噂A

Aさん宅に行く。
中からバタバタと物音が聞こえる。

「またか!」

あの冷たい印象のあるAさんの形をした何かが、Aさんに覆いかぶさっている。
僕たちがそれを引っぺがそうとすると、消えた。

「何なのよ!? 私が一体何したっていうの!?」

Aさんはかなり動揺しているようだが、悪態は相変わらずだ。
触ることも出来ない。
他の解決策も分からない。
いつ出るのかも、どうしたら出るのかも。
八方ふさがり。

もうムリだろこれ訳分からん、つぶやくパシリさんの声が聞こえた。
……僕も同感だ。



「で、俺に泣きついてきたわけね」

「先輩、もうどうすりゃいいのか分かんないです」

僕は事態を何とかしたくて、馬鹿にされるのも構わず、先輩に助けを求めた。
案の定馬鹿にされたが、意外にも先輩は真剣に考えてくれた。
僕は出来るだけ細かく状況を話した。

「ちょっと待て」

話が終わり、何か思いついたのか先輩が僕に質問する。

「何でその客の女はそんな訳の分からん物体をストーカーなんて言うんだ?」

「え? 話聞いてましたか? パシリさんと二人でつけた時に、Aさんの後ろにくっついてたの見たんですよ」

「じゃあ、何でお前らは女の部屋でそのニセモン見た時そんなに驚いたんだ? もう見てるはずなんだから、そんなに驚かなくてもいいだろうが」

「……」

「女のストーカーもいるかもしれないが。一般的には女へのストーカーは男だろう。夜道とはいえ、男と女を見間違うほどお前らの目は節穴なのか? ん?」

確かに。
何故あの時気がつかなかったのか。
Aさんをつけていた人物とAさんの形をした何かが同一人物かどうかは確認していない。
Aさんは確認したのだろうか。

「ニセモンは家の中にしか出てねえな。さっきの話で引っかかったのはそこだ。外にいた例は話聞いた限りじゃ、無い」

「え?でも、外でもつきまとわれてるっぽいこと言ってましたよ」

「ああ、もうじれったいなあ。既にそれが思い込みから来るミスリードなんだよ。ホント、岡目八目ってヤツか」

「はっきり言ってくださいよ!」

「……ストーカー。ホントにいるんじゃねえの?」



「前にも言ったけど、私、警察に行くほどじゃないと思ってるのよ」

先輩と話した次の日に早速Aさんに連絡を取った。
コトがコトだけに直接会い、伝える。
Aさんは乗り気ではないようだ。

「じゃあ、探偵は? 盗聴器の調査とか張り込みとかストーカー対策やっているところあるって聞くけど」

「リョウ。……アンタは何にもしてくれないの?」

「いや、本当にストーカーっぽいんだよ。僕が一人でウロチョロするより、絶対上手くいくよ。もしいなかったら、僕がその費用出してもいい」

「はぁ。分かったわ。いいわよもう」



プロの探偵の仕事は素晴らしかった。
僕が一人でごちゃごちゃ考えている間にほとんどのことを解決してしまった。
驚くべきことに本当にストーカーはいた。
彼のしたことは主に盗聴と窃盗、そして尾行程度のつきまといらしい。
被害が少なくて良かった、とAさんは言う。
少ないのかどうかは良く分からない。
だが本人がそう言うのならばそうなんだろう。

警察には突き出さない代わりに、一筆書かせるという。
その付き添いに来て欲しい、と頼まれた。
本音を言うと嫌だ。
しかし、言いだしっぺは僕だ。
そして、後々のバイトのことも考える。
ここで恩を売るのもいいだろう。
ずるい考えかもしれないが、承諾した。



法律についての説明がしばらく続いた。
しんこくざいのため〜とか、せいしんてき〜とか、二条二項のつきまとい〜がどうとか。

ストーカーである犯人の男と向こうの親御さん。
僕たちと探偵会社の方々。
スーツを着ていないのは僕だけだった。
場違いこの上ない。

直接犯人を見ることはAさんも初めてだったらしい。
不思議なことに向こうも似たような感じに見えた。

「このたびはウチの息子がとんでもないことを仕出かして、誠に――」

犯人は普通の勤め人だった。
年齢は34歳。
身長は低め。
年齢の割には幼く見えた。
しきりに頭をかいている。
ちらちらとAさんの方を見る。
しかしそれは反省している目と言うより、観察しているような目だった。
何度も見て、ガリガリと頭をかく。
ちがうちがう、とブツブツ呟いていた。
探偵会社からたしなめられ、大人しくなったと思ったすぐそばからまた、ちがうちがう、とブツブツ呟く。
当事者ではないが、鬱陶しいことこの上ない。

何も違わない。
ストーカーはれっきとした犯罪だ。
一方からの押し付けがましい気持ちは愛情だろうが何だろうが過激な時には問題になる。
正当性は裁判で訴えて欲しい。
だが内密な示談を望んだのはそちらだろう。
誰もあえて明言はしていないが、ストーカー行為のときにそれ以外の刑法に触れている。
行為そのものが法令違反となっているケース。
むしろこれくらいで済んで良かったどころか、甘いのではないかと個人的には思う。

だが、一方でAさんの温度差も奇妙なものだった。
Aさんはいつもと違い罵倒するようなことはしなかった。
二度とこんなことはして欲しくない、と言う旨を静かに伝えただけだ。
ショックは受けていないように見える。
彼女もこの事態に順応していないようだった。
それはそうだろう。
元々ストーカーの男がいるとは思っていなかったのだから。

