憎悪の心

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昼下がりの公園。
私は何をする訳でもなく、なんとなくここにやってきた。
公園では子供連れの奥様方が立ち話をしており、子供は子供同士で仲良く遊んでいる。
なんとも微笑ましい光景だ。

私はベンチに座ってそんな光景を眺めていた。
姿を認識されない私は完全に蚊帳の外だが、たまにはこういう場所でゆっくり過ごすのも悪くない。

自分の行く先々で不幸が起きる。
自分が不幸を呼んでいるのか、そういった場所に私が自然と行ってしまうのか?
後者がいいな。不幸を呼ぶ女、なんて何か嫌だ。
でもこういった場所なら大丈夫…なハズ。
この前みたいに、トラックが突っ込んでくることも無い。
それに、どの親子にも死相は見えない。みんな元気そうだ。

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そうやってのんびりしていると、足元に一匹の猫がやってきた。
ただ通り過ぎるだけかと思いきや、立ち止まってこちらを見上げている。
どうやら私が分かるらしい。

こうやって動物に姿を認識されることは、珍しくない。
私は人間の死期は一目で分かるが、こういった犬猫達に対しては、よく分からない。
私をじっと見つめてくる猫。こちらも思わず見つめ返す。
にらめっこ…は、勝ち目がないか。笑わない相手だ。

その子はやや薄汚れていて、首輪はしていない。どこにでもいる野良猫のようだ。
ただ後ろ足が悪いらしく、引きずるようにして歩いていた。

私の足にじゃれて、ナーナーと愛嬌のある声を出す。ふふふ、可愛いじゃないの。
猫なりに身につけた処世術、って奴かな?私は簡単に引っ掛かっちゃうな。
けど残念。私はあげられるものは何も持ってないのよ、キミ。
あっちの子供の元に行けば、何か貰えるかもよ?

…と話しかけていると、1人の男がこちらに近付いてくるのに気付いた。

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真っ直ぐに、こちらに歩いてくる男。
ヨレヨレのスーツを着た、サラリーマンのようだ。
少し疲れたような顔をしているが、目だけがギラギラしている。
何だか…ちょっと嫌な感じだ。
私は何故か一瞬、身体の中に黒いものが渦巻くのを感じた。

この男には死相が見えない。つまり私は見えていないので、目的はこの猫みたいだ。
飼い猫なのかな?それとも、ここでいつも可愛がっているのかな?
私に愛嬌を振りまいていた猫も、男に気付く。
…と、猫が怯えた風に見えた。そして逃げようとしてか、足を引きずりながら男と逆の方向に離れていく。

男は小走りになり、猫に向かってくる。
逃げる猫。しかし足が悪くて動きが遅い。やがて簡単に追いつく。
いけない…何か、いけない。
と思ったときには遅かった。
猫に追いついた男は、そのまま思いっきり、猫を蹴り飛ばした。

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ギャウッ
っと声を上げ、猫が宙を舞う。
私は立ち上がり、すぐに抗議する。
私「信じられない!何てことするのよ!」

…が、無駄だ。私の声は聞こえていないようだ。
倒れた猫は何とか起き上がり、男から逃げようと、またひょこひょこと歩き出す。
そうか、あの足もきっと、この男がやったんだ。
なんて最低な奴…!
…と思うと同時に、また何か黒いものを感じる。怒り…憎しみ?

立ち話をしていた母親達や子供達も、こちらの異変に気付いたようだ。
母親達は男を見てから、お互いに顔を見合わせる。
そして頷き合うと、すぐに子供の元に向かった。
子供の1人が猫を指差し、母親に質問する。
子「ママ、あのネコちゃん…」
母「何でもないの。いいから、帰るわよ。ほら、早く来なさい」
その母親はそう言うと、子供の手を引き、他の親子共々、公園から去って行った。
確かに子供に見せてはいけないものだ。

そうしている間にも、男は再び猫に追いつき、思いっきり蹴り飛ばす。
この男…自分より弱い、抵抗もできない相手に…!
私の中に黒く渦巻くものが、少し大きくなるのを感じる。
いけない…この感じ、ダメだ。身を委ねれば楽になりそうだけど…ダメなんだ、これは。

