視線(後)

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部屋の扉をノックする。
思った通り、返事はない。確実に中に居るはずなのに。
扉に手を掛けて、開けてみる。
扉は、これも思った通り、開く。
中に明かりは点いていない。これも思った通り…

罠に掛かったウサギ。それが今の私だろう。
中には狼が居て、私はきっと…
いや、考えちゃいけない。それも思った通りになりそうだから。
今は別のことを考えよう。見ない。見ないようにする。目を見ない。

部屋の中に入る。扉は閉めるべきだろうか。
常識で言えば、閉めるべきだろう。明かりが無いといっても、昼間だ。
部屋の中は真っ暗な訳じゃない。窓から光が差し込んでいる。
私は少し迷ってから、扉を閉めた。
これもきっと、間違った選択なのかな、と客観的に考えてしまう。

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中に入ったものの、部屋の正面は見ないようにした。
なぜかは、単純明快。正面にあの男が居るのが分かったからだ。
胸の前で鞄を抱くようにして、手元をじっと見つめていることにした。

私「あの…」
問いかける私にかぶせるように、前から声がした。
男「やぁ、鮎川さん。何か用?」
普通の人の声だ。朝聞いたのと同じ声。

私「あ、すいません。勝手に入って。あの…美加が、神尾さんが、来ました」
しどろもどろに私は告げる。
男「へぇ…それを言いにわざわざ?」
ニヤニヤしたような声が聞こえる。
私「はい、えっと…それだけです。探している人がいる、って伝えておきました」

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男「あ、そう…」
男が近寄ってくるような気配がした。
私「じゃあ、私、これで…」
男「ちょっと待ってよ」
きた。どうする?走って逃げるか?ダメだ。それじゃ入ってきた意味がない。
このモヤモヤする感じを、なんとかしたい。この男が何者なのか、はっきりさせたい。

男「あのさ…もう、分かっているのでしょ?鮎川さん」
私「…なんでしょう」
男が目の前まで来た。私は手元を見続ける。
男「…何を、だろうね。どこまで分かっているのかな?この子は…」
まただ。ジロジロとこちらを見ている。この視線が嫌だ。

男「こっち、見ないね。分かっているからだよね」
私「だから…なんでしょう」
少し語気を強めて言ってみる。

男「俺はさ。神尾なんて奴知らないし、あんたと会うのも今日が初めてだよ」

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美加のことを知らない。予想通りだ。でも、私と会うのも初めて?
男「あんたは知っているんだろ?俺のことをさ」
知っている…気はした。でもなんだろう。いつ会った?覚えていない。
男「俺の顔、分かる?どう見えている?」

何のことだろう。顔は思い出せないのに。
想像した、悪魔の顔のことを言っている?
でも違う。あれはオカルト本の挿絵がイメージと重なっただけだ。
それとは別に、顔があるの?

男「ちっ…何も言わないんだな」
不機嫌そうだ。イライラしている。いけない、何か言わないと…
私「あの…」
男「ん?」
私「顔とか…分からない、です。よく…思い出せなくて」
男「じゃあ、顔をあげて見てみろよ。それともこっちから覗き込んでやろうか?」

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だんだんと乱暴な口調になっている。
私は怖いのを必死で我慢した。
私「いえ…いい、です。もう、その…」
男「もう、見るんじゃねえぞ?」
私「え?」
見ろ、とか、見るな、とか。何を言っているの?どっちなの?
男「俺のこと、霊視するなって言ってるんだよ。分かってるんだろ?」

…?咄嗟のことで、私は顔を上げそうになり、慌てて押し止まる。
霊視?何のこと?そんなことした覚えもなければ、出来るわけもない。
男「俺は、邪魔するやつは許さないぜ…?」
そう言って、ますます視線は強くなる。
まるで、目だけが私に迫ってくるような、そんな感じがする。

男「へぇ…。意外と可愛い顔してるじゃない」
耐え難い、不快な視線…なんだろう。よくある好奇の目じゃない。
まるでこちらの全てを射抜くような視線。

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男「とにかく、だ。」
男は少し離れる。それと同時に視線も離れた。私はホッとする。
男「二度と、俺を見るな。いいな?分かったか?」
何を分かれと言うのか。さっぱり分からない。

男「分かったか、って言ってるんだよ!はい、か、いいえ、だろ!?」
急に怒鳴るような声で私を問い詰めてくる。
私「…は、はい」
意味は分からないが、消え入りそうな声で答える。
男「よし…それじゃ、帰りな。こんなところにいたら、危ないぜ?」
不気味に優しい口調になる。しかし暗に感じる嘲笑。
きっと笑っているのだろう。私を。

