先輩と下男と俺とヨーコさんA

102 :稲男 ◆W8nV3n4fZ. :2010/10/16(土) 22:20:04 ID:lZM9Igr50
ヨーコさんの膝の下と腋に手を差し込んで抱えあげる。
俺は笑う先輩と、ベッドの下の隙間から見える手を残して寝室を出た。
そのまま玄関を出て、ヨーコさんを廊下に座らせる。
さっき、ベッドの下に見えたのはなんだったのか。
泥のような色をした手。
細い隙間から見えた片方の目。
先輩はアレの正体がわかったのだろうか。
「ヨーコさん、起きてください。ヨーコさん」
抱えて走った時もかなり揺れたはずだが、ヨーコさんは全く反応をしない。
顔色は青白く、まるで死んでいるようだ。
辛うじて呼吸音が生存を教えてくれた。
俺はヨーコさんの正面に座って待った。
ただ待った。
先輩か、ヨーコさんのどちらかがアレに勝ってくれる事を。
そのまま十分ほど経った時。
玄関のドアががしゃんと鳴った。
急いで立ち上がり、玄関を開ける。
内側に拠りかかっていた先輩が倒れこんできた。
「ちょ、先輩!どうしたんですか」
両腕を垂らして俺に体重を預けている。
「追っ払った・・・・・・けど、もう限界だ。病院近くにあったっけ」
よく見ると両腕に痣がたくさんある。
右手の中指・小指がおかしな方向に捩れていた。
「だ、大丈夫なんですか。どうしよう、救急車とか呼んだ方がいいですか」
先輩が思った以上に重症に見えて、焦りが噴出してくる。
俺がおたおたしている間、先輩はヨーコさんを眺めていた。
「・・・・・・起きなかったのか。そういうこともあるか。あ、痛、た。まあ、痛いのは腕だけだから、歩いて病院行くよ。今・・・・・・10時か。閉まってるだろうなあ・・・・・・」
ふらふらしながら歩いていく。
追いかけようとしたら、先輩に止められた。
「お前までいなくなったら、ヨーコが驚くだろ。起きるまで付き添うか、もう大丈夫だからベッドにでも戻してやれ」
去っていく先輩は、いつになく男らしく正統派のかっこよさだった。


103 :稲男 ◆W8nV3n4fZ. :2010/10/16(土) 22:22:15 ID:lZM9Igr50
翌日、病院の待合で先輩と会った。
先輩は両腕に包帯をぐるぐる巻いていた。
「なんか、右手の人差し指と中指、あと小指が折れてるって。人差し指は綺麗にイってたけど、中指と小指は細かくちくちく折れてて治るのもちょっとかかるかもってさ」
笑って右手を振る。
「あの、先輩。昨夜、何があったんですか。アレは結局なんなんですか」
先輩がにやりと笑う。
「解説しようか。まず、アレの正体だが・・・・・・簡単に言うと、ヨーコだ」
比較的無事な左腕でズボンのポケットを探る。
と、中から紙に包まれた丸い物を取り出した。
直径1cmくらいの玉だ。
「まあ、ビー玉なんだけど。これがあの化け物になった。おい、そうバカ面するな。本当だ。例えば、だが」
先輩は包み紙をぺりぺりと剥がす。
中身は水色の透明なビー玉。
包み紙には、どこかでみた模様が入っていた。
「これがベッドの下に転がっていくだろ。ふとした瞬間に、それがきらりと光っているのを目撃するんだ。脳みそは連想する。光る玉、眼、顔、人」
手のひらの上でビー玉を弄びながら続ける。
「そして、その想像にはっきりした形が出来る。それはベッドの下に人間ということから連想された都市伝説だ。その想像をした人間が、少し変わった奴だったら」
「そう、人より少しだけ、そういうモノに近い奴だったら。その想像は、何かにキャッチされ、実現される。そういうもんだ」
頭の中で整理する。
つまり、ビー玉を見たヨーコさんが、ベッドの下の男を想像し、それが現実になった?
「あるんですか。そんなこと。大体、それならどうやって追い払ったんです」
先輩は口の端をさらに歪める。
「実現したってことは、俺と同じ土俵にいるってことだ。想像相手じゃ勝ち目もないが、そこにいるならどうとでもなる。言っただろ、これは眼だ。あいつの。引っこ抜いてやった」
この怪我は、抵抗されたからだ。と。
ベッドの下に手を突っ込んで、得体の知れない物に指を捩じ折られながら、それでも相手の眼を抉って引っこ抜いた。
・・・・・・やっぱり、この人は尋常じゃない。
「最初はな。ヨーコの世界の中にしかいないのかと思った。あいつは、なんていうか、上位の世界を持ってる。だから、その中にいれば勝てなかった」
何のことだかよくわからないが、なんにせよ、この二人は段違いだと思った。