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私の中に負の感情が溢れてくる。
この男を…止めたい。
いや、違う。もっと直接的なことだ…こいつを…殺してしまいたい。
憎い…こいつが憎い。

なぜこんなに憎いのか?突然、殺してしまいたい程の憎しみを覚えるなんて、異常だ。
しかし、答えは分かっていた。
この憎しみは、この男が持っているものだ。
つまり、私は感化されているんだ。激情に流されてしまいそうになる。
いけない、これは。何がいけないのか?楽になるのが何でいけないのか?
分からないけど、いけないことなんだ。誰かが…私に、そう教えてくれた気がする。

私は何とか踏み止まり、溢れてくるものを押さえ込んだ。
そして男を見据える。
もう彼は猫を追うのは止めたようだ。いや、追えなくなったのか。
どうやら蹴った猫が草むらに入ってしまい、見失ったようだ。
後姿で顔は見えないが、悔しがっているのが分かる。草むらに向かって悪態をついている。

ダメだ。こいつの傍にいると、こちらまで気が変になりそうだ。
私は立ち去ろうと背を向け、公園の出口に向かった。
しかし…

男「おい、お前。お前だよ、女、おい」

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まさか…と思い、振り返る。
男は私を見ている。
男「お前、いつからそこに居た?今、見てたろ?何か言いたそうだな?おい」
そして、私に話しかけている…。

なるほど。すぐに分かった。
先ほどまでなかったものが、男の顔に見える。
思わず口元に笑みが浮かぶ。
男「お前、何笑ってんだよ。俺が可笑しいのか?おい…」

男は私に近寄ってくる。
男「可愛い顔してよお…。お前、相当、男を騙してんじゃねえか?俺は騙されねえぞ…」

失礼ね…。可愛い顔、は良いけど、騙している云々は心外だ。
一言言い返そうと思ったけど、私は別のものに興味を惹かれた。

男の足元に、何か居る。いや、足元だけじゃない。肩の上にも居る。
犬、猫、小鳥…小動物たち。動物霊だ。
随分と多い。この男が虐待してきた動物達?
こんなに集まっているのを見るのは初めてだ。直接関係ない霊も集まってきているのかも知れない。

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男「おい。何とか言…え・・よ…ぉ?」
男は自分の異変を感じだのか、立ち止まる。
そして急に跪き、ゼーゼーと喘ぎだした。
確か、動物霊に憑依されると、その動物になりきってしまうと聞いたことがある。
では、霊がたくさん居る場合はどうなるのかな?

男「何…だぁ…ぁ?なぁにぃか、おれぇ、おかし…ぃ?」
男は地面に転がる。
男「あぁ、あぁ…ついぃ…あぁーつうぁーあぁぁぁあー」
そして抑揚のない声で、意味の分からないことを喚き出した。

男「あぁ…ぐぅぅぁっ…うぁぁ…」
ごちゃごちゃになった動物の言葉なんか、分かるわけもない。
男は舌を出してハッハと息をしており、やがて、着ている服をビリビリと破りだした。
男「うーぅぅぅ…あぁうー、うあぁぁ…うー…」

力任せに服を破いている…っと。私は後ろを向く。やだやだ。汚いもの、見せないでよね。
男に背を向けて公園の入口を見ると、数人の人が入ってくるのが見えた。
警察官だ。あの親子連れの誰かが通報したのだろう。

彼らは私に見向きもせず、後ろの全裸で喘いでいる男のところに向かった。
精神異常者を確保…といったところかな。
しかし確保したところで、意味は無い。男は間もなく死んでしまうから。
あんな数の霊に憑かれては、精神も体も持たないだろう。

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これ以上見ていられないので、私は公園を出た。
結局ここでも安息は得られなかった…。

それどころか、何か得体の知れないものが渦巻くのを強く感じてしまった。
何とか押さえ込んだものの、いつかこれが全て溢れ出したら…?

私は、私で居られなくなるのだろう。
あの男のようになってしまうのかも知れない。
…服を脱ぐのは恥ずかしいな。
なんて思って自嘲する。

強烈な憎しみに感化された私の心。
酷く歪んでしまっているかも知れない私の心。
どこかで楽になってしまうことを望んでいる、私の心…。

どうなってしまうのか、不安で仕方が無い。
でも私にはどうすることもできない。

ただ彷徨うのみ。
何かを求めて…。
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