しかし私にはそれ以上何も出来ず、後ろ手で扉を開け、何も言わず外へ出た。
出る瞬間はっきりと、勝ち誇ったような、あざ笑うような声が聞こえた。

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外に出た私は、校舎の方へフラフラと歩いていく。

涙が溢れてきた。
怖かったからではない。悔しかったからだ。
部屋に入る前の決意。正体をはっきりさせてやる、と思った決意は、簡単に崩れ去った。
そして意味の分からないことを約束させられ、笑われ、部屋を追い出された。

いや、追い出されたのではない。逃げたのだ、私は。
それが悔しい。
無力で、臆病で…言いなりになってしまう自分。
昔からずっと変わらない…。変わりたいのに。

校舎の陰に着いた私は、しゃがみ込んでしまった。
もう立つのも嫌だ。私は泣き続けた。

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…どれくらい時間が経ったか。チャイムの音が聞こえる。
涙は止まっていた。
しゃがみ込んだままの私は、何を見るでもなく、泣き腫らした目で構内を見渡す。
向かいの、図書室のある校舎。講義が終わったので、何人かの人がぞろぞろと出てくるのが見える。
その中に、あの人がいた。雨月君だ。
駆けていって声を掛け、話を聞いてもらおうかと思ったが…やめておいた。
こんな状態で話なんてできないし、何より泣いて腫れぼったくなっている、こんな顔を見られたくない。

彼の姿を目で追う。
そして、ふと思う…彼は、私を変えてくれるだろうか、と。
変えてくれる。そんな気がする。
いや、変わるのはもちろん自分だ。彼はきっと、そのきっかけを与えてくれる。
そう思える。そんな、ビジョンが見える。

すると不意に、不思議な感覚に襲われた。
私は彼を目で追っていただけだが、いつの間にか、そこに別のものを見ていた。
イメージが頭に浮かんでくる。彼の姿。そしてその後ろにあるもの。
光り輝く、暖かい存在。力強いその鼓動…。

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私は思い出す。
あの男の言っていたこと。私は霊視をしている、と言っていた。
あれは、こういうことなの?だとしたら…
だとしたら、そうだ。これは私の力ではないか。

心の奥に火が灯る。
あいつはミスを犯したんだ。
私は知らなかった。あいつが教えてくれたんだ。気付かせてくれたんだ。
私は何かを見ることができる、ということを。

ならば、私はこれを信じよう。
私の目に見えたものを、信じよう。

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鞄から携帯を取り出し、美加に電話する。
美加「はーい。どうしたの?」
明るい声。その声を聞くだけで癒される。美加はいつも、私に元気をくれる。
私「あー…えーっとさ、ちょっとお願いがあるの」
美加「何々?古乃羽お嬢様のお願いなら、何でも聞いてあげるわよ?」
さて、どう言うか…確実に誤解されるだろうな。

私「えっとさ、この前の肝試しのときの男の子、雨月君のことだけどさ。あの人、どんな人なのかな」
美加「どんなって…。こ…古乃羽!ついに…ハートを射止められちゃったの!?」
私「なんか古い表現だね…。いやあの、好きとか嫌いとか、そういう訳じゃないんだけど、ちょっと気になって…」
あぁ、ダメだ、余計誤解されそう。

美加「なるほど、なるほどねぇ…。古乃羽はああいうのが好みかぁ…。よし、分かった。美加お姉さんに任せなさい。古乃羽なら絶対大丈夫!うまくいくよ!」
…まぁいいか。詳しく説明できないし。それに彼なら別に…誤解されて嫌な気もしないかな。

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私「ごめんね。私から話しかければ済むことなんだけど…」
美加「まさか。古乃羽にそんな真似させないって。ばっちりセッティングしてあげるから、楽しみにしてなさい」
セッティング。また会わせてくれるってことか。気が早いなぁ…。

それにしても、美加の中で、私は相当なお嬢様のようだ。
でもそうやってくれるのには、甘えてしまう。
私「うん。ありがとう」
美加「はいはーい。んじゃ、また夜、メールか電話するねー」

電話を切り、携帯を鞄に仕舞う。
目を閉じて考える。
私は大丈夫?大丈夫だ。
もう、負けない。逃げたりしない。

私は立ち上がり、陰から出て、光の下へと向かった。
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