武器と凶器

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すっかり遅くなってしまった。
今日は見たいテレビがあるのに…予定外の残業。
こんな日に限って、面倒な問い合わせが来るんだよな…
ぶつぶつ言いながら、俺は夜道を急いだ。

家の近く、人通りのない路地。
やや小走りで歩いていると、前方から誰か駆けてくる。
スーツ姿の若い女性だった。
その女性は何かから逃げるように後ろを気にしながらこちらに走ってきたが、目の前で転んでしまう。
無理もない。足元を見てみると、走り難そうなハイヒールを履いている。

立ち上がろうとして、痛そうに足を押さえている。挫いたかな?
俺はテレビを諦めて、女性に声を掛けた。
俺「あの…大丈夫ですか?」

女性が顔を上げる。ごく普通の、スーツが良く似合っている女性だ。
しかしその表情には焦りが見える。

2/12
女「あ…あの、はい…」
息も切れ切れに言いながら、背後を気にしている。何かに追われている、といった感じだ。
俺は取りあえず倒れている彼女に手を伸ばす。
俺「起きられますか?手を…」
女性は、すいません、と言って手を握る…が、
なぜか俺の手に握られたのは一本のナイフだった。

俺「…?」
女性が俺に渡してきたようだ。…意味が分からない。
ふと気付くと、女性が立ち上がっている。
俺「あの、これ…?」
何なのか聞いてみるが、女性はまた背後を気にする素振りを見せる。
俺も釣られて道の先に視線を送る。

その瞬間、首に激しい痛みと、熱く流れるものを感じた。
目の前が真っ赤に染まり、フッと意識が遠のく。
そして、世界が暗転した。

3/12
土曜の朝。
私には珍しく、目覚ましより先に目が覚めた。
勝った、と思いながら目覚ましのスイッチを切っておく。時刻は9時少し前。

今日は久しぶりに古乃羽とデートだ。
雨月君とどうなっているのか、根掘り葉掘り聞いてやろう。
まぁ、古乃羽の性格からして、あまり詳しくは教えてくれないだろうけど。

出掛ける準備をしながらニュースを見ていると、昨夜、また通り魔事件が起きたと言っている。
「被害者は会社帰りの男性で、現場にはナイフが残されており…」
アナウンサーが淡々と喋っている。まったく物騒な世の中だ。
夜道の一人歩きは厳禁ね、と自分に言い聞かせ、家を出る…前に、彼に挨拶をする。
私「行ってくるね。お留守番よろしくー」

彼、熊のヌイグルミのラット君は、何も言わずに私を見送ってくれた。
私の大切な友達、だ。

4/12
待ち合わせ場所に着いたのは、ピッタリの時間。古乃羽はさすが、先に来ていた。
2人でランチを済まし、買い物に繰り出す。
食事をしながら色々と質問攻めをしてみたが…やはり難攻不落。

ほとんど情報は引き出せず、逆に、美加はどうなの?と聞き返される始末で、
北上君、美加に気がありそうじゃない?とまで具体的に攻めてくる。
確かにそんな気もするが、今は誰かと付き合おう、なんて少しも思わない。

いくつかのショップをまわり、なんとなくお茶がしたくなってきた頃、とある交差点で古乃羽が突然足を止める。
古乃羽「あ…」
私「何?」
古乃羽「あの人…」
前方の、信号待ちをしている人たちを指差す古乃羽。
私「知っている人でもいる?」
古乃羽「ほら、あの人って…」
私は指差す先を見る。どうやら日傘の女の人を指しているようだ。
あ…、確かあれって…
古乃羽「雨月君のお姉さん、よね?」

確か、そうだ。でも私は、実はまだちゃんとした面識がない。
あの時は…そんな余裕もなかったから。

5/12
信号が変わり、彼女が歩き出そうとしたとき、古乃羽が声を掛ける。
古乃羽「あの…」
声に気付き、立ち止まりこちらを向く。
そしてすぐに誰だか分かったようで、にっこり微笑んで挨拶してくれた。
舞「こんにちは、鮎川さん、神尾さん」

