慈悲の心

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深夜の高速バス。
私は何とかチケットを手に入れて、乗り込んだ。
本来ならチケットなんて必要ないし、そもそもこんな乗り物に乗って移動する必要もないのだけど…。

今日は訳がある。
というのも、このバスの乗客全て、私の姿が見えているのだ。
数えてみると全部で15人。多いのか少ないのか分からないけど、
1人で乗っている人から、カップル、家族連れなど色々いる。

この乗客全員、死相が見える。
この人たちがどのような奇禍にあうのか、私は興味があったので乗り込んでみたのだ。

乗客の何人かは、深夜バスでの女の一人旅が珍しいのか、または私の美貌の成せる技か、声を掛けてくれる。
こうやって人と接するのは良いな…まぁ、みんな死んじゃうけどね。

2/10
私はバスの全体が見渡せるように、後方に席を取った。
私より後ろに座っている人は居ない。これで全員を見ることができる。

1人の男性が、空いていた私の隣に座って、色々と質問をしてきた。
はっきり言ってタイプじゃないのだけど、暇つぶしにはなる。
名前を聞かれたので、私は準備していた名前を答える。
私「霊子です」
これが本名かどうかは、分からない。何しろ私は自分の名前を知らない。
幽霊みたいだから、霊子。ただ、それだけの理由で、自分で付けた名前。

どこから来たのか、どこに行くのか、と色々聞かれるので適当に答えていると、
脈なしと悟ってくれたのか、隣から離れ自分の席に戻っていった。

真ん中辺りの座席では、家族連れの子供が元気に騒いでいる。
夜も遅い時間、乗客の中には煩わしそうに見ている人もいるが、私は特に気にならない。
どうせこれから死ぬ運命。好きなだけ騒げばいいと思う。
大人になって辛い思いとかする前に死ねるのは、良いことかも、ね。

3/10
時刻は1:30過ぎ。
バスが出発して2時間程経っており、乗客はほとんどが眠っている。
私はただぼんやりと、窓から真っ暗な外を眺めていた。
時折、運転手の様子を見てみるが、眠たそうにしていることもなく、
どうやら居眠り運転による事故…という線はなさそうだ。

バスは夜の高速を走り続ける。
この辺りはトンネルが多く、トンネルに入る度にオレンジの光が車内を染める。
そしてある長いトンネルに入った時だった。

私の席の横を、後ろから誰かが通っていった。
後ろには誰も居なかった筈…
私は気になり、席から立ってその誰かを見る。
それは、工事用のヘルメットを被った男だった。
明らかに場違いであるその格好。そして更におかしい点に気付く。
バスの中はオレンジの光に染まっているのに、その男はまったく染まっていない。
光を反射していないのだ。

4/10
その男は、通路をゆっくり前に向かって歩いていく。
乗客の座っている席の横を通ったときは、座席を覗き込んで、寝ている乗客の顔を見ている。
もし起きていたら、乗客の目にアレは映るのだろうか?
それはもうすぐ分かる。
男は前に前に進んでいき、確実に目を開けている人…運転手の横まで来た。

これだ。これが原因で事故が起きる。
男は運転手の顔も、同じように覗き込む。
その瞬間、運転手は背中を大きく仰け反らせ、雄叫びに近い悲鳴をあげた。
そして訳の分からない声をあげながら、ハンドルをめちゃくちゃに切り出した。
あれは、一目で狂ってしまうような、そんな顔をしていたわけだ。

これには乗客も全て目を覚まし、車内は混乱に陥った。
左右へ激しく揺れるバス。立ち上がることもできず、悲鳴をあげる乗客と、狂ったようにバスを操る運転手。

バスは横転しそうな程の蛇行運転のまま、トンネルを抜けたところで中央分離帯を越え、対向車線に乗り出した。
そこには前方から一台のトラックが走ってきており…
私はそのトラックの運転手の顔にも、死相を見る。

そして、激突。それと同時に爆発が起きる。
猛スピードで激突した2台は、一瞬にして炎に包まれた。

5/10
炎は車も人も巻き込んだ後、徐々に威力を弱めていった。
酷い事故…。原因はあれだ。トンネルに居た、何者か。
あれは運転手を狂気に堕とした後、すぐに消えた。
トンネルに棲みついている悪霊、といったところか。

そんなことを考えていると、足元、すぐ近くから呻き声が聞こえた。
声の主は先ほど声を掛けてきた男だった。
見るからに酷い怪我だ。首があらぬ方向に曲がっている。片手で腹の辺りを押さえているが、そこは黒く染まっており、どうやら内臓が飛び出ているようだ。
しかも足が…燃えている。動くこともできず、苦しみながら死を待つだけの状態。
何を言おうとしているのか、口を弱弱しく動かしているが、出てくるのは呻き声のみ。

私は…。
辺りを見渡し、折れて先の尖った、鉄パイプのようなものを見つけた。
それを手にして、男の元へ戻る。
そして男の傍に屈みこみ、喉元に先端を当て、迷わず、思い切り突き刺した。
男は一瞬身体をビクつかせ…すぐに静かになった。

何の感情も沸かない。
私は更に辺りを見渡し、耳を澄ます。
パチパチと物が焼ける音の中、他にも悲痛な呻き声が聞こえる。
炎と焦げた臭い、吹き飛んだ肉片、血、呻き声…。
闇夜の中、地獄の様もかくや、と思う光景。
私はその中で1人歩き回り、かろうじて生き残った、しかし死を待つだけの人々の命を、次々と奪っていった。

