噂@

バイトを始めて一年ほど経った頃、妙なウワサが立っていた。

僕が「除霊」を出来るという根も葉もないウワサだ。
確かにお客様との会話にオカルトネタが出ることはあるにはある。
しかし、僕がそういうものが得意だと吹聴しているわけでも、そういう事実もない。

僕がウワサに気付いたころには名指しで相談が来るようになった。
相談事はほとんどのものが解消することが出来た。
なぜなら、相談事の内容は普通に接客しているだけで解消できることが多かったからだ。
ちょっと不思議な御悩み相談。
そんなレベルの話だ。
あまりに下らないレベルのものから、あまりに荒唐無稽な話までたくさん。
それこそ何十種類もの相談を受けた。
だが多くは、相談したことで自己解決してしまうことが多い。
誰にも話せない悩みを打ち明ける。
きっとそれ自体が解決になってしまっているのだろう。
ようするに誰でもいいのだ。
そのせいで幸か不幸か、人並み以上にその手のネタを抱えている。

勘違いの実績から更にウワサが広まる速度と信憑性をつけてしまったらしい。
そんな理由で、新規のお客様で一見さん、さらに指名なしで一人客の場合、僕に用事があることが多くなった。
正直な話、水商売と言うものはリピート率が重要なので、嬉しいような嬉しくないような。

Aさんもそういった相談が目的の一人だった。

「ストーカー?」

「そう」

年齢は30歳前半だという。
失礼だが、見た目からはそういう年齢には見えない。
50代と言われても納得していただろう。
目の下が落ち窪み、骨ばった顔には陰影がはっきりと表れている。
ギョロギョロとした目には血管が見える。
シャブやスピード、Sとかアイス。
そんな単語が頭の中に流れた。
何故だかは全く分からないが。

「警察には行ったの?」

「警察には行かない。もうちょっと調べないといけないと思って」

警察には行かないんじゃなくて、行けないんだろうな。
何故だかは全く分からないが。

幻覚。
幻聴。
先輩の口癖が浮かぶ。
僕にバイトの斡旋をしてくれた先輩はリアリストだ。
オカルト現象の大半は頭の故障かドーピングが原因だと。
僕も賛成だ。
少なくともこの人に関しては。

さて、どうしよう。
幻覚のストーカーを退治する方法か。
ってこれ病院の管轄じゃね?

「そのストーカーってどれくらい付きまとってるの?」

「うーん。一ヶ月くらいかなあ」

「被害とかは?」

「小物がちょっと無くなったりで、これといっての被害は特に。だからコトが大きくなる前に何とかしてよって言ってんじゃない」

ごもっとも。
だけど、僕は医者でも警察でも探偵でも池袋のトラブルシューターでもない。
僕なんかに頼むのはどうかと思う。

「えーと、勘違いして欲しくはないんだけど、僕はそういった事件めいたものの相談はやってないんだよね。だから、僕じゃちょっとその手の――」

「うるっさいわね! 知ってるわよ! 普通のストーカーだったらアンタみたいなのに頼んでない! そのストーカーは私なの!!!」

「…………は?」

彼女が言うには、そのストーカーを初めて見たのは一ヶ月前らしい。
家に帰りお風呂に入ろうとしたところ、風呂桶には自分が。
何とも恨めしそうにこちらを見続けていたと言う。
二度目、今度はキッチンで。
三度目はベランダ。
笑えることにデッキチェアでくつろいでいたらしい。
そうやって何度も何度も見るようになった。
何か聞いたことあるな。
ドッペルゲンガーだっけ?
見たら数日で死ぬって言う。
生きてるよな、一応。

これで僕のところに来た理由は分かった。
だが、自分が霊能力だとかそういった不思議現象や病理関係の問題を解決する力を持っていないこともよおく分かっている。
本格的にどうしよう。
よし。

