小人C

着替えている最中にリカさんが一点を凝視し、叫ぶ。

「おお出た。動き回って画面から切れてるな。何匹か良く分からん」

先輩も言う。
僕は全く見えない。
どこにいるのか尋ねると先輩は驚いた顔で答えた。

「え? マジか? 見えないのか。ほらココとココ、ココにも」

指を指している画面上にはただのカーペットしかない。
どうやらいる・いないではなく、僕には見えないようだ。
世話しなく何かを追いかけているリカさんとあっけに取られた僕が映っている。
関係はないが、VTRの自分の声が自分の声に聞こえない。
あれは妙に違和感があるものだ。

「あ、ココにも。ベッドの下にも何匹かいるが、良く見えん」

やはり見えない。
だが、先輩の指の動きとリカさんの動きは一致していない。
先輩が指すところにはリカさんの目線はない。
リカさんの騒いでいるところの中心には先輩の指先がない。
ちぐはぐだ。

急に画面があわただしくなり、役者が三人に増える。
入ってきた男2は男1に掴みかかる。
女はそれを止めようとする。
しかし、彼女は半裸だ。
その姿を確認した後、更に男2は激昂する。

怒りに任せて男1を殴ろうとした時、腕を振り上げたままの状態で動きが止まる。
何かを見ている。
何を見ているかは分からない。
突然、男2は叫び声をあげる。
わあああ、何だこりゃああああああ。
来るな、と叫び、何かから逃れるように腕を振り、足をバタつかせる。
男2は画面からフェードアウト。
扉が開き閉まる音と共に、そのまま声が遠ざかっていく。
ポカンと呆けた状態の男1と女。

何がなんだか分からない。

それから女は散らばった部屋を片付け始め、男1がそれを手伝うシーンが続く。
二人がしばらく話し合い、男1がカメラに近づき、VTRが終わった。

「アイツにも見えてたみたいだな」

「ですね。僕には全く見えないんですけど。Yちゃんは?」

「私も見えない。ってかタク。ホントに見えてんの?」

僕とYちゃんには全くわけの分からない映像だった。
先輩、リカさん、ナンバー5さんには見えている。
だが二人の言い分、ナンバー5さんの様子から察するに三人とも同じようには見えていない。
人によって見え方が違う。

「……あっ!?」

先輩が何度もVTRを巻き戻し、確認しながら叫ぶ。
何かに気付いたのか、それとも新しい発見があったのか。

「どうしたの?」

「い、いや。何でもない」

「言ってくださいよ」

「ホントに大したことじゃない。それよりナンバー5はどうなったんだ?」

「分かんないです。あの後バイト先にも来ませんし。店長も連絡取れないって嘆いてましたよ」

「そうか。まあ腐ってもナンバー5だからな。店の売上落ちるからアイツも必死にならざるをえんわな」

結局、その日に答えは出なかった。
先輩はウンウン言いながら、何度も画面と顔を突き合わせたが、しばらくすると諦めた。
僕とYちゃんにとっては同じ映像が繰り返されているだけなので、よく分からない。
先輩が諦めたら、この上映会も意味を成さない。
蛇のようにしつこい先輩が諦めるのは珍しいことだ。
もういいやこの件は忘れろ、そう言って帰っていった。



「ねえ、この前の小人、もう出なくなったよ」

上映会の後、いくらもしないうちにリカさんは店に来た。
ナンバー5さんとは連絡も取れなくなってしまったらしい。
付き合っていることは周りには内緒だった。
僕への仕打ちや自分へのぞんざいな態度。
他に女がいるかもしれないという疑惑。
色々な不満、不安が募り、連絡が取れなくなったのをきっかけに関係を切ったという。
メールで一方的に済ませたというからお手軽なものだ。
向こうの気持ちはどうするのか、と尋ねる。
もう着信拒否してるから分からないし、どうでもいい、と。

