邂逅(後)

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幻でも見ているのか、姉がゆっくりとこちらに近付いてくる。
部屋の中に居る者は、誰一人何も言わず、動かず、姉だけが歩いてくる。
そして俺達のすぐ傍まで来たとき、少女が静寂を破った。

優理「兄様、離れて!」
暁彦「お前、一体…」
男は姉に何か言おうとしたが、それと同時に苦悶の表情を浮かべる。
そして姉から逃げるように壁際まで後ずさって行き、倒れ、苦しみ出した。

優理「兄様!」
少女が叫ぶと同時に、神尾さんが床に崩れ落ちる。呪縛?が解けたようだ。
姉は俺の方を向いて、言ってくる。
舞「光一、3人を連れて、ここを出なさい」
俺「え…あ…?」
突然のことで何が何だか分からない。なぜ姉がここに?男はなぜ苦しんでいる?

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意図を解しない俺に背を向け、姉は少女と向かい合った。
後ろの古乃羽が話しかけてくる。
古乃羽「雨月君の、お姉さんなの…?」
俺「ん、あぁ…そう。姉貴…」
古乃羽「…すごい」
古乃羽は姉を見つめている。

古乃羽の羨望の眼差しを受けている姉は、少女としばらく見つめ合っていた。
部屋の隅では男が声にならない声を出して苦しんでいる。
少女はそちらが気になるようだが、姉から目を離せないでいるようだ。

やがて姉が口を開く。
舞「あなたが、優理ちゃん?その男がお兄さんの暁彦さん、ね?」
優理「…知っているの?」
舞「えぇ、以前にちょっと…寺坂の家のこと、調べたことがあるから」
優理「調べた…」
少女はしばし考えてから言う。
優理「じゃあ、ママを…」
ピリッとした空気が部屋に流れる。
優理「あなたの持っている、その嫌なモノ…。ママを消したのは…」
舞「…あれは優理ちゃんのママなんかじゃなかったわ。分かっているでしょう?」

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優理「…!でも…!」
舞「あれはただの悪い霊よ。少なくとも、誰かの母親なんかじゃなかったわ」
優理「でも、まだここに居るママが、そう…言って…」
舞「ここにはママは居ないわ。パパも居ない」
優理「居ない……」
舞「そう、居ないわ」

少女が急に落ち込んだ、悲しそうな顔になる。
優理「ママに…会いたい…」
ヌイグルミをギュッと抱きしめ、少女は今にも泣き出しそうな顔をしている。
…何か、空気が痛い。何だろう?

舞「優理ちゃんの、幻想よ。そんなものに囚われちゃダメ」
優理「うっ…うぅ…ぅ…」
少女はいよいよ泣き出してしまった。
何の話がよく分からないが、まだ幼い少女に対してちょっと厳しい気もする…
なんて、殺されそうになった身ながら思ってしまう。

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泣き出してしまった少女に姉が近付こうとしたとき、神尾さんが意識を取り戻した。
神尾「…ん。あ…優理ちゃん…」
神尾さんは泣いている少女に気が付くと、その小さな体を抱きしめてあげる。
神尾「優理ちゃん、どうしたの…?泣かないで…」
優理「ぅぅうぅ…お姉、ちゃん…」
少女は神尾さんに抱きつき、泣いている。
仲のよい姉妹のようだ…なにやらしんみりとしてしまう。

姉は自分の入る隙がないと悟ったようで、こちらに向き直って来た。
舞「みんな、大丈夫?えっと…」
古乃羽「鮎川古乃羽、です」
すぐに古乃羽が名乗る。痛そうに腕を押さえながら起き上がった北上も、同じく名乗った。神尾さんの名前も教えてあげる。
舞「鮎川さん、北上くんに、神尾さん、ね。光一がいつもお世話になっています」
まるで母親のようにペコリと頭を下げる。ちょっと…恥ずかしい。

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古乃羽がしげしげと姉を見つめていると、姉が言う。
舞「鮎川さん、とても良い目をしているけど…あまり私は見ない方がいいかも」
古乃羽「あ…ごめんなさい」
古乃羽が謝る。
舞「別に見られるのが嫌じゃなくて、ね。あんまり見ていると…多分怖いものも見えてしまうかも、だから」
古乃羽が、何のことだろう?と首を傾げる。

またピリッとする。…なんだろう。嫌な空気…。
ハッと思い、俺は男が倒れていた方を見る。
男は何とか起き上がろうとしていた。しかし何かおかしい。

俺は目を凝らす。そして気付く。
男の体が、崩れ始めていた。

人の体が崩れる、というのを初めて見た。
男は上半身を起こしたが、腕が…右腕がボトリと肩から落ちる。
顔は必死の形相をしていた。しかしその顔も、半分崩れかけている。
崩れた部分は原型を留めることなく、砂のようになり、消えていく。