「あの、調査が必要なので、後日に詳しい話を伺ってもいいですか? 後日に」

問題の先送りをすることにした。
政治でもよく使われる高等テクニックだ。

本格的に取り組んでくれる、そう勘違いしたらしい。
Aさんは格段に機嫌が良くなった。
その後、大いに僕たちにお酒を振舞い、フルーツがテーブルを彩った。

Aさんがその日に落としてくれたお金は一時間半でなんと75万円。
新規で単独のお客様としてはかなりの額だ。
見送った後に店長が、あの客は絶対逃がすなよ、と耳元で言った。
どうやら先送りは無駄なことのようだ。
僕が逃げたい。


「ドッペルゲンガーって分かります?」

「ああ、見たら死ぬってヤツ?」

「それそれ! それです!」

「お前の寿命もあとちょっとかぁ。ご愁傷様。葬式には呼べよ。香典はねえけどな」

「勝手に殺さないで下さいよ。実は――」

僕は、オカルトに唯一詳しそうなパシリさんに相談した。
彼はある団体の使い走りをしていて、前述した先輩の幼馴染でもある。
当の先輩に相談するのはダメだ。
性格以外は頼りになる。
行動力がある。
そしてそれ以外にとんでもない裏技がある。
冗長になるため伏せさせてもらうが。
そんな先輩に相談するのは現実的なものに限る。
きっと彼女の言い分は幻覚だと断定するだろう。
そして彼女にはその要素は多分にある。
だが幻覚だと断定したところで、彼女の悩みは解消しない。
拙い経験だが、僕にも学んだことがある。
オカルト問題は否定をしないこと。
それが解決の一歩になることを理解した。
オカルトとして問題を解消しなければ意味がない。
例え僕がそんなものを信じていないとしても、だ。
そして解消すればリピーターになってくれるかもしれない。
店長命令。
例え僕が望まなくても、だ。

パシリさんは非常に興味を持ってくれた。
心強い味方だ。感謝。

「ドッペルゲンガーか。そんなに詳しくないけど、自分にそっくり、死期が近い、他人がいると出てこないとかだな。俺が知ってるのは。幽霊ってよりも妖怪とかの表現の方が正しいかも知れん」

「僕が知ってるのもその程度ですよ」

「俺も見てみたいから、協力するわ。バイト代出せよ」


その日の夜にAさんと連絡を取った。
パシリさんに協力してもらうことを了承してもらい、集合することも約束する。
お店の外でお客様と会うことはそんなに珍しいことではない。
しかし、こういった相談で会うことはあまりない。
全くないと言い切れないのが、少し悲しい。

パシリさんをAさんに紹介。
Aさんをパシリさんに紹介。
一通りの初対面の儀式を済ませる。
さらに細かい話をパシリさんが聞き取る。
パシリさんは専門家ということにしてある。
何の専門家かはパシリさんも僕も知らない。
だが流石にパシリさんの本職を言うわけにはいかないだろう。



Aさんを駅まで送って別れたあと、パシリさんに尋ねた。

「どうでした? やっぱり幽霊ですか?」

「まあ、ドッペルなんて良くわかんねえけど、実際にそれを見ないことにはどうしようもねえわな。一応話信じるとして、尾行してみるか」

「え?」

「今から、あの女の家まで行くんだよ」

パシリさんは、急ぐぞ、と言い再び駅に踵を返す。
急いで改札をくぐり、ばれない様に同じ電車に乗り込む。

家は最寄り駅から10分ほど、と言っていた。
タクシーに乗る距離ではないが、乗られたら追いつくことは出来ない。
幸いなことに、Aさんは自転車でもなければバスにも乗らないで、まっすぐ家に向かっているようだ。



「おいおい、マジかよ」

パシリさんが呟く。
僕たちの20mほど前にはAさんが歩いている。
しかし、その後ろに誰かがつけているように見える。
通行量はそこまで多くはない。
いきなり後ろを振り返ってもばれないぐらいには人がいる。
その人ごみは一定の方向に向かってはいる。
が、分岐ごとに人は減る。
その人物は駅からずっとAさんの後をつけている。
暗くて姿や人相ははっきり分からない。

「なあ、今捕まえたらミッション終了じゃねえのか?」

「うーん。大丈夫ですかね? ただ後をつけているだけなのに、そういうことして」

そうだなあ、と言いながらも目線は外さない。
おいおい。
何か慣れてないか?



