運び物A

こんこん

おお、またか。
そう思いながらも、もし先輩だったら後が怖いので一応外に出て確認。

……やっぱりいない。
なんなんだ?
つーかドラクエの世界って本当に魔王に苦しめられてるのか?
王様ももっと支援してよ。
経費が自費で武器は現地調達。
マスターキートンかっての。
一人で魔王倒すとか、それ勇者じゃなくて暗殺者だろ。
単なる殺し屋じゃね。
など、三回目ともなると多少の余裕が出来る。
ドラクエの理不尽さを考える方に比重が高くなってきた。
昔から通信簿には集中力が散漫と書かれていたものだ。
自覚はしている。
だが、それだけだ。


こんこん

四度目ともなると、もういいよ、などと思った。
もし先輩だったとしても謝ればよくね? という邪な考え。
脳内会議では満場一致の賛成。
ノックは無視して「太陽の石」を入手するほうを優先した。


こんこん

何なんだよコレ。
しつけーって。
ってか何の音だよ?


こんこん

……何の音?


こんこん

音?
そういえばノスタルジックなカエルさんたちの大合唱がさっきから聞こえない。
なんでこんなに静かなんだ?
そのことに気付き、心拍数が跳ね上がる。

多分もっと賢い人なら一回目のノックの音で気付いたと思う。
ノックは明らかにクルマのドアを叩くような音ではなかった。

普通クルマを叩くとしたら二種類の音が鳴ると思う。
一つはドアの金属部分を叩く音。
普通の日本車ならアルミとスチールの薄い合板を使っている。
手のひらや拳で叩くとドンドン。
指ならトントン。
そんな低音で車中に響く。
そしてもう一種類はウインドウを叩く場合。
車のガラス部分は強化ガラスで、一般の家にあるようなガラスと違い厚い。
叩いてもコツコツみたいな音しかしないはず。
僕には絶対音感なんて大層なものはないから、ドのシャープの音がするとかそういった種類は分からない。
だが、クルマのどの部分を叩いても「こんこん」といった軽い音はしない。

しかし先ほどからの音は音が発する時の空気の振るえ。
それと共に、明らかに近くから聞こえてきている。

軽い音。

……あれだ。

――木の箱。

こんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこん

僕がその事実に気付いたことを喜ぶかのように、音が座席の後ろから何度も何度も聞こえてくる。

こんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこん

怖い。一体何なんだ。

こんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこん

やめてくれ。
もう許してくれよ。

ちらりと目線だけでバックミラーを覗きこんだ瞬間、後悔した。
ぶわりと汗が噴出し体が急激に冷える。

木の箱、が後部座席にあったからだ。

なんであるんだよ? さっきせんぱいたちが、もっていった、はずじゃ…

音が響く。
僕は箱から目を逸らすことができない。
座席から動くことも出来ない。

あんなにしっかりと釘付けされていたはずなのに。
木の箱が音もなく開き始める。
障害もないようにゆっくりと。
ただ蓋がスライドしただけに見える。
完全に開いた箱のヘリに内側から手が掛かる。
爪がはがれた、ささくれ立った指が四本。
何かが出てこようとしていることぐらい、分かる。
ああ、そのままそこにいてくれ。
お願いだから。
こんこん、と音が鳴り続ける。
中から女がゆっくりと這い出てくる。
顔を鏡越しに僕に向ける。
楽しそうに口だけで嫌な笑いを見せる。
見るだけで分かる。
悪意のある笑い。
服を着ていない。
胸がしわしわ。
首に青黒い線のような痣。
乱れた髪が目を隠している。
箱に乗せた腕には痣とたくさんの注射跡。
体中にも痣。
手の指も足の指にも爪がない。

こんこん、という断続的に鳴る音以外は聞こえない。

女は大きく裂けるほどに口を開き、笑っている。
だがその声は聞こえない。
いや、聞こえなくていい。聞きたくない。

歯が、ない。
また一つおぞましいことに気付いてしまった。
よだれが口の端を伝う。
笑いながら、何かを叫んでいる。
こんこんという音で何も聞こえない。
何を言っているのかなんて知りたくもない。
裏腹に、鏡越しの女から目が離せない。

僕と女の距離は1mもない。
手を伸ばせば届く。
嫌だ、絶対に伸ばしたくない。
女が僕に手を伸ばす。
妙に艶かしく体をひねりながら僕に体ごと向かってくる。

爪のない、枯れ枝のような手が僕へと――












はーっくしょん!!!

そのときクーラーを効かせすぎたせいか、場違いなことにくしゃみをしてしまった。

……あれ? いねえ。

なんで!?
倒した!!!
くしゃみで幽霊倒した!!???

くしゃみをすると、嫌でも目を瞑る。
笑えることに目を開けたときには音も鏡に映った女も木箱も消えていた。
残っていたのは木箱にかぶせてあったシートだけ。
何とも下らない助かり方だが、どちらにせよ脅威は去った。
先ほどまで聞こえていなかったカエルの大合唱が聞こえる。
彼らの声がこんなにも暖かいと思うとは。
安心した僕はテンション高めにギャアギャア叫んだ。
発情期のサルのように。
無理してでもそうしないと今の恐怖を拭えない、そう思ったからでもある。
手の震えだけが、今起きた恐怖を隠しきれていなかった。


それからしばらくして先輩が一人で帰ってきた。
今起きた話をバイクの所に戻る道すがらしたが、まともに取り合ってくれない。

「何でこんな暗いのにババアが見えんだよ。気のせいだっつってんだろバカ」

「え? ババア?」

「あぁ? ババアが見えたっつったろが? 今」

「女って言ったんですよ」

「……うるせえ」
機嫌が悪くなったのがありありと分かった。
結局、それ以上は怖くて聞けなかった。

あの大きな箱が何だったのか。
未だにそれは分からない。
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