半ば親御さんからの強制で、犯人の男は探偵会社の用意した念書に署名した。
彼は外回りの営業のサラリーマンで、勤務時間中は時間の融通が利くほうだという。
その時間を盗聴や窃盗の犯行に当てたらしい。
昼間に犯行、会社に戻り、通常業務。
その後帰り道のAさんをつける。
言質の取れたスケジュールを見たが、何とも規則正しい。
これでノルマが取れているのだから驚きだ。
普通に仕事をすればものすごい勢いで出世しそうだ。

盗まれたのは下着やストッキングなどの衣料品、歯ブラシやコップなどの小物。
生活に支障をきたすほどの量ではなかった模様。
今まで犯行がばれなかったのはこのためだろう。
勤務時間中に犯罪を犯していたので、会社にばれると大変だ。
そういう意味でもこの一筆は効力を発揮するだろう。

「ちがう!!」

署名したあとにAさんに向かって男はこりもせず叫んだ。
しかしすぐさま親御さんに押さえつけられる。
親御さんはさらに平身低頭になった。
息子の社会的立場や自分たちの保身。
親御さんたちは必死だ。
この中で最も可哀相なのは、間違いなくこの親御さんたちだろう。
不思議なことに加害者のみならず被害者すら被害をあまり意識していない。
僕たちを含め、周りが騒いで発覚した事件だった。



「良く分からんな。どういうことなんだ。その終わり方は?」

その日の夜、先輩とパシリさんにコトの顛末を伝えた。
二人とも理解も納得もしていないようだった。
だが言葉とは裏腹に二人の表情は緩かった。

「いや、僕にも良く分かんないです」

「お化けだか妖怪のこと調べてたら、ストーカーを捕まえるって馬鹿な話だよな」

「しかも、そのストーカー。パンツと盗み聞きが好きなヘンタイだと」

「念書も取ったし、Aさんも気にしていないからいいんじゃないですか?」

「しかし、Aみたいな女のどこがいいんだろな? 女はもっとムチっとしたのがいいだろ」

「何? Aってスリムなの? 俺好きだぞ、そういうの」

「ありゃ痩せすぎだ。ガリガリだぞ?」

「まあまあ、人それぞれですよ」

「それにしてもなんか気持ち悪いな。中途半端に解決しちまって」

「まあ確かに」

「釈然としないなあ」

「ですね」



日曜の夕方。
僕は一人運転していた。
Aさんの家に行くためだ。
一件の侘び。
そして僕には霊能力や問題解決のスキルがないことを謝るために。
ストーカー事件は終わったが、あのAさんモドキの件は解決していない。
そして僕には解決出来そうもない。
ウワサを鵜呑みにしたとはいえ、積極的に否定しない僕にも責任はある。
休日ならばいるだろうと、無茶な考えの下の行動だ。
慇懃無礼とはこのことだ。
今では考えられない。



アポ無しにも関わらずAさんは快く招き入れてくれた。
久しぶりにAさんに会ってその顔を見た時、僕はかなり動揺した。
本人なのか我が目を疑う。
目の前にいるのはAさんだ。
Aさんなのだが、別人のようだ。
スッピンに見えるが頬がうっすらピンクに染まっている。
血色がいい。
あの落ち窪んだような影がなくなっている。
骸骨のようなあの生気のなさは微塵も感じられない。
肌理の細やかな健康そうな肌、シミ一つ無い。
ストーカー事件が一段落してストレスがなくなったためなのか。
それにしても、この人。
美人だったんだな。

一通りの雑談の後に本題に入った。

「あの、例の件だけど」

「レイの件?」

「うん。ドッペルゲンガーの」

「ドッペ? 何のこと?」

小首をかしげる。
そうだった。
ドッペルゲンガー云々は僕たちが勝手に言っていただけで、Aさんは知らなかったはずだ。
Aさんは美しい笑顔を見せる。

ちょうどその時、先輩からの着信音が部屋に鳴り響く。
むきだしのうちっ放しコンクリートは音をよく反響するようだ。
Aさんは、どうぞ、と言って携帯を取ることを促す。

席を立ち、小声で電話先の相手と会話する。
相手は僕がどこにいようとお構いなしだ。

「もしもし先輩。今ちょっと出先なんです」

「そうか。それよりこの前のあのストーカーの件。ちょっと考えたんだが、やっぱり何かおかしいぞ」

「今、その件の侘びに――」

「Aって女は昼間の仕事してるんだよな? 盗まれたのは小さいバッグにも入る程度のものだよな?」

「そうみたいですね」

「それぐらいの量なら数回、へたすりゃ一回で済む。じゃあ、ストーカー野郎は他の時間を何に使ってたんだ?」

「え? そりゃ盗聴じゃないんですか」

「昼間。誰も居ない家。ストーカー野郎は何をずうっと聞いていたんだ?」

……その通りだ。
誰も居ない家を盗聴して一体何になるというのだ。
何を聞いていたのだ。
『ちがう!!』
男の叫びを思い出す。
違うのは何だ?
得体の知れない恐怖。
犯人の狂気からのものか。
それとも――

後で連絡する旨と感謝の意を伝え、電話を切る。

会話の途中で電話に出たことを謝りつつ、ゆっくりと席に戻った。

「ごめん。いや、ストーカーの件だけど」

「ああ、そんなこともあったわね」

Aさんは美しい笑顔を見せる。
肩からさらりと栗色の髪が流れる。

「そんなこと、って……」

「もういいのよ」

Aさんは美しい笑顔を見せる。
西日が彼女の背後から注がれる。

「え?」

「もう全部済んだから」

Aさんは美しい笑顔を見せる。
Aさんはこんなに穏やかな人だっただろうか。



「モウゼンブ、スンダカラ」

Aさんは美しい笑顔を見せる。
僕はその笑顔が冷たいマネキンに見えた。
怖いサイト.com
ベストヒットナビ
感想・雑談はコチラ
もっと探す@AB
[戻る]
- mono space -