104 :稲男 ◆W8nV3n4fZ. :2010/10/16(土) 22:25:15 ID:lZM9Igr50
ここまでなら、やっぱり先輩達はすごい、で終わるのだが。
その後、非常にイメージの悪い話がある。
「あのな、頼みたい事があるんだ」
一通り解説を終えた先輩は、神妙な面持ちで言った。
「え、まあ出来ることなら」
今回は人の為に働いたし、まあ怪我しているから困ることもあるのだろう。
「あのな。先に言うぞ。別にいやらしい気持ちがあったわけじゃない。ただ、ちょっと、その、見えちゃったから、つい、だな」
先輩はまたポケットを探る。
まさか。
冗談だろう。
「これ、返してきてくれないか。間違って持って帰っちゃったとか言ってさ。お前ならそんなに怒られることもないだろ」
先輩が出したのは、あの部屋と同じ薄ピンクのシンプルな、それでいてかわいらしさのある・・・・・・。
女性下着(下)だった。
俺は悩んで悩んだ挙句、ここまでの怪我をして稼いだ好感度を、出来心で全部失くしてしまうのはあんまりだなあと思ってしまい、しかめっ面をしながらそれを受け取った。
返しに行った俺と受け取ったヨーコさんはお互い赤面し、それからしばらく気まずい日々を送った。

先輩と下男 終・・・じゃない。
先輩が病院に行き、ヨーコさんをベッドに戻した時の話。


105 :稲男 ◆W8nV3n4fZ. :2010/10/16(土) 22:28:13 ID:lZM9Igr50
「・・・・・・行った?」
背後から急に声を掛けられて驚いた。
ヨーコさんがぼんやりした顔で俺を見ていた。
「あ、起きてたんですか。なんか、もう大丈夫みたいなんで部屋戻ってください。俺、先輩を」
「連れてってください。力が入らなくて」
ヨーコさんはひどくぐったりしている。
俺は再びヨーコさんを抱え上げる。
「あの、嫌だったら言ってくださいね」
ヨーコさんはゆるゆると首を振る。
「本当はあの人にこうやって頼ってあげたいんだけど、あの人に近づくと、見えちゃうから。いろいろ、嫌な物が」
あ、もしかして。
「今考えてたこと、見えたりしました?」
俺は『先輩にこそこういう役得があるべきなのに』と考えていた。
今回一番頑張ったのは彼だ。
「別に。なんとなくそんなこと考えてそうだなって。実は、そんなに嫌じゃないです。ああいう風にストレートに当たられるの」
良かった。先輩は嫌われているわけではなかったのだ。
いつもそれが気にかかっていた。
そう、俺がどう思っていても、最初に好きになったのは先輩だ。
「じゃあ、嫌な物が見えなければ、先輩と付き合ってもいい・・・・・・とか」
なんとなく口にし辛かった。
それは、多分俺の中の感情に原因があるんだろう。
「まあ、前まではそうだったんですけど。今は、他に好きな人がいるんで」
ずくり、と。
心臓に突き刺さる言葉だった。
鼓動の乱れを悟られないように気をつけなければならない。
これは先輩に対する憐憫だ。
そう思い込むことにした。


106 :稲男 ◆W8nV3n4fZ. :2010/10/16(土) 22:31:38 ID:lZM9Igr50
「そうですか。まあ、そういうこともありますよね。よ、と。じゃあ俺はこれで。先輩の所に行ってきます」
ヨーコさんをベッドに下ろしても、心臓がバクバクと鳴る。
俺はヨーコさんに対して特別な感情を持っていない。
彼女は先輩の思い人で、ずっと思ってきた人で、ヨーコさんも先輩が嫌いじゃなくて。
でも、他に誰か好きな人がいて。
「勘違いしてる気がします。私が好きなのは・・・・・・」
誰だろうと聞いてはいけない。
俺は慌てて寝室の扉を閉めた。
が、扉の閉まる音と同時に聞こえてしまった。

わたしがすきなのは、あなたです。

先輩と下男と俺とヨーコさん 終
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