Aさんは背の低いお洒落なマンションに入っていった。
特に警戒した様子は見られない。
その数秒後に先ほどからAさんをつけている人物が入っていく。
僕たちも急いで後を追う。
物陰に入られて何かされたら事だ。
ポストを確認。
三階か。
エレベーターはないタイプの建物。
階段からカツカツと上る音が聞こえる。

「Aさん、ちょっと待って!」

Aさんは肩をビクリと震わせ、ドアの前で振り返る。
僕たちを確認すると、ほっと息をついた。

「ビックリさせないでよっ!? 何? つけてきたの?」

「いやいや、張り込みみたいなもの。何かあった時のために」

「……まあいいわ。上がっていきなさい。コーヒーでも入れるわよ」

「ありがと。一杯貰ったらすぐ帰るね」

「もう。驚かせないでよ。……あ! ちょ、ちょっと待ってて! 部屋片付けるから」

鍵を開け、音も出さない木製の扉を開けるとそそくさと中に入っていった。

ん? 何か……

「待て! 今まで追ってたヤツどこだ!?」

パシリさんがそう言うと、中できゃあと悲鳴が聞こえる。
急いで扉を開けて中に入っていった。

「うわっ!!??」
「うお!!!」

中にはAさんと、……Aさん?

「ちょっとパシリさん!? 何っすかコレ!!??」

「わかんねーよ!」

そこにはAさんと姿形のよく似た人物がいた。
しかし、どこか作り物のような固い印象。
呼吸をしない無機物のようだ。
そこに置いてある物。
微動だにしない。

「わ!?」

「おお!?」

その何かはあっけにとられている僕たちに気付いたかのように、ゆっくりとぼやけ、消えた。

「何だよ、訳が分からん」

パシリさんの呟きで僕も我に返った。

「僕もあんなにいきなり出るなんて。心の準備が」

「あ、やっぱりお化け? そんなにリアクションが大きいとちょっと嬉しいわね」

「何、落ち着いてるんだっ!?」

「いやだって良く見るし。アレが問題の。恥ずかしいけどね」

「はあ。……慣れって怖いな。流石に俺もビビったぞ」



Aさんが改めてコーヒーを出してくれた。
このマンションに入ってからようやく落ち着けそうだ。

「ねえAさん? あんなもの見て、何でそんなに落ち着いてるの?」

「え? だって見たでしょ? 私そっくりじゃない。自分の姿だからそこまでビックリできないよ。ちょっと薄気味悪いけどね」

どうやらAさんは気味悪がる程度で恐怖は感じていないようだ。
ともあれ、何かが出ると言うことは確認できた。
Aさんが病気の類ではないことは分かった。
またはAさんと僕たちの全員が病気であることが。
だからと言ってどうにか出来ないことには変わらない。



一ヵ月後。
僕は店長にどやされていた。
Aさんに営業をかけろとしつこいのだ。
しぶしぶAさんにメールする。
メールをしたその日のうちにAさんは店に来た。

「どうなってんのよ!? だんだん出る回数が多くなってる! アイツなんとかしてよ。帰り道、一人で帰るのが怖い。外でも中でも、ずっと誰かに狙われてる!」

「そんなこと言っても……」

「何にも出来ないんなら頼むんじゃなかったわ!」

店中の注目を集めた騒ぎだった。
Aさんはそれでも憂さ晴らしなのかさんざん騒ぎ、またもや短い時間で大量のお金を吐き出した。
店長は嬉しそうだが、急かされているようで気持ちが沈む。
少なくともアレに対してAさんが恐怖を抱き始めていることは分かった。
間違いなく状況は悪くなっている。

パシリさんに連絡を取る。
少し機嫌が悪い。
Aさん絡みの件をもう一度頼む。
パシリさんは嫌々ながらも承知してくれた。
自分の力不足を恥じているようでもある。

噂Aへ続く
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