小人@

その物言わぬ人物は、椅子にうなだれている。
ピクリとも動かない。
僕の隣にいる女性はこう囁く。

「あなたの所為じゃないのよ」

後悔と罪悪感だけが僕を支配する。
間接的にせよ、この人をこんな姿にしたのは僕だ。

僕が先輩をこんな姿にしたんだ。



学生時代、バイトでとあるサービス業をしていた。

ある冬。
バイトの人間関係で失敗をした。
ナンバー5のお客様に気に入られてその方の知人・友人から指名が入るようになったことだ。
その方たちは、最初はナンバー5さんの常連の方に付いてきた方たちだったのだが、ヘルプで入った僕を気に入ってしまった。
一見、何の問題も無い様に思える。
そして、実際にも何の問題は無い。

だが、そのナンバー5さんは自分の指名を横取りされたと思った模様。
これは不味いなあ、と人間関係の難しさを反省していた。

バイトであるサービス業はメンツが命。
自分より格上には媚びへつらう。
自分より格下には舐められてはいけない。

それが暗黙のルール。



予想通り、彼のマンションに呼び出された。
中にいたのはナンバー5さんと二人の男、そして女が一人。
正座→土下座→説教→暴行→土下座の順で3時間ほどその部屋にいた。
筋を通せ。
そんな事を言われた。
筋も何もない。
僕に舐められたくないだけだろう。

暴行の時、ナンバー5さんはその様子をニヤニヤ見ていた。
だが数発殴ると、顔はやめとけよ、と言いながら女の人と共に寝室に行ってしまった。

お金を取られると思って、財布には小銭しか入れなかった。
しかしお金は請求されなかった。
良かったと思ったのが笑える。
背中を殴られたショックで足が痺れるという貴重な体験もした。



解放後、手と顔以外の体中が痛かったので、タクシーに乗りたかったが、お金はない。
お金を取られると思って持っていかなかったことが、逆に僕を困らせた。
今であれば、家についてからお金を払えばいい、などと思う。
だが恥ずかしい話、当時の僕は一人でタクシーに乗った経験がなかった。
カードを使えるということすら知らなかったのだ。



近くの公園で始発を待った。
体力のない状態で冬の気温は堪える。
体が寒さで収縮して傷口を広げる感覚が分かる。
足が痛みと寒さでガクガクと笑う。
始発が来る前に天国からのお迎えが来そうだ。

当時、仲良くしてもらった先輩が居た。
彼とはバイトを斡旋してもらってからの縁だ。
性格は最悪だが頼もしい人間である。
きっと僕のピンチには颯爽と現れてくれる。

そんな先輩に来てもらえばと思い電話をした。

「ムリムリ。俺今寝てる、おやすみー」

……切った。
マジかよ。
なんて後輩おもいなんだ。

Prrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr

「……しつけー」

「ですよね。すいません痛すぎて動けません」

「なに? お前ボコられたの? マジうけるわ」

「笑えないっす。痛すぎっす」

――ドン。

「…………」

「先輩?」

「わり、ケータイ落とした。ああ。……迎え行くわ。ガス代お前持ちな」

「あざっす! 愛してます!」



先輩は30分ほどで来た。
先輩の姿が戦場の負傷兵を救出する英雄に見えた。
寒空の下、動けないくらいの傷を負って、一人ポツンと公園にいる。
その孤独感は中々きつい。
クルマが止まり、中から先輩が現れる。
なぜか「ツァラトゥストラはかく語りき」が頭の中に流れた。
「2001年宇宙の旅」で有名なあの曲だ。
もちろんその映画は見たことが無い。
2001年はとっくに過ぎて、知的生命体も見つかっていない。
しかし、負傷した後輩を助けに来た先輩はいた。

僕は感動して泣いてしまった。
今思い出すと泣いたのがもったいなかったが。

「え? お前何泣いてんの?」

「すいません。先輩が来たのが嬉しくて」

「きも」

「マジすいません。ありがとうございます」



先輩の中古シーマに乗って、246号を走っていた。
そのクルマはサトさんという先輩の先輩からもらったものらしい。
冬は大体コレに乗っている。
冬のバイクが如何に過酷か、バイク乗りなら分かると思う。
生粋のバイク乗りならそれすら気持ちいいのかもしれないけれども。
先輩は街乗りだ。
傾ける情熱は移動のし易さくらいだろう。

