呪いの業

1/10
チクチクする。
明美はまた右手首の傷を確認した。
針で刺してしまったところが、ずっとチクチクと痛む。
明美「あの、針…変なばい菌でも入ったんじゃないでしょうね」
テレビを消しベッドに座り、一人つぶやく。

傷は小さく、別に深くも無いのに、その周りが痣のように変色している。
そこがチクチクと痛むのだ。
明美「まったく、サイテー…」
ラウンジにいたあの女かあのガキか、今度会ったら慰謝料でも請求してやろうか。
どうもイライラしてしょうがない。携帯を取り、彼氏に電話してみる。

明美「あー、幸雄?ちょっと聞いてよー」
幸雄「ん、あぁ、どうした?」
夜も遅い時間だったが、すぐ電話に出てくる。
何でも言うことを聞いてくれるし、何でも買ってくれる。
幸雄は明美にとって自慢の…便利な彼氏だった。

2/10
明美「ほら、昨日さー、ラウンジで怪我したじゃない?あたし。あの汚いヌイグルミのせいでさー」
幸雄「あ、あぁ、あれな。ひでぇ奴らだったな」
明美「そう。でさぁ、その傷がずっと痛いのよねー。ちょっとさ、明日病院に連れていってくれない?」
幸雄「あ、おう。そんなに痛いのか?」
明美「うん…ずっと、すごく痛いの」
ちょっとチクチクする程度だが、すごく痛いといっておこう。

幸雄「そう、か。俺もさ、何かさ、左目がずっと痒いんだよ」
明美「…はぁ?」
幸雄「だから、昨日からさ、何か目が痒くてさ」
明美「ちょっと、何?目が痒いのと、針で刺されて酷く痛がってる私と、一緒にしてるわけ?」
幸雄「いや、そんな訳じゃ」
明美「信じらんない。明日、朝早く迎えに来てよね。こっちはすごく痛くて大変なんだから」
幸雄「あ、ああ。うん。分かった。ごめんよ、朝一で行くよ」

明美は携帯を切り、ベッドに横になる。これくらい言っておけばいいか。
そしてそのまま、これをネタに今度何を買って貰おうか、などと考えつつ、寝てしまった。

3/10
チクチク…じゃない。ウズウズする。
気持ち悪い…なにか蠢いているような…。
明美は嫌な感じに襲われ、目を覚ました。
体を起こしてベッドに座り、ベッドランプを付け、時計を見る。2:30を過ぎたところだった。
そして眠りを妨げる忌々しい手首を見て、明美は凍りついた。

目だ。
手首の傷が横長に開いて…そこから目が覗いている。
瞼もまつ毛もない目がそこにあり、キョロキョロと動き…明美と目が合った。

明美は理解出来ず、口を開けたまま、声も出なかった。
ゆっくりと手首を裏返し、ベッドに伏せる。いやな汗が出てきた。
夢…だ。きっと悪い夢を見てるんだ。
しかし感覚がある。手首で何かが蠢いている感覚が。気持ち悪い…!
明美は助けを求めるように、何があるわけでもない暗い部屋を見渡した。
そこで、別のものを見てしまった。

部屋の隅に誰かいる。
ベッドランプの灯だけではよく見えない。幸雄…?と思ったが、そんな訳はない。
誰なの?と言おうとしたところで、更なる異常が始まった。

4/10
壁から手が、天井から足が、床から頭が出てきた。
それも少しだけ出てきた、ということではない。
無数の真っ黒な人影が、壁や天井、床から沸いてくるのだ。
大して広くない部屋に、どんどん沸いてくる。
明美は目を見開き、唖然とする。叫び声を上げたいのに、なぜか声が出ない。
何?一体、何?理解できない。頭で、理解が、できない。

人影は増え続け、ベッドの上にも沸いてくる。明美は完全に囲まれてしまった。
しかしそれらは襲い掛かってくる訳でもなく、ただ明美の方を向いて立っている。
顔も黒く、表情は見えない。

明美の頭は混乱し、いよいよその限界を超えそうになったとき、声が聞こえてきた。
クスクスと笑う声。女の子の、笑い声だ。

ふと気付くと、人影の中、明美のすぐ目の前に小さな女の子が立っていた。
真っ白なワンピースを着ている。
ベッドランプだけの薄暗い中でも、その子の姿だけははっきりと見えた。

5/10
少女「ねぇ…どんな気分?」
少女はクスクスと笑いながら、明美に話しかけてきた。
しかし明美は何も答えることができない。
少女「そっか、もう話せなかったね」
言葉を発せないことを知っているようだ。少女はフフフと妖しく笑う。
それを見て明美は思う…なんて…綺麗な子だろう。