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暁彦「ぐぅ…ぅぁあぅ…ゆぅう…りぃぃ…」
男はうめきながら立ち上がる…が、左足の膝から下が崩れ去り、バランスを失いまた倒れる。
姉も古乃羽もその様子に気付き、目を向ける。
しかし古乃羽はすぐに目を伏せる。確かに見ていて気持ちのいいものじゃない…。

姉が古乃羽を気遣い、声を掛ける。俺も古乃羽が気になり…
と、その瞬間。
視界の隅から男が消える。
片足だけで、信じられないほどの跳躍をしたのだ。
俺が振り向くと、男は残っている腕で槍を掴んだところだった。
そしてまた跳躍し、こちらではなく、まだ泣いている少女に襲い掛かった。
男「石…い…し、よこ…せぇぇぇ!!」

全てがスローモーションのように動く。
男は槍を少女に向け、突き出す。
しかし神尾さんがそれを庇い…

その槍は、神尾さんの体を貫いた。

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男は舌打ちをすると、神尾さんの体から槍から引き抜く。
神尾「く…ぁ…」
傷口から血が噴き出し、彼女は力無く崩れ落ちる。

男は崩れた顔でニヤリと笑うと、再び槍を構え、少女に矛先を向けた。
少女は泣き腫らした目で、倒れた神尾さんを呆然と見ている。
古乃羽と北上が叫びながら、駆け出す。
古乃羽「みかぁぁぁぁーーーーー!」
北上「神尾さん!」

その声で少女が我に返る。
目の前には槍を構えた男。
それは一瞬だった。
少女の目が赤く、燃えるように赤く輝くと、男の体が炎に包まれる。
男はうずくまり、燃えながら崩れていく。
暁彦「ゆぅ…り…ち…ちく…しょ・・ぅ…!!」

そしてその姿が一瞬、小さな少年の姿に変わったかと思うと、跡形も無く燃え尽き、消えてしまった。

まるで悪夢を見る思いでその光景を見ていたが、俺も神尾さんのところへ向かう。
そこでは古乃羽が神尾さんの手を握り、泣きながら名前を呼びかけていた。
北上は傷口を押さえ、血を止めようとしているが、一向に止まる気配はない。
神尾さんの意識は…ショックと失血で、もはや無いようだ。

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古乃羽が泣きじゃくっている。
彼女の目には、見えすぎるその目には、死にゆく親友はどのように映るのか。
俺には…何もできない。また、何もできない…。

気付くと、少女が傍に来ていた。
神尾さんの横に座り、ヌイグルミを大事そうに横に置く。
北上が少女に何か言いかけたが、これもいつの間にか横に来ていた姉が、それを制した。

少女は姉に問いかけた。
優理「これは、許されること…?」
姉は…何も言わず、ただ悲しそうな顔で、頷いた。

少女は持っていた石を前に掲げる…と、手品のようにそれが消える。
そして神尾さんの手を取り、両手でそれを握り締めた。
優理「まだ、消えていないなら…。まだ、そこにいるなら…」
少女の姿が、ゆらりと蜃気楼のように歪んだ。
優理「…あげる…」

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そのとき何が起こったのか、俺には正確なことは分からなかった。
きっと全て分かっているのは…姉だけなのだろう。

神尾さんが目を覚ます。
血は止まっており、傷口を痛がる様子も無い。
血で汚れてよく見えないが、塞がっているのか?…きっとそうだろう。
古乃羽と北上が喜びの声をあげる。俺も嬉しかった…だが、愁いもあった。
姉も俺と同じようだ。
そして神尾さんもそれに気が付く。

傍らの少女の体が、崩れ始めていた。

ガクン、とその体が傾く。
座っているので分からないが、足が崩れ去ったようだ。
やがて左肩がずれ落ち、腕が床に落ちるが、それも崩れ、消えていく。
顔は…美しかった目は、虚ろに輝いていた。やがてそこも崩れる…前に、
神尾さんが上体を起こし、少女の頭を抱きしめた。
崩れる顔は誰にも見せずに済んだ。

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優理「お、ねえ・・ちゃん…」
神尾「優理ちゃん…!」
優理「よかっ…た…」
今にも消えそうな、か細い声で少女は話す。
優理「ラッ…ト、おね・・が…い…」
神尾「うん…うん…」

もはや少女の体はその大半が崩れ落ち、消えていた。
神尾さんが抱きしめている部分も、徐々に消えていっている。
優理「あり…が・・う…、おね…ちゃ……」
神尾「うん…優理ちゃんも…ありがとう」
神尾さんが泣きながら答える。

優理「……ママ…」
最後にそう言うと、少女は完全に消えてしまった。

跡には真っ白なワンピースと、ペンギンの小さなキーホルダーが残っていた。
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