「先輩早かったですね、家じゃなかったんですか?」

「女のとこ」

「ああ、Yちゃんですか?」

「いや、違う。飲み屋で仲良くなった」

「どんな感じの人ですか?」

「まあ、可愛い系じゃね? 彼氏にドタキャンされたから一人で飲んでたんだってよ」

「何やってる人なんですか?」

「学生デリヘルだって言ってたなあ」

「なんで水商売やってる女の子って身長低い子が多いんすかね?」

「何だそりゃ。しらねーよ」

分からんでもねえな、と笑いながら運転を続ける。
談笑しながら帰路を走っていた。

唐突に笑いのトーンを抑え先輩が話し始めた。

「お前さあ、幽霊とかそういうの信じる?」

「え? 先輩はそういうのダメじゃなかったんですか?」

「信じるわけないだろ。ガキじゃあるまいし」

先輩は続ける。
幽霊見えるやつは病気だ。
頭いかれてるかクスリのどっちかだろ。
ただ、自分の目で見たものしか信じないヤツってのも同じようなモンだ。
自分の目だって、言って見たら電気信号だろ?
電気信号がいかれたら、あるはずないものも見えちまう。
TVだって壊れたら変なモン映るだろ? ゴーストだっけ?
つまり、故障だ。
故障したらメンテナンスしないとなあ。
故障した目で何かを見たとき、自分の目で見たものしか信じないヤツは、多分幽霊の存在を肯定しちまう。
実際に見えてんだよ、自称見える人には。
だけど正気かどうかは疑わしいな。
つまり、自分の目で見たものしか信じないヤツこそ危うい。
じゃあ、地球が丸いのをその目で見たことあるのか。
映画のCGやら手品やらはその見たままの現象があると思っているのか。
見たことが無くても、信じる。
見たとおりの事を、信じない。
その違いは科学的証拠か?
それともタネを知っているからか?
そのどちらも自分では検証できないし再現もムリだ。
要は知識や常識みたいなフィルターがありえるもの・ありえないものの線引きをしてる。
だが幽霊はどうだ?
見えても見えなくても、いる・いないことが証明出来ない。
だから信じるか信じないかの二極化になっちまう。
幽霊はいない。
だけど見えちまうこともあるってことだ。
水商売やタクシーの運ちゃんから幽霊見た話とか良く聞くだろ?
あれも似たようなモンだよ。
人間は夜行性の動物じゃねえ。
毎日毎日夜に起きてたら、そりゃどっかいかれるだろ。
しかも起きてる時には酒飲むか、嫌々裸になるか、ムリして運転してるか。
体に悪いことばっかしてたらそりゃ頭もいかれるわ。

妙に脈絡のない話が続いた。
先輩の言いたいことは何となく分かった。
だが、先輩がやたらとテンション任せで饒舌なことが引っかかる。
長い付き合いだ。
それくらい分かる。

まるで自分に言い聞かせているみたいだった。

「先輩だったら、幽霊ボコボコにしちゃいそうですよね」

「馬鹿か。幽霊殴れるわけねえだろ。いないもん殴れるか」

「そりゃそうですね。で? で、何かあったんですか?」

先輩は僕をチラリと見て、吐き出すように言った。

「小人だとよ」

「は? 小人?」

「その女の話なんだわ。ベッドの下に小人がいる。一匹くらいならいいんだけど、段々増えていってる。ベッドの下から出てきそうだから何とかしてくれ、って頼まれたんだよ」

「タマかペーパーですか?」

「俺も最初はそっち系かと思ったんだけど、違う」

「じゃあ病院に連れて行ってあげたらどうっすか?」

「ああ、やっぱそうなのかなぁ、なんか凹むわ」

「でも、それどっちかって言うと妖精っすね。やっぱ可愛い人が見る幽霊は可愛い――」

「いや、あれはそんな可愛いもんじゃねえよ」

「え? 先輩も見たんすか?」

「……。最初は飲み屋に居たんだわ。けど、その相談事聞くじゃん? 男なら見たくなるだろ? 主にベッドを」

「ベッドを」

「で、部屋に行くじゃん。するじゃん。寝るじゃん。それでお前からしつけー電話」

「マジっすか。すいません」

「いや、助かったわ。俺も見ちまったんだわ。その小人」

「え? マジっすか?」

「ああ。俺、幽霊信じてないし。だけど幽霊じゃないなら俺も病気なのかなあって凹んでんだよ。おい、パシリに言うなよ? なんか馬鹿にされそうだ」

「言いませんよ。ちなみにどんなのっすか? その小人」

「俺が見たのは黒いわさわさしたのだな。ってかあんなの小人に見えるのが凄いわ」

「いや、わかんないっす」

「俺も良くわかんねえ。ティッシュ箱くらいの黒いのがベッドからのろのろ出てくるの見ちまったんだよ。女は人間の小さいヤツって言ってた。けど俺には、ももののけ姫のタタリガミみたいに見えたわ。でかいゴキブリみたいな?」

「うわぁ。それはキモイ」

「ベッドの下にいるとかいってただろ? フツーに部屋の中ウロウロしてたよ。 もうベッドの下から出てるじゃねえかって。殺虫剤探したけどないから消臭スプレーかけたり、手元にあったバイブぶつけた。だけど全然効かなかったんだわ。で、どうすっかなあって思って。あれ? 確か出てきそうな小人をどうにかしろ、みたいなこと言われたな。既に出てるなら、これから出ないようにしてくれのお悩みは解決だな。つーか小人じゃなくてこれバケモンだろ、だから頼まれてるのとは違う、とか思った」

「先輩、酷すぎですよ。何匹ぐらいいたんすか?」

「さあ? 俺が見たのは六匹だけど。ベッドの下には何匹いるかわかんね」

「ベッドの下は流石に見たくないっすねぇ」

「だろ? あんなのがたくさん出てくる家にも居たくないだろ? だから呼び出されたのを口実に逃げてきた。あんなのが人間に見える女も怖いしな。幸いその女起きてなかったから速攻でお前のところ来れたわ」

確かに映画で見たあのタタリガミが人間に見えるというのは病んでいる気がする。
間違いなくゴキブリは人間には見えないだろう。
だが、仮にも一夜を共にした相手。
そんなわけの分からないモノがいる部屋に一人きりにする。
人間として先輩も病んでいる気がする。

小人Aへ続く
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