死神

1/10
時刻は23時過ぎ。
K県の埠頭近くにある並木の一本道で、端に車を寄せる。
この辺りは人通りがまったくと言っていいほど無く、街灯もまばらで、車のライトを消すと月明かりのみとなる。
ここはとても静かで、ちょっと一眠りするには最高の場所だと思っている。
道には自分の他にも何台かの路駐している車があり、俺みたいに男一人、って訳じゃなく、カップルで…なんてのもいる。

雑誌の取材であちこちに車で出掛ける事が多く、その先々でベストな駐車場所を探し、毎回そこで"泊まる" 。
当然いかがわしい目的の車なんかも居ることがあり、写真を撮るとちょっとした小遣い稼ぎになる。
しかし今日のところは見逃してやろう。
しっかり睡眠をとって、取材して原稿書いて、また長距離運転しなければならない。

経費削減とかなんとか言って、出版社はスズメの涙程度のホテル代しかくれない。
カプセルホテルになんか泊まるなら、こうやって車中で寝るほうが俺は好きだ。
季節によるけどな。

2/10
シートを倒し、エンジンを切る。
常備している毛布をかけ、ウトウトとまどろんできた時だった。

リーン、リーンと鈴の音が聞こえる。
1つではなく、複数の音。この道の先の方から聞こえてくるようだ。
どこかで聞いたことがあるような…なんだったかな。
俺はシートから身を起こし、道の先の暗闇に目を凝らす。
そこで見えたものに、俺は目を疑った。

白衣に金剛杖、菅笠に半袈裟。
お遍路だ。手には持鈴(じれい)を持っている。あの音だったか。
なんでこんな所を?近くに巡礼するような場所は、当然無い。
しかも…人数が多い。ぞろぞろと集団で歩いてくる。
俺は隠れるようにシートに体を沈め、こちらに向かってくる集団を窓から眺めた。
見てはいけないもの…そんな気がするが、目が離せない。
そして何故か、見ていることに気付かれるのが、とても怖い。

3/10
やがて集団は、車の横に差し掛かる。
俺は知らない間に震えており、喉が渇いてきた。

彼らは車のすぐ横を通って行くが、誰もが笠を深くかぶっており、顔は見えない。
数えてみると30人程居るが、足音1つせず、鈴の音だけが鳴り響いている。
誰が鳴らしているのかは分からない。
誰が、というより、その集団が鳴らしている、といったところか。

最後の一人が通り過ぎる。
…撮りたい。あれを写真に収めたい。記者として逃したくない。
しかし見つかったらどうなる?相手が霊的なものならもちろん、ただの人間だとしても、危険な気がする。

でも…
俺は取材用ではなく、趣味用のカメラを手に取る。
見つからない様に、こっそり撮ることなら慣れている。
得意の盗撮だ。俺はニヤリと笑みを浮かべる。
本当は正面からが良いが、仕方ない。後ろから撮影しよう。

俺はゆっくりと車のドアを開け、カメラを持って車外に出る。
鈴の音と共に、集団はだんだんと遠退いていく。急がねば。

4/10
俺は道に片膝を着き、レンズ越しに集団を見つめる。
このカメラは市販の物とは違い、シャッター音はほとんどしない。
気付かれることは無い筈だ。
さて、何が写るか?俺がこの目で見たもの、そのまま写ってくれよ?
そう念じ、俺は静かにシャッターを切った。

――シャッ

その瞬間、鈴の音が止んだ。
集団の歩みも止まっている。
…まさか

そして奴らが一斉にこちらに向き直った。
暗闇の中、その目だけが異様に光って見える。
見つかった…!

俺は脱兎の如き素早さで車に乗り込み、すぐにエンジンをかけ、車を急発進させる。
後ろは見ない。バックミラーなんて、絶対に見ない。

5/10
俺はアクセルを踏み続け、がむしゃらに車を走らせる。
とにかく遠くへ、遠くへ。
この辺りは信号機が少ない。まぁ、あっても止まる気はない。

知らない道を走り続け、カーブを曲がる。
すると突然前方に人影が…!
思わず顔を伏せ、急ブレーキを掛ける。
タイヤが悲鳴を上げ、無意識の内にしていたシートベルトが、体に食い込む。
無理だ。人影はすぐ目の前に居た。この距離からブレーキを掛けても…
俺は来るであろう衝撃に耐える準備をする。
…が、衝撃は来ないまま車が止まる。

俺は恐る恐る顔を上げ、フロントガラス越しに前方を見るが、そこには何も居ない。
気付かないうちに撥ね飛ばしてしまったのかも知れない。
俺は深呼吸してからドアを開け、外に出て周囲を見渡してみる。
車の前後左右、車体の下も確かめてみるが、誰も居ない。
車にも凹んだ後などもない。ブレーキを踏んだ辺りまで戻ってみるが、人影はない。
気のせいだった?
そうだ、動揺していたから幻でも見てしまったのだ。