「それより、タクから連絡あったんだけど」

「先輩から? へえ。何て?」

その答えを聞いたとき、おぼろげながらこの現象の正体らしきものが見えた。



先輩の家。
先輩は観念したようだ。
うなだれている。
こんな弱気な先輩は初めてだ。
勘弁してくれ、その目はそう見えた。

Yちゃんと僕。
そして椅子にうなだれる先輩。

あなたの所為じゃないのよ。

Yちゃんは僕の肩に手を置き、そう言う。
だが彼女がいる時にリカさんの話を振ったのは僕だ。
あの時僕が話さなければバレなかっただろう。

Yちゃんは早いうちから先輩の浮気を確信していた。
VTRを見たあの日に。

先輩がタオル一枚で出てきたリカさんを見て言った言葉。

『お、リカ、タオル一枚じゃん。これはそそる』

これだけで先輩が浮気したであろうことを見抜いた。

そして何時間もの間、問い詰め、泣き続け、時には叫ぶ。
僕がリカさんと話し、それを聞くために連絡したころには先輩は陥落していた。

僕は二人にリカさんの名前を教えていない。
完全に先輩のちょんぼだ。

だが、たったそれだけで浮気を見抜くとは。
女の人が凄いのか、Yちゃんが凄いのか。

後でこの落とし前は付けさせてもらうからね覚悟しろ、と恐ろしいことを言い、Yちゃんは家を出て行った。

彼女がいなくなったのを確認した後、先輩に尋ねた。

「いつ気付いたんです? 小人の正体」

「画面見てたときだよ、数数えてたら、数が一致したんだ。それでお前とYのリアクション。そしてリカの数。まあ、おまけ程度にナンバー5の取り乱し方。アイツ女何人も抱えてたからな。結構エゲつない方法も使って。モテないやつほど女囲ってモテたがるもんだ」

「なるほど。ってか、これも頭の故障とかクスリの影響って言えるんですか?」

「何なんだろうな。俺には理解できない。理解できないが、実際に正しいことも事実だ。本人にしか分からないところがミソだな。数が合うってことは記憶と心理的モーメントが働いているっぽいけど。人間の脳はまだまだブラックボックスだ。俺たちはその一端に触れちまったのか、それとも全く関係のない何かなのか。だがもういい。疲れた」

「オカルトってより脳のイタズラってことですか?」

「まあそういうことだろうな。だがそうであっても一過性のもので、深刻な病気ではなさそうだ。ホッとしたよ。もうVTR見ても何も見えなくなったからな」

タネを明かせば馬鹿馬鹿しいことこの上ない話だ。
正解かどうかは分からない。
どういうメカニズムなのかも、どういう現象なのかも。
だが結果としてそれ以外の答えは見つからなかった。
偶然一致しただけかもしれない。
二度と再現は出来ないだろうし、必要もない。

小人。
先輩に言わせれば、タタリガミ。
見え方などどうでも良かったのだ。
重要なのはやはりその数。

それの正体は「浮気をした人数」

ベッドの外に出ているのは実際に浮気した人数。
ベッドの下にいるのは浮気したいと思った人数。
何とも下らないが、それが僕たちの結論だった。
肉体関係を結んだ人数でないことが重要だ。
リカさんの職業上、実際に肉体関係に至ったのは多いだろう。
要は自分が浮気心という罪悪感を持つか否かのようだ。
仕事の延長線上の肉体関係は浮気と考えないのだろう。
おかしな現象もあるものだ。
気持ちが目に見えるというのはある意味凄い。

先輩からリカさんへの電話が決定打だ。
彼女はこう聞かれたのだ。

今までに浮気した人数は何人だ、と。

怒った彼女は、お前だけだバカ、と言って切ってしまったらしい。
先輩の賢いところは、今までにセックスした人数を聞かなかったことだ。
とかく男は肉体関係にこだわる。
僕はそれに騙されていた。
僕とリカさんは肉体関係を結んでいないのに小人が増えたからだ。
罪悪感がなければ、セックスすら浮気にはならない。
気持ちというのはそういうものだ。
僕には彼女がいない。
だから浮気心などない。
そのため見えない。
先輩にはいる。
そのため六匹見えた。
浮気した人数が六人なんだろう。
通算人数が見えるのか、現在の浮気人数が見えるのかは分からない。
Yちゃんにバレた後は見えなくなった。
理由は分からないが、先輩が浮気と認めることによって罪の意識から開放されたからかもしれない。
リカさんに小人が見えなくなったのは彼氏がいなくなったからだろう。
これも気持ちの問題だ。
リカさんが彼氏と関係が切れたと思えば、相手の了承など要らない。
恋人というのはそれほど脆い絆なのだ。

単に一過性の幻覚だったのかもしれない。
それがたまたま浮気人数に重なっただけ。
だが合理的な解釈は捨てた。

ほとんど妄想の域を出ない結論、「浮気心」
だが僕たちにとってはこれが最もしっくりきた。

恐るべきはYちゃんだ。
大した証拠や状況に直面したわけでもない。
小人が見えたわけでも、リカさんに話を聞いたわけでもない。
理屈でも超常現象でも何でもない。
先輩の口走った言葉、たった一つで一点突破。
さらには残り五人の浮気相手を白状させた。

女心はオカルティズム。
僕はそう思った。
怖いサイト.com
ベストヒットナビ
感想・雑談はコチラ
もっと探す@AB
[戻る]
- mono space -