手形@

1/12
朝。
いつものように、仏壇におはようの挨拶をすることから一日が始まる。
夫、息子夫婦、そして孫。
この年寄りを1人残して、位牌だけが増えてしまった。

簡単な朝食を済ませて店を開ける。
まともにお客が来ることなんて一年でも数えられる程度だが、大々的に看板を掲げる気にもならない。
この店が繁盛するような時が来たら、この世の終わりだろう。

こうして店を開いて、稀に迷い込んでくる人や…「元」人の話し相手をする。
ただそれだけの日々だったが、最近は他にもやることが増えた。

昔行っていたこと。しばらく出来なくなってしまったが、彼女のお陰でまた再開できたこと。
私はこれを続けなければならない。…罪を償うためにも。

彼女はもうすぐ来る。いつも時間通り、遅れずに来る。
…あぁ、来たみたいだ。

声「おはようございます」

優しく透き通った声を、私は笑顔で迎える。
私「おはよう、舞さん」

2/12
奥の座敷に通してお茶を出す。
やや大きめのバッグを持った彼女は、いつものようにお茶菓子も持ってきていた。
私「いつもすまないねぇ」
舞「いえ…。あの、お線香、いいですか?」
私「えぇ、どうぞどうぞ」
仏壇で線香をあげ、手を合わせる舞。
私は彼女の持ってきたバッグに目をやる。今日は何を持ってきたのか?

やがて故人への挨拶を済ませた彼女は、すぐに本題に入る。
舞「今日はこれをお願いします」
バッグから何かを取り出す。それは、薄汚れた工事用のヘルメットだった。

私「これはまた…、舞さんには似合わないものだねぇ」
舞「ある程度は、こちらで抜いておきました」
私はそのヘルメットを受け取る。

私「ふむ…ほんとだね。後は最後の処分だけだね。…これは、どこで?」
舞「S県の、高速道のトンネルです」
私「おやまぁ…随分と遠くまで」
舞「弟に連れて行ってもらいました」
私「ほう…」

3/12
私「じゃあ、これはこっちで処分しておくよ」
舞「お願いします」
ペコリと頭を下げる舞。
そしていつもならこれで帰っていくのだが、今日は少し違った。

舞「あの、ちょっとお聞きしたいことがあるのですが…」
私「ん、なんだい?…何でもいいけど、もっと自然に話していいよ?」
彼女はいつまでも他人行儀に話してくる。
舞「あ、はい…」
私「で、なんだい?」
舞「…お孫さんのことなんです」
私「孫と言うと…陸(りく)のことかい?」

牧村陸。私の死んだ孫だ。霊媒師をしていて、行方不明になり、そして…。
私「陸のことは、本当に感謝しているよ。舞さんが助けてくれなかったら、今もきっと…」
舞「いえ、陸さんには私が助けられたので…。でも、彼のことじゃなく」
私「あら…」
舞「陸さんには、お姉さんか妹さんか、居ませんでしたか?」

4/12
私「…あぁ。妹が1人居たよ。でも、もう…」
舞「もう、亡くなって…?」
私「そうだね。陸が居なくなってからしばらくして、ね」
舞「…」
私「まぁ、世間一般には行方不明ってことになっているけどね。でも、死んでしまっているのは分かるよ」
舞「…あの、写真か何か、見せて頂けませんか?」
私「あぁ、いいよ。ちょっと待っていてね」

私は自室から、いつも飾ってある写真を持ってくる。
私「名前は、夏美。23歳って若さでねぇ…」
舞は私から写真を受け取り、見ている。
私「消息不明になった兄を探していてね…。危険だからって止めたのだけど…まったく…」
もっと厳しく言って止めれば良かった、と当時は酷く後悔した。
私「もう大人なんだから、そんなに心配しないで、って言ってねぇ…」

舞「ごめんなさい。辛いこと、思い出させてしまって」
私「いやいや、良いんだよ。たまには思い出してあげないとね。それより、夏美のことで何か?」
舞「はい。実は…」

5/12
――舞が初めてここに来たときは、驚いたものだ。
突然やって来て、とある山奥にある一軒家で行方不明になっていた陸を…霊に取り憑かれていた陸を、解放したというのだ。

他の人に聞いたのなら信じ難い話だったが、彼女を一目見て納得してしまった。
こんなに恐ろしい業を背負って生きている人は、長年こういった事に関わってきた私でも見たことはなかった。

そして舞がここを訪れてきた目的は、陸の報告と、もう1つあった。
それは、陸がしていたことを引き継ぐということだった。

まったく見ず知らずの彼女の言うことでも、私は止める気にはならなかった。
彼女なら、陸以上に完璧にそれを行えるだろうということは明らかであり、
彼女の目を見れば、止めたところで無駄だろうと分かったからだ。

それ以来、舞は手に入れたものをここに持って来るようになり、それを私が処分する、ということを続けている。
今日も彼女は怪しげなものを持ってきた訳だが、話は孫娘の夏美に関することになった。

6/12
私「その事故現場に、夏美が…」
舞の話では、トンネルに着いた時に丁度事故が起きており、そこに夏美が居た、ということだった。
舞「気になる方だったので、少し待っていて貰おうと思ったのですが…」
このヘルメットの件…恐らく工事中の事故で命を落とした人のものだろう。これについての「こと」を済ませて戻ると、夏美の姿は無かったらしい。

私「夏美は…気まぐれな子だったからねぇ。それにしても良く分かったね。陸の妹だ、って」
舞「何と言うか、”色”が…似ていましたから。血の繋がりのある人かな、と」
私「ふむ…」

舞「記憶がないようでした。本名が分からないので、取り敢えず霊子と名乗っている、と言っていました」
私「記憶がない…」
記憶と聞いてドキリとする。死後成仏せずに、記憶を失ったまま彷徨っている。何か未練があるのだろうか?
あるとすれば、それはやはり…

私「探しているのかね…」
陸のことを。それとも…いや…。

とにかく記憶を失って彷徨っているなら、見つけ出して教えてあげなければならない。
残酷な事実だけど、いつまでも放っておく訳にはいかない。
私「すまないが、もしまた会えたら…お願いできるかね」

孫娘に会いたい気持ちが無いわけでは無い。夏美は…あの子は、可哀想な子だった。
しかし足が悪くて遠くまで出張ることのできない私は、舞にお願いするしかない。
あまり良い役目ではないが、彼女は了承してくれた。
ただ少し…何か思うところがあるようではあった。

手形Aへ続く
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