俺は安堵し、車に戻ろうと振り向くと、そこに一人の女性が立っていた。

6/10
俺「あ…」
可愛らしい顔立ちの、若い女だ。いつの間に後ろに?
先ほどの人影はこの女だろうか。そんな気がする。上手く避けてくれたのか?
俺「えっと、今、車で…」
女「えぇ、そうね。死んじゃうかと思った」
と言い、女は可笑しそうに笑う。

あぁ、やはり。危なかったが、なんとか無事だったんだ。
しかし続けて、女はおかしなことを言った。
女「でも平気。だって、生きている人間しか死ねないでしょ?」
俺「…は?」

なんだろう。ちょっとアレな人なのか?
俺は訝しげに女を見つめる。
すると女は俺に歩み寄り、こちらの両肩に手を置いてきた。
そしてニッコリ笑って、こう言った。
女「あなたね、もう死ぬの。私は死ぬところが見たくて、あなたにここで止まってもらったの。逃げても無駄だから、ね?」

7/10
…?やはり頭がおかしい。
男「一体、何を言って」
いるんだ?、と言いかけて気付く。

いつの間にか、囲まれていた。
白衣のあの集団だ。

俺たち二人を中心にして、ぐるりと囲まれている。
突然現れたようで、まるで気付かなかった。
女「たくさん抵抗して、楽しませてね?」
女は笑顔でそう言うと、俺から離れ、集団の輪の中から出て行く。

俺は呆然と立ち尽くす。
白衣の集団は、明らかに俺に殺意を放っている。
そして、徐々に俺を囲む輪が小さくなってくる。

これから死ぬ?俺が?何故?
ただ、見ただけだ。写真を撮っただけじゃないか。
俺は集団に弁解する。
待ってくれ、俺が何をした?写真なら、すまない。消去する。
この事は忘れる。誰にも言わない。だから…

8/10
…ダメだ。言いながら自分で分かる。
こいつらには、こちらの意思なんて伝わらないんだ。
あちらの意思は痛いほど分かるのに…俺の言うことなんて伝わらないんだ。

逃げ道がない。
車はこの輪の外だ。あそこまで辿り着ける気がしない。
辿り着いて、また車でここから逃げたとしても、きっと意味はないんだ。

徐々に輪は小さくなる。
俺はこれからどうなる?どうやって…殺されるんだ?
蜘蛛の巣か蟻地獄か。それに掛かった獲物はきっとこんな心境だろう。
白衣が目前まで迫ってくる。
抵抗しろって?抵抗なんて…こいつらに抵抗なんて、何ができるんだ?
何故だか笑いが込み上げてきた。
もう、何が何だか分からない。
俺は笑い声をあげた。可笑しくてたまらない。

やがて輪は極限まで小さくなり、全てを飲み込んだ。
笑い声は叫び声へと変わり…すぐに途絶えた。

9/10
ハァ…と、軽いため息。
まったく、つまらないな。
私が見たいのは必死で抵抗する姿だったのに。

白衣の集団は目的を済ませると、こちらをまったく相手にせず、どこかへと去っていった。
わざわざ身を挺して男を足止めしてあげたのに、感謝の1つでもして欲しい。
後に残ったのはつまらない死骸だけ。恐怖に引きつったいい顔しているけど、ただ、それだけだ。

真っ暗な空を見上げる。この辺りは星がよく見える。これは純粋に綺麗だと思える。
いつからか、こんな風になってしまった。
よく分からないが、きっと私は生きている存在では無いのだろう。
オバケ…って言い方はなんか嫌だ。幽霊。幽霊なんだろうな、と思う。
でも何か、自分の思い描いていた幽霊とは違う。

誰も気付いてくれる人がいない。
巷で有名な「霊能力者」なんて人のところに行っても、ちっとも気付いてくれない。
気付いてくれるのは唯一、死相の浮かんでいる人。これから死にますよ、って人だけだ。
普段誰にも相手にされないことが、こんなに退屈で、苦痛なことだとは思わなかった。
孤独ってやつ。これにずっと囚われていると…だんだん心が歪んでいくようだ。

10/10
退屈を紛らわすために、気付いてくれた人に楽しみを求める。
やがて確実に死が訪れるから、内容は限られてしまうけど。

私のしている事。この立場。性質。まるで死神だ。
骸骨のお面と黒い服を着て、鎌でも持った方が良さそうだ。
そうすれば、私を見た人はすぐに分かってくれるだろう。
でもそれも何か虚しいし…そんな格好は恥ずかしい。
そんなに見られる訳でもないけど。

話をしたい。触れあいたい。この欲求は、抑えられそうにない。
死神が自ら人の命を奪う時があるとしたら、きっとそんな理由だろう。
でも私はそうはなりたくない。それは、良くない事だ。

それくらいの分別はある。

今のところは、まだ…。
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