古乃羽「こんにちは、お姉さん」
私「こんにちは、えーっと、神尾です」
ちょっと緊張してしまった。だって、この人…すごく綺麗なんだもの。
道行く人が何人かチラチラ見ている。7月の陽気の中、真っ白な日傘がなんとも似合っている。

舞「こんにちは、光一の姉の舞です。舞、って名前で呼んで欲しいな」
私「あ、じゃあ私も、美加で」
古乃羽「私も古乃羽がいいな」
お互いに名前で呼び合うことで合意した。なんだかそれだけで、仲良くなれた気がする。

私「舞さんは、どこに?」
舞「ちょっと用事を済ませて、家に帰るところよ」
古乃羽「じゃあ、ちょっとお茶しません?」
おっ?と思う。古乃羽がちょっと積極的だ。女性相手でも中々こういうことはない。
そういえば、ファンになっちゃったとか言ってたっけな。
喜んで、と言うので、3人で喫茶店に向かった。

6/12
近くにあったお店に入り、3人で談笑する。
舞さんは私たちより2つ年上。大して差がある訳でもないので、話題には事欠かない。
そんな中、私は軽い気持ちで聞いてみた。
私「舞さん、用事って何だったんですか?」
舞「ん…」
すると、少し何かを考えるような表情に変わる。
何かいけないことを聞いたかな?
あ、まさか男性関係?
いやそれは無いか。ううん、あって欲しくない。そんなイメージだ。

舞「ちょっとね、あるものを取りに行っていたの」
よかった。違った。
古乃羽「あるもの、って…?」
古乃羽が聞く。
すると舞さんは持っていたバッグからそれを取り出し、見せてくれた。
舞「これよ」

それは、彼女にはまったく似つかわしくないもの。
ハンカチに包まれた、一本のナイフだった。

7/12
私「…ナイフ」
私は余りに意外なものに驚いていた。
古乃羽も同じ様子でしばらくナイフを見ていたが、うっ…、と言ってそれから視線をそらした。
舞「あ、ごめんね、古乃羽ちゃん」
舞さんはすぐに、それをバッグに仕舞う。

私「それ…買ったんですか?」
舞「ううん。取ってきたの」
取ってきた。まさか盗んできた…?なんて訳ないか。
舞「説明すると、ちょっと変わった話なのだけど…」
古乃羽「聞きたいです」
私も興味があり、賛成すると、舞さんは話を聞かせてくれた。

舞「最近、××区とかあの辺で通り魔事件がたくさん起きているのは、知っている?」
あ、それなら…
私「知っています。昨夜も事件があったとか。確か…」
この前、私の家で古乃羽たちに話したことと、今朝のニュースのことを話す。
舞「そう、良かった。話がしやすいわ」

8/12
私「指紋が、何かおかしいことになっている事件ですよね」
舞「そうね。でも実はあの指紋はね、犯人が被害者にナイフを持たせて、わざわざ残していたものだったの」
私「え…そんな単純な…?」
あれ、何かガッカリ…。私としては、恨みの篭ったナイフが次々と、みたいなことを考えていた。

古乃羽「なんでそれを、舞さんが…?事件って、解決したのですか?」
舞「公には、まだしていないわ」
古乃羽「じゃあ何で…?」
舞「犯人に聞いたから、よ」
私「ふぇ…?」
思わず変な声が出た。
古乃羽も不思議そうにキョトンとしている。

私「犯人、って…どうやって見つけたんですか?何か推理したとか…」
舞「特に何も。ただ、このナイフを探していて、その持ち主が犯人だった、ってだけのことよ」
私「ナイフを…。何か特別なナイフなんですか?」

9/12
舞さんはまた少し考えてから、こう言った。
舞「2人とも、普通一般に、ナイフを見たとき、どう思う?」
私「見たとき…」
あるところにナイフがありました。さて…?
私「包丁とかと違ってあまり接することがないけど、ちょっと危険なもの、と思うかな」
古乃羽「私も。何か怪我しそうで危ない、って思うな」

舞「そうね。心のどこかで、危険な凶器だ、って思う人が大半だと思うわ。でもね、世の中には欠片もそう思わない人も居れば、そう思わせないモノもあるの」
そう思わない人、っていうのは何となく分かる。
単純に、それは武器だ、持っていると強くなった気分になる、とだけ考え、それで自分も含め、誰かが傷付くことを考えない人だ。
でも思わせないモノとは…?