少女「手首、気持ち悪いでしょ」
少女は明美の手首を持ち、目の前に掲げる。
少女「ほら、これで楽になるよ?」
そう言うと、少女は果物ナイフを明美に差し出した。
確か台所にあった小さな果物ナイフだ。そうだ、これで…。
明美は虚ろな表情でそれを受け取り、左手に逆手で持ち、右手首の目に狙いを定める。

ナイフを目に近づけると、明美の頭の中に声が響いた。
「やめてやめてやめてやめて―――――」
明美は思う。いいぞ、こいつ、怖がってる。私に散々嫌な思いをさせて…許さない。

6/10
明美はナイフを強く握り締めると、手首の目に突き刺した。
その瞬間、頭の中に叫び声が響く。
目から血が噴き出し、涙のように流れていく。
その声を聞いて、明美の口元に笑みが浮かぶ。苦しめ、こいつめ…!
さらに力を込め、ナイフを一気に根元まで刺す。
血がますます噴き出すと共に、断末魔の叫び声が頭の中に響いた。
明美の顔に恍惚の笑みが浮かぶ。
やった…フフフ、やったんだ…アハハ…。

そしてそのまま…明美は意識を失った。

その様子をじっと見ていた少女は、満足気な笑みを浮かべると、その姿を消した。
それと同時に、部屋中にいた人影も消えていった。

7/10
…数日後。

明美の死体が友人によって発見される。
死因は、自ら手首を切っての失血死。

それと時を同じくして、明美の交際相手であった幸雄の死体も発見される。
なんらかの刃物で、左目を奥深くまで突き刺された刺殺体であった。

8/10
都会の雑踏。
12月のこの時期、昼間から人々は忙しそうに行ったり来たりしている。
私はビルの屋上に座り、膝の上にお友達をのせ、何を考えるでもなく下を眺めていた。

寒い季節だが、私には関係ない。いつでも、お気に入りの…ママが作ってくれた、お揃いの白いワンピースを着ていられる。
ママのことを思い出すと、いまだに悲しくなる。もうあれから…20年以上経っているのに。

誰かが来た。誰か、と言ってもすぐ分かる。
声「優理、こんなとこで何してるんだ?」
私は振り向かずに答える。
私「兄様、お具合はいかがですか?」
兄様…暁彦(あつひこ)はそんな私の言葉を笑い飛ばす。
暁彦「にいさま、か。やめろやめろ、そんな気持ち悪い喋り方。もっと自由に話そうぜ?」
私は振り向き、その姿を見る。
長髪に、黒いジャケット。ピアスに指輪…。
私は兄様のそんな格好が嫌いだ。昔は違ったのに…すっかり変わってしまった。何もかも。

9/10
暁彦「なぁ、この前あの大学の学生2人が死んだの…おまえだろ」
私「…うん」
暁彦「やっぱりなぁ…いやいや、怖いねぇ、優理は」
ニヤニヤと笑っている。そんな表情も嫌いだ。
私はラットを抱え、立ち上がる。
暁彦「ん、今度はどこに行くんだ?」
私「…パパとママのところ」
暁彦「そうか。親父とお袋も喜ぶよ、うんうん」
私「……」
おやじ、おふくろ…。昔は兄様もパパ、ママと呼んでいた。
もう、姿かたちだけでなく、言葉使いも変わってしまった。

暁彦「そうだ、優理」
兄様は立ち去ろうとする私を呼び止める。
暁彦「お前さ、なんでお袋の姓を名乗ってるんだ?源川ってさ」
私「…別に、意味なんてない」
暁彦「へぇ…。ま、いいけどさ。寺坂の名が泣くぜ?」
私「…」

10/10
私は姿を消し、その場を立ち去る。
ママの姓を名乗っているのは、意味がある。
ママの事、あの頃の事、まだママが生きていた頃のことを、忘れたくないからだ。
パパも兄様も優しく、幸せだった頃のこと。
そう、毎日が楽しく、幸せだった…ママが病気で亡くなるまでは。
あれ以来、パパが何だか怖くなり…兄様も変わり、いや変えられ、私も変えられてしまった。

あの頃住んでいた洋館に着く。
パパが亡くなってから今はすっかり廃墟だが、ここは誰にも手を出させない。
私が全部守る、と決めたから。私の大切なものを汚す人間は、誰であろうと容赦しない…。

ここにはまだパパとママがいるんだ。
ママは…ママの一部は人里離れた一軒家で”生活”していたけど、誰かのせいで存在が消えてしまった。
でもここにはまだ残っている。パパとママは一緒にここに…いるんだ。

兄様はバランスが崩れかけていて、もうダメかもしれないけど、私にはいくらでも時間がある。
私がきっと、あの頃の幸せな、暖かな時間を取り戻してみせる。
どんな手を使ってでも、きっと取り戻してみせる…。
怖いサイト.com
ベストヒットナビ
感想・雑談はコチラ
もっと探す@AB
[戻る]
- mono space -