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幾人もの血を吸い、鉄パイプは赤黒く染まった。私の身体もまた、血で汚れている。
ミセリコルデ…慈悲の短剣。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
どこで聞いたのか、どこで覚えたのか知らないけど。

聞こえてくる声を1つ1つ消していき、私は最後の1人に取り掛かった。
子供だ。バスの中で、はしゃぎ回っていた子だろう。
親と思われる人…もはやただの肉塊だが、それが覆いかぶさっている。
きっと庇おうとしたのだろうけど、あの爆発では意味もなく、
子供は頭から血を溢れさせ、両足は吹き飛んで無くなっていた。

子供は虚ろな目で私を見ると、他の人と同じように口を動かす。
声は出ていないが、何を言っているのかはよく分かった。
痛い、助けて、痛い、助けて、…

私は子供の喉元に狙いを定める。
子供は救いを求めるように、震える手を私に伸ばしてくる。
私「ごめんね…」
私は呟き、力を込めて、その小さな命を消しさった。

7/10
全てを終え、私は立ち尽くす。
無気力で、何もしたくない。何も考えたくない。動きたくない。
もう…イヤだ。何もかも、もう、イヤ…。こんなの、もうイヤよ…。
再び、私の心の奥底に黒いものが芽生える。
それは激しく渦巻き、もの凄い勢いで広がっていく。
まるで、今まで蓄積したものが一気に溢れ出したかのように、徐々に心が染まっていく。
もう駄目だ。止められない…このまま黒くなって…何もかも…
黒く、全てを黒く…塗りつぶして…楽になりたい…

声「…あなた、何をしているの?」
突然、背後から声がした。
ゆっくりと振り向くと、現場から少し離れたところに1人の女性が立っていた。
その向こうには車が1台止まっており、中には1人の男性が乗っている。
男はどこかに電話をしているようだ。
あぁ、警察か救急…かな。ボーっとした頭で考える。

私は声を掛けてきた女性を見る。
私より若い。残り火と車のライトだけの明かりの中だが、綺麗な顔立ちだと分かる。

私「人をね…殺していたの…」
私は答える。どう思われるか…まぁ、どうでもいいや…。

女性は私を見つめている。
私も彼女を見る…怯えるかと思ったけど、そんな素振りもない。
それに…この人、おかしい。何かよく分からないけど…普通じゃない。

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女「あなたが殺したの…?」
私「…えぇ…そうよ」
間違いではない。
私みたいなものにはきっと、悪霊か殺人鬼みたいな肩書きがお似合いだ。
血に塗れた死神。それでいい。私は、黒くなるんだ…ずっと、このまま…

女「じゃあ、何で泣いているの?」
私「…え?」
ハッとする。そう言われて気付く。私はいつの間にか涙を流していた。
何で…?私は…私の心は…?心の中には、まだ…?

女「…私ね、そこのトンネルに用事があって来たの」
何か言っている。トンネルに用事?
女「すぐに何とかしないといけないから…、あなた、ここで待っていてくれる?」
何とかする…何を?あれを?あの悪霊みたいなものを、退治でもするの?
そんな危険なことダメ、と思ってすぐに取り消した。あぁ、この人なら…。

女「私ね、舞って言うの。あなたは?」
名前…まい、か。いいな。私もちゃんとした名前が欲しい…
私「霊子よ。たぶん、本名じゃないけどね」

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舞「そう、レイコさん、ね…。すぐ戻ってくるから、待っていてね」
舞と名乗った女性はそう言うと、何か気になる様子を見せたが、後ろのトンネルに行こうとする。
私はそれを呼び止めて、1つ、どうしても誰かに聞きたかった質問をする。

私「ねぇ…。私、平気かな。醜く歪んでないかな…?」

いきなり変な質問だと思われたかもしれない。
なぜこの人に聞いたのかも分からない。
でも、この人なら正直に答えてくれる。そう思った。

すると彼女は私をしばらく見つめ、答えてくれた。
舞「大丈夫、とても綺麗よ。安心して」
私「…ありがとう」

少し声が震えた。
そんな私に彼女は微笑み、トンネルへと向かっていった。
後ろの車で電話をしていた男性も降りて後を追おうとしたが、
なにやら言い止められて、すごすごと車に戻っていった。
まぁ、見たところあの男じゃ、危ないだけだから、だろうな。

10/10
待っていて、とは言われたものの、素直に待っている気はなかった。
とても興味深い人だけど、それ以上に、急に自分のことが気になり始めた。
思い立ったら、じっとなんてしていられない。
泣いているところを見られたのも、何だか恥ずかしい。
そんな風に思える余裕も生まれた。

私のことをちゃんと見ることのできる人がいる。
そして…私はまだ、平気なんだ。しかも、とても綺麗だって。
それが分かっただけで、何だかとても嬉しく、気が楽になった。
長いこと感じていた、あの黒く渦巻く感じは、きれいさっぱり無くなっていた。

自分が一体何者なのか、どうしてこうなってしまったのかを調べよう。
自分探し…ってなんかいい響きだ。

私「ありがとうね、舞さん」

私は彼女の後姿にそう呟き、そこから姿を消した。
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