私「思わせないものって…もしかして、さっきのナイフのことですか?」
舞「ええ。ちょっと危険な思考を持った人からすると、このナイフはそう思えるみたいね」
古乃羽「何か気持ち悪かった…あれ」
私はさっぱりだったが、古乃羽は何か感じたようだ。昔からそうだけど、古乃羽は感受性が強い子だ。

舞「ナイフが話し掛けてくるのだって。自分を持っていると強くなれる、といったようなことを。それで、魅入られてしまうの」
私「うわぁ…」
何か嫌な話だ。

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私「それで犯人はそうなっちゃったとして…何で指紋が?」
古乃羽「ただの悪質な悪戯、とか?」
舞「それは…」
舞さんは小首を傾げて少し考える。なんか可愛い仕草だな。
舞「それを聞いた人が、どう思うか。そのため、かな?」
私「どう思うか…」
奇妙な、不気味な話。そう思った。他にはどんな風に思うものだろう?

舞「分かるかしら?それをね、”楽しい話”って思う人もいるのよ」
私「あ…」
ドキッとした。確かに…最初話を聞いたとき、少しの好奇心をそそられたのは確かだ。
古乃羽「私…不謹慎だけど、ちょっと興味を感じたちゃったな…」
私「私も。人が死んでいるのにね…」

舞「そう思わせるのが目的だったと思うわ。人の暗い部分をくすぐるようなことが、ね。人が死んで、楽しいでしょ?って」
私&古乃羽「……」
私たちは完全に犯人の術中に嵌っていたわけだ。ちょっと自己嫌悪…。
舞「2人共、そんなに落ち込まないで。特異な事象に対してそう思うのは、普通のことよ」

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もし指紋のことが公表されていたら、世間はどう思っただろう?
やはり、誰もが興味を持つのじゃないだろうか。そして、もっと最低な事を考える人が出てくるかもしれない。
それは、次はどうなる?ってこと。
何人かは、次の犠牲者を望むような事になってしまうのではないだろうか。
どこか知らない場所で誰かが災難にあっても、それは興味の対象にしかならない。
そんなの、嫌だな…。

古乃羽「ハァ…反省。気を付けなくちゃ」
舞「犯人の悪意からくるものよ。それを不快に思えるなら、大丈夫よ」
舞さんは優しい口調で慰めてくれる。
古乃羽が心酔するのも無理はないかもしれない。この人といると、気持ちが和らぐ。

ちょっと沈んでしまったので話題を変えて、その後も色々と話をしていたが、
舞さんがそろそろ帰らないと、と言うのでお店を出た。ちょっと揉めたけど、精算は割り勘。
彼女は、それじゃ、またね。と手を振り、古乃羽には、光一のことよろしくね、と言って、帰っていった。

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日傘の後ろ姿を、2人並んでぼんやり見つめる。
途中、一度振り返って、微笑んで手を振ってくれた。
私「素敵な人ねぇ…」
古乃羽「ほんと…いいなぁ。あんなお姉さん、欲しかったなぁ」
義理の姉にならなってくれるんじゃないの?とからかうと、古乃羽は真っ赤になる。
ふふふ、可愛いやつ。

そして、ふと気付く。
私「あ…しまった、肝心のこと聞いてない」
古乃羽「何?」
私「ほら、あの事件の犯人がどうなったか、って。実際に会って色々聞いて、あの凶器も取ってきたのでしょ」
古乃羽「あ、そうか。うーん…そのうち、逮捕されるか、自首でもするんじゃないかな?」
私「ニュース見てれば分かる、か」
そう言って切り上げ、私たちは再び買い物に繰り出した。


その後、通り魔事件はぴたりと止んだ。
しかしその事件が解決した、という報道を聞くことはなかった。

一連の事件の犯人がどうなったかは、誰も…舞さん以外、知らない。
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