いざない

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町外れにある古びた洋館。
普段ここを訪れる人は少ない。
と言うのも、この辺りは人通りが少ないことに加え、この建物の存在はとても"薄く"、
普通の人にそれと認識されることが滅多にないからだ。
誰かが何らかの理由でそのようにしていると思われる。

今、ここを訪れようとしている男――名前を遠野と言う――のように、
少々の霊感持ちであればここを見ることができる。
しかしそれこそが、この館に住む者の意図することであった。

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いかにも怪しい洋館…、こんなものがここにあったとは。
遠野は思う。
中々の掘り出し物かもしれない。まずはどれ程のものか、安全確認だ。
大して危険も無いようなら、ちょっとした肝試しに使えそうだし、
こういう所なら女の子の受けも良さそうだ。

と言っても、もちろん中では何が待ち受けているか分からない。
が、自分が感じるところでは…問題ない。微弱なものしか感じない。
それに、こちらにはありがちだが魔除けの代表、アメジスト入りのお守り袋もある。

時刻は夕暮れ時。
遠野は真っ赤に染まった空を何となく見上げてから、館の扉を開け、中に入っていった。

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玄関ホールで辺りを見渡してみる。
多少薄暗いが、懐中電灯が必要な程ではない。
空気は…いい。陰鬱で人気を感じない空気が流れている。上々だ。
2階に続く階段があるが、そちらは後回しにし、遠野は1階を探索することにした。

ホールから奥へと歩みを進めていくと、いくつかの装飾品が目に入る。
洋館にはぴったりな、かなり錆びているが、槍を持った中世の甲冑なんてのもあり、遠野はほくそ笑む。
壁にはいくつか絵が掛けられていたような跡がある。
おそらく掛けてあった絵は、盗まれたか、主が売り払ったか、といったところだろう。

やがて、リビングらしき大部屋に出た。
天窓から明かりが差し込んでおり、この部屋は明るい。
大きなテーブルやソファーなど、埃まみれだが、裕福な家庭を思わせる家具が置かれている。
キョロキョロと見渡しながらリビングを通り過ぎ、続いている隣の部屋に向かう。
ここはダイニングキッチンというものだろう。
素人目にも中々センスの良さが分かる家具、棚には食器が納まっている。

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…と。
遠野は不可解なことに気付く。
何で家具や食器が置かれたままになっているんだ?

ここは別荘という類のものではないだろう。建物自体もやや老朽化しているし、特に手入れもされている様子は無い。
ここの主は、家具も含め、館ごと置き去りにして新天地にでも行ったのか?
あぁ、そのうち売り払うつもりだったのかも知れない、か。
まぁいいか。金持ちの考えることは分からん。

1階には他に2,3の部屋があったが、特に何もなく、遠野は2階へと向かった。

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遠野が2階を後回しにしたのには意味があった。
玄関を入ってすぐ、2階に何かいるような気配を感じたからだ。
そして実際に上がってみて確信する。廊下の突き当たり、重そうな扉のあの部屋に何か居る。

元からここに居るものか、または外から来てここに棲みついたものか…?
いずれにせよ、あの部屋でここのメインイベントが待っているのだろう。
遠野は他の部屋には見向きもせず、真っ直ぐ奥の部屋に向かった。

扉の前で、ポケットからお守りを取り出す。またこれに頼るか。
今まで何ヶ所か心霊スポットに行ったことがあり、ここ以上に強い霊気を感じるところもあったが、このお守りがあれば平気だった。

握り締めると不安や恐怖が拭われる…よし、この程度なら問題ない。
遠野は扉を開け、部屋の中に入った。

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部屋の中は思ったよりも暗かった。壁の上に小さい窓が付いているだけだからだろう。変わった造りの部屋だ。
徐々に目が慣れてきた遠野は、扉は開けたままにし、部屋の中へと進んだ。
少し、何か…重い空気が流れているのを感じる。
遠野はお守りを握り締めた。大丈夫、大丈夫だ。

部屋の中を見渡してみると、いくつかの家具が目に入る。
本棚、クローゼット、書斎デスク、と…
そこに場違いなものを見つけ、遠野はハッと息を呑む。
この細長い台、これは…解剖台?
書斎デスクの後ろに、小さな解剖台があった。

何か、グロテスクなイメージ…嫌な感じ…すごく、嫌な感じだ。
デスクの後ろには近づかないようにして、暗がりの中、他を見渡す。
と、壁に絵が掛かっているのを見つける。

絵は、若い女性の肖像画だった。とても綺麗な女性だ。
絵の下には[1971.3.23 容子]と書いてある。
遠野はしばし絵を見つめていた。

声「お袋の絵だよ、綺麗だろ?」
突然、後ろから声がした。

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遠野は飛び上がらんばかりに驚き、慌てて振り向く。
そこには長髪の男が立っていた。いつの間に…?
男「ようこそ、我が家へ」
男はニヤニヤ笑っている。
遠野は少し後退りをする。
なんだ、こいつは…?普通の人間のように見えるが…何か異常を感じる。
男「ここは親父の"仕事場"でね。それはそれは熱心に"働いて"いたよ」
変にアクセントを付け、フフン、と鼻で笑いながら男が喋っている。

遠野はようやく口を開く。
遠野「え…っと。ここは、君の家…か?」
男「あぁ。あんたは大事なお客さまって訳だ」
男はそう言うと、こちらに近付いてくる。
遠野「ま…まて!止まれ!」
男は、何だ?という顔をして立ち止まる。

