視線(前)

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1限目の講義が終わる。
教室に人は少ない。
朝早くから真面目に勉強するなんて信じられない、とは美加の言。
1,2年生のうちに単位は稼いでおいた方が良いのにな、と思う。
なんとかなるわよ、とも美加は言っていた。
そうだろう。きっと彼女はなんとかする。不器用な私と違って。

少しの劣等感。
軽くため息をついた私に、教室に入ってきた男の人が話しかけてきた。
男「鮎川さん、神尾さん来てない?」
やや長髪の男性。名前は何といったかな?
私「美加は…今日は3限からだと思います」
男「あぁ、やっぱそうか。こんな早くに居るわけないよな。電話したんだけどさー出ないんだよねー。まだ寝てるのかなぁ」

2/12
時刻は10:40過ぎ。十中八九、寝ているだろう。
目は覚ましているかもしれないが…まぁ、寝惚けているだろうなと思う。
私「何か用事があるなら、伝えておきましょうか」
男「いや、いいよ。また電話してみる。しかしあれだねぇ…。鮎川さん、1限から頑張ってるねぇ。単位、結構いってるんじゃない?」

と、言いながら男は無遠慮な視線を私に向けてくる。
髪、顔…でしばらく止まり、胸、腰、脚…と上から下に視線を感じる。
9月のまだ陽気な季節、やや薄着なのがいけないのかな…
いや、自意識過剰だな。気をつけなくちゃ。嫌な女になりそう。
私「今のうちに取れるものは取っておこうと思って。それじゃ、次の講義があるから…」
席を立って、次の教室へと向かう。

男は講義を受けに来た様子でもなく、どこかに去っていった。
何と思われたか?簡単に分かる。つまらない女、だろう。
別に構わない。私は私だ。

3/12
2限も終わり、昼食を食べようと構内のラウンジに向かっていると、前から美加がやってきた。
美加「おはよーう くぉのふぁー」
古乃羽(このは)。私の名前だ。砕けた発音で呼びながら、美加が手を振ってこちらに駆けてくる。周りの人が何事かと、こちらを見ている。
私「おはよう、美加…恥ずかしいからそんなに手、振らないで」
抱きついてきそうな勢いだったが、なんとか押し止める。周りの視線が痛い。

美加「古乃羽、これからお昼でしょ?ボクと一緒に食べない?」
私「もちろんいいけど…何、そのボクって」
美加「どうかな、ボクっ子。なしかな?」
私「20歳でボクっ子は無いんじゃない?」
美加「年のこと言うなよー。まだ10代だからって…」
12月生まれの私はまだ19歳。5月生まれの美加は一足先に20歳になっていた。

美加とは小さい頃からいつも一緒だった。内気でイジメられがちな私を庇ってくれたりもした。
明るい性格。物怖じしない性格。誰とでも打ち解けられる、そんな性格。
私は美加が大好きだ。憧れるところもある。本人には恥ずかしくて言えないけど。

4/12
2人で昼食を食べながら、ふと思い出す。
私「そういえば朝、美加のこと探している男の人がいたよ」
美加「ん?誰?」
私「ちょっと長髪の…名前が思い出せないのよね。ピアスと指輪してた」
美加「んーー…誰だろう。長髪ピアス、指輪セットの人なんて居たっけな…?」
私「あ、美加に電話したって言ってた」
美加「電話?」
携帯を確かめる美加。

美加「着信は…昨日の夜の古乃羽が最後。それから1件もないよ?」
私「じゃ、番号間違えていたのかな」
美加「…ははーん、分かったゾ?」
美加がニヤッと笑った。

美加「その人、どうだった?古乃羽の好みだったりしない?」
私「私の好み?」
美加「多分ねー、その人、古乃羽に気があるんじゃないかなー。で、話しかける口実に私を使ったわけ」
私「えー…」

5/12
美加「ほら、どうなの?イイ男だった?背は高い?どんな格好してた?お金持ってそうだった?」
私「お金って、別に…うーん格好は…」
姿かたちを思い出してみる。が、思い出すのはあの嫌な視線だけ。
私「ダメかな…無い、と思う。何か気持ち悪かったし…」
美加「うひゃー、気持ち悪い、か。それは可哀想に。哀れ、謎の男」

私「美加の知り合いじゃないの?私、どこかで見たような気がするんだけど」
美加「私の知り合いには居ないよー、そういう人。どこかって、構内のどこかで見ただけでしょ?」
私「そうなのかなぁ…」
美加「よし、私が探してやろう。顔や体の特長を言いたまえ、古乃羽くん」

6/12
特長。
もう一度思い出してみる。顔の特長。
私「目が2つ、鼻が1つ、口が1つ…」
美加「うんうん…ってォィー。あぁ、古乃羽がそんな冗談言うなんて…ショック」
私「んー…半分冗談。なんか思い出せないの。特長、特長…」

思い出す…ダメだ。何でだろう、ほんの2時間くらい前なのに。
ピアスと指輪をしていた…していたっけ?そんなところ見たかな。
長髪。それだけは確かだ。でも長さは?肩くらい?背中まであった…?

