歩き続けるんだよ、怖い」

彼は両手を顔の前で握り締め、このところ多くみる悪夢の話をする。
自分がみる悪夢はとてつもなく怖く感じる。

しかし、人に聞かせても怖いと思われないことはざらにある。
それは主に夢を見るシステム上のものだと僕は思っている。

夢はもっとも日常的な幻覚の一つだ。
脳が怖いと錯覚しながら見る夢は、怖いのだ。
視覚、聴覚、触覚、嗅覚それのどれともリンクが曖昧なことが寝ている状態を指す。
全くリンクが無いとは呼べないが、それを意識することはほとんど無いだろう。
ということは、夢は脳内で処理されていると言っても良いだろう。
ほぼスタンドアローンの状態で脳が見せる幻覚。
それが夢だ。
感情がダイレクトに流れ込んでその現象に後付けの影響を与えても何らおかしなことではない。

「何でこの怖さが伝わらないかなあ」

「夢ってそういうものだよね。僕の友達の話なんだけど――」

僕は、バイトを斡旋してくれた先輩が見た夢の話をした。

巨大なモヤシ畑で一人立ち尽くす、というシュールな夢だ。
モヤシ畑なるものが本当にあるかどうかは分からない。
だが彼は非常に怖い夢として僕にこれを語った。
モヤシが凄い勢いで伸びるんだよ怖いだろ、と僕にその夢を語るのだ。
先輩は僕のリアクションが気に入らなかったのか、怖いと言わせたいようだ。

変な夢だとは思うが、怖くはない。
彼の幼少期にモヤシにまつわるトラウマを持っているという類の話も聞いたことがない。
怖いと感じる脳の部位が、そういう指令を出したんだろう。

「なにそれ、全然怖くないじゃん」

「でしょ? 本人は怖いらしいんだけど、聞いたほうはそんなに怖くないんだよ」

「あぁ、じゃあ私の夢も怖くないのかもね」

「そうそう気のせいなんだよ」

「でもね、悪い夢を追い払うお守り使ってから、怖いの見るようになったんだよね」

「ドリームキャッチャー?」

「それそれ。昔流行ったヤツ」

彼は元々夢を見ない方だったらしい。
夢を見ないということを友達に酒の席で語った。
同じ職場で働くホステス(?)同士の飲み会だ。
酒の席でのことだったので、さして気にも留めていなかった。
しかし、数日後に友達の一人からそのドリームキャッチャーを貰ったという。

クルマや部屋の装飾目的で一時期流行ったアレだ。
テレビドラマで使われたことにより爆発的に人気が広がり、今ではほとんど見る事は無い。
流行などそういうものだ。

友達によると、一週間連続で使うと幸福になるアイテム、という触れ込みだった。
夢を見ないならこれで試してみてよ、と強引に押し付けられたらしい。

今まで夢を見たことがほとんどない為、その効力は信用していない。
だが、せっかく友達から貰ったものを試さないのも申し訳ない。
そこで使い始めたところ、夢どころかむしろ悪夢を見るようになってしまったのだという。

彼はたった三日で根をあげてしまった。
悪夢は連続した夢であるらしい。

まず一日目に見た夢は、大きな門を開けることだったという。
門を開けたところで夢から覚めたようだ。

二日目にはその門から中に入り、道を歩いている夢。

そして、三日目も道を歩く夢だという。

この長い道をずうっと歩き続けるのが彼にとって非常に大きな恐怖を感じるのだという。

僕には道を歩き続けることのどこが怖いのかが分からない。
終わらない道を歩き続けるのに不安を感じるならまだ分かる。
彼は、歩く行為が怖いのだという。

「友達に事情を話せばいいじゃない」

「うぅん。貰った次の日から連絡取れないんだよね」

あの子忙しいから、といい訳のように続ける。

「捨てちゃえば?」

「それがね――」

捨てても捨てても、手元に戻ってくるんだよね。

僕は得体の知れない恐怖に駆られた。
それではまるで呪いの人形ではないか。

軽はずみな言葉を出したことを僕は後悔した。
この後の流れは恐らく容易に想像できるだろう。

誰か貰ってくれないかな、と言いながら僕を見つめる彼。
客商売である以上、ここで断る選択肢は無いと言っても過言ではない。

じゃあ僕が貰ってあげようか、と言ってしまった。

夢の中の黒い門Aへ続く
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