遠野「俺には、分かるぞ…。お前、何者だ?」
男はまたニヤニヤした笑いを浮かべる。
男「さぁ、何者だろうな。どう見える?」

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どう、と言っても、遠野にはただの長髪の男にしか見えない。
しかし何か…危険な相手であることは確かだ。
遠野はお守りを前にかざす。
遠野「…俺に、近寄るな!」
男「どう見える?俺の姿は、どう見える…?」
男は構わずに近寄ってくる。何故だ?これが…効かないのか?
遠野「来るな…来るな!」
今まではこれで近寄ってくるものは居なかったのに…

男は何事もないように、遠野の目の前まで来る。
男「何を持っているのかな?」
そういうと、男は遠野の差し出している腕を掴み、捩じ上げる。
遠野「あっ…ぐぁっ…」
遠野はそのあまりに強い力に、お守りを落としてしまう。
男「大事なものが落ちたぞ?」
男はそのまま遠野を床に投げ伏せ、落ちたお守りを拾い上げる。

男「弱いなぁ…こんなオモチャ、ここじゃ意味ないぜ?」
男はお守りの袋からアメジストを取り出し、手の平で転がしている。
やがて男が手を強く握り締め、広げると…粉々に砕けたアメジストがサラサラと手からこぼれていった。
遠野は倒れたまま、信じられない目でそれを見ていた。

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男「さぁ、どうする?あと何かあるか?」
男は屈みこんで遠野に聞く。
しかし遠野にはもう何もない。後は…助けを乞うだけだ。
遠野「頼む、もうここには来ないから…」
男は遠野が言い終わる前にその首を掴み、宙吊りにする。
遠野「あ、ぐぅ…、や…ぁ…やめ…」
男「苦しいか?いいぞ!命乞いをしろ!」
命乞い…?するさ!嫌だ、死にたくない!

遠野は必死で懇願する。
助けてくれ!まだ死にたくない!やりたいことが沢山あるんだ!
苦しくて上手く声が出せないが、必死で願う。
生きたい!死にたくない!嫌だ、嫌だ嫌だ!
首を絞められ、遠野の意識は徐々に薄れていく…が、助けを乞い続ける。
嫌だ、死ぬのは嫌だ…助けて…
死にたくない、死にたく、ない…
死にたく…

擦れていく遠野の目には見えていなかったが、男は冷ややかな目でそれを見ていた。
そしてそれ以上に冷たい視線が…いつからか部屋の入口に立っていた少女からも向けられていた。

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「どうだ?優理」
泡を吹いて意識を失った男を放り捨て、俺は妹に聞いた。
小さな水晶のような石を持った優理は、しばらくそれを見つめて…答えた。
優理「うん。大丈夫…」
俺「そうか…よしよし」
ニヤリと笑い、俺は床に倒れた男の様子を見る。よし…まだ、生きているな。

優理「それ、どうするの?」
男「あぁ、ちょっと思い付いたことがあってな」
優理「…そう。部屋、あまり汚さないでね」
優理はそう言うと、大事そうに石を抱えて自分の部屋に戻っていった。

汚さないで、か…。

……

…忌々しい

あぁ!忌々しい!
まったくあいつの態度には毎度毎度腹が立つ。
妹の癖に俺に命令するとは!汚さないで?こんな汚い部屋を、か?これ以上どう汚せって?

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優理は"完璧"な存在なんだろう。俺と違って、だ。
だから上からものを言ってくる。自分が俺より偉いと思っているのだろう。

徐々に崩れていくこの感じ、この苦しみなんて、あいつには分からないだろう。
いつまでもあの姿のままで居られるあいつには…!

親父が俺を実験台にしたのは知っている。
それも頭にくることだが、それ故に、少なくとも今の優理が在るのは、俺のお陰な訳だ。
なのに何故…俺だけがこんな苦しい思いをしなければならない?
考えれば考えるほど、腹立たしいことばかりだ。

…が、しかし。
今あいつがやっていることには大いに協力する。
この家をある種の人間にのみ見えるようにして、その人間だけを集める。
そして死の恐怖を与える。
その時の思念?感情?よく分からないが、命への執着心、生きたいと強く思うその願望をあの石に集めている…らしい。
言葉や、その思考に力を持っている人間の、そういった思念が必要だという。
親父とお袋を生き返らせ、そして俺を治すためには。

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そのためにここでこうしている訳だが、俺はもっと効率のいい方法を思いついた。
もっとここに人を呼び込む。そのために、餌を撒くんだ。
こいつを使えばいい。

こいつの、ここで俺と会った記憶を削り取り、外に放り出す。
そうすればきっとこいつは、勝手に噂を流してくれるだろう。
町外れに怪しげな洋館がある。心霊スポットってやつだ。
大丈夫、自分は無事に戻ってきた。そう言ってくれるだろう。
まぁ、無理に削ったこいつはそのうち死んでしまうだろうが、関係ない。

噂を聞いた霊感を持たない人間がこの近辺に来たとしても、ここを見つけられずに帰るだけだろう。
しかし、もし霊感持ちが一人でも居れば、ここを見つけ、入って来てくれる。
それが目的だ。

優理と違って、俺には時間がない。
このまま崩れ去るのは嫌だ。
きっと俺は、誰にも負けない完璧な存在になってみせる。
そのためにも、もっと、もっとここに人を呼び寄せるんだ…。
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