美加「おーい。古乃羽さまー。勉強しすぎじゃないのー」
私「うーん、忘れちゃった。思い出したら言うね」
美加「ほい。ま、どうでもいいんだけどね」

その後、食事を終えた美加はイヤイヤ講義に向かった。
私はその時間は空いているので、また後でねと言って、静かな所を求めて図書室へと向かった。

7/12
図書室でレポート用紙を広げ、さっきのことを考えてみる。
ここは静かで、しかも涼しい。物思いに耽るには最適だろう。

特長。なんでもいい。思い出したことをメモしてみようと思う。
何故こんなに気になるのか?思い出さなければならないような気がしてならない。
別に好みとかではないのは確かだ。なにしろ、嫌悪感すら感じたのだから。

…嫌悪感?そんなに不快だったかな。
ジロジロと視線を送ってくる人は、たまにいる。普段はそんなに気にはならない。
でもあの目は…嫌だった。まるでこちらの全てを見透かすような目。
「特長:嫌な目」とレポート用紙に書く。

他にはなんだろう。目の色は?話をしたのだから、一瞬でも目を見ているはず。
えーっと、目は…あれ?
なぜかサングラスが浮かぶ。サングラス…してたっけ?
あ、でも口には…マスクもしていたような?…帽子もかぶっていたかな?
そもそも、男?本当に男だった…?声はどんな声?口調は?

8/12
おかしい、なにこれ。イメージが勝手に崩れていく。
気持ち悪い…。頭を抱えて机に伏す。
考えれば考えるほど、気持ち悪くなってくる。
頭の中がぐにゃぐにゃと歪んでいく。
思い描いていた顔の、目が、鼻が、口が、歪んでいく。

そしてイメージは崩れに崩れ、ついにそれは異形のものとなった。
オカルト本で見た挿絵の悪魔の顔。それをサングラス、マスク、帽子で隠している。
しかしそれでも隠し切れない、尖った耳。大きく裂けた口。鉤鼻。真っ黒なサングラスの奥で、怪しく光る目。

いけない。そっち系の本とか読みすぎかな。
中学のときオカルトにハマッテ以来、そんな本ばかり読んでいる。
この趣味に美加が付き合ってくれたおかげで、更に拍車が掛かった。

顔を上げ、眼鏡を外して机に置く。
度の強い、お世辞にも可愛いとは言えない眼鏡。
美加はコンタクトレンズを勧めるが、あれは怖くてダメだ。

9/12
気分転換にと、窓から外に目をやる。眼鏡が無いと視界がぼんやりして、よく見えない。
見ないで済めばよかったな、と思う。そうすればこんなに思い悩むことも無かっただろう。

大学の校舎、3階にある図書室からは、キャンパス内が一望できる。
眼鏡のレンズを拭き、掛けなおし、また外を見つめる。
講義が行われている時間なので、歩いている人は少ない。

大学で知っている人と言えば、美加の他には同じ学科の女の子数名。
それと、この前肝試しに…美加に強引に連れて行かれた肝試しに、一緒に行った男の子2人。
あれは何だか怖かった。足音や笑い声を聞いた気もするけど、結局全部気のせい、で片付けてしまった。

それより、場合はどうであれ、あの時初めて男の人と手をつないだ。
手を引いてくれた彼、雨月君、といったっけな。
ドキッとした。力強くて、恐怖心が無くなったのを覚えている。
彼はもっと別のものを見ていたようだけど、何を見たのだろう。
機会があったら聞いてみたい気もする。

10/12
窓の外をぼーっと眺め、なんとなく誰かを探す。
…と、向かいの校舎の隅に人影を見つける。外壁に寄りかかっている。
もしかして…目を凝らしてみる。

あの顔。あの男だ。悪魔…じゃない、あの長髪の男だ。
顔ははっきり見えた訳じゃないけど、分かった。黒いジャケットを着ている。
そうだ。さっきも着ていた。
こちらを見ているような気がする。行ってみよう。はっきりさせたい。
美加のこともあるし、学校に来ていると教えてあげよう。

レポート用紙を鞄に入れる。「特長:嫌な目」とだけ書いたメモ。
そうだ、あの目。気を付けないと。余り気にしないようにしないと。

校舎の外に出る。向かいの校舎の隅、さっき見たところを見てみると、
ジャケットの後ろ姿が見えて、校舎の裏に消えていった。
私は小走りで、その後を追った。

11/12
校舎の裏には、色々なサークルの部室が並ぶ、プレハブ小屋があった。
ジャケット姿を探す。
いた。部室の1つに入っていくのが見えた。

何のサークルだろう。ここまで来るのは初めてだ。
入口まで行ってみるものの、何の部屋なのか分からない。
他の部屋には「○○愛好会」とか「××同好会」とかあるのに、ここには何も書いてない。
それと、この雰囲気。入口から感じる、この冷たいような、しかし熱いような風と、圧迫感。それでいて中に誘われるような感覚…。
この前と同じだ。廃校で感じたものと。

これって霊感なのかな…
嬉しいような怖いような、複雑な気持ちになる。
オカルトの世界を見ているうちに、自分にも霊感があったら、
なんて考えたこともあったが、実際そうなると困ることになる。
だって…怖いもの。

12/12
どうしよう。明らかに誘われている。
当然、1人で入ってはいけない気がする。
誰かを呼んでくる?誰を?
美加は講義中だ。終わるまで待つ?
なぜか彼の…雨月君の顔が一瞬浮かぶ。まさか。連絡先も知らない。

少し迷った末…、
1人で入ることに決めた。
そうだ。私はもうすぐ20になる。いつまでも美加に頼っていちゃダメだ。

きっとこの決断は間違っているのだろう。
でもここで引き返したら、私はきっと、ずっと弱いままだ。

自分を変えないと。はっきりさせるんだ。
意を決し、私は部屋に入ることにした。
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