手形A

7/12
辿り着いたのは、古びた建物。

自分探しと称して足の向くまま歩き続け、私はこの場所に着いた。
もう何年も放置されているような感じの、小さな病院…神乃木産婦人科病院と書いてある。

うーん…ここで生まれた、とかそういう事かなぁ。
自分が何歳なのか分からないけど、きっと20代前半だろう。うん、きっとそうだ。
本当は10代と言いたいとこだけど、そこまでおこがましくは無い。

何となく…心のどこかで強い抵抗を感じつつも、私は中に入ってみることにした。

私「お邪魔しまーす…」
カップルか浮浪者か、又は遊んでいる子供達でも居るかと思ったが、誰もいる気配はない。
格好のたまり場になりそうなんだけど…ひょっとしてオバケでも出るのかな?

誰も居ない病院内を、奥へと進んでいく。
ボロボロの壁や、ヒビの入った窓、タイルの剥がれた廊下、割れた蛍光灯、誰も居ない閑散とした病室…
進んでいくうちに、確信する。
私、やっぱりここを知っている…。ここに来たことがある。

8/12
いつの記憶か分からないけど、子供の頃とか、そんなに昔でもない。
でも、こんなところに何を…?
こんなに空気が淀んでいて薄気味悪い場所に、何をしに来たのだろう。
よっぽど大事な用事だったのか、それとも…自分の意思ではなく、連れてこられたとか?

…うーん、違うなぁ。自分の足で歩いていた気がする。
1人で、こうやって辺りを見渡しながら…何かを、もしくは誰かを探しながら?

…そうだ。私は探していたんだ。そして…

ヤダ…何だか気分が悪くなってきた。
ここは来ちゃいけない場所だ。…そうだ。ここは誰かに、危ないから近寄っちゃダメだよって言われていた場所だ。

しかし私は、悩みながらも奥へと歩みを進めていく。
もうすぐ何かを思い出せそうな気がするからだ。私の見たもの…私が会った人…?

ふと…。
前方に見えたものが、私の歩みを止めた。
廊下の壁に、何かシミのようなものが見える。
汚れて灰色に変色したその壁に付いている、黒っぽい…何だろう、あれ。
あれが、私の見つけたもの?…ううん、違う。以前はあんなシミは無かったと思う。

9/12
私はゆっくりとそれに近付く。
…分かっていた。見つけたときから、それが何か分かっていた。

シミの目に前に立つ。
それは手形だった。誰かの手形…
誰の…?

…それも、分かっている。
これは、私の手形だ。私の…血の手形だ。

よく見るとその手形は、下にずれ落ちるように掠れている。
つまり、そうだ…
私はここに手を…ついて…床に…倒れて…ここで…

気分が悪い。胸の辺りが何だか痛い…
痛い…痛い、刺すように…何で?痛みなんて、もう…
両手で胸を強く押さえる。ある訳が無いのに、血が噴き出してきそうで…
頭がグルグルと回る。立っているのが辛い。おかしい…私にはもう、そんな…

ドクリ、と不可解な鼓動を感じる。
胸を押さえている手に、嫌な予感を感じる。
あぁ、手を見なくてもどうなっているか分かる…でも…
私はゆっくりと両手を開いて見る。
その手は、真っ赤に染まっていた。

10/12
こんな…こんなの…
足がふら付き、私は壁に手をつく…それは丁度、手形に重なる。

ここに来たのは間違いだった。
いくら記憶を辿っていたからって、自分が死んだ場所に来ちゃうなんて。
しかも、ここは普通じゃない。こんなんじゃ、またおかしくなっちゃう。
せっかく…

…ん?
何か音が聞こえる。
ボーン…って…時計の音?柱時計…?

ボーン、ボーン…
どこかで時計が鳴っているのが聞こえる。
何でこんな所で?それに…どこかで聞いた覚えがある、この音…
どこかで聞いた…この、絶望を感じさせる音。

突然、身体がゾクッとする。
あ…あぁ!今すぐここから逃げないと…!

この手形。何故これだけ、こんなにくっきりと残っているのだろう。
まるで、私をここに…
私はその手形の付いた壁から数歩下がる。
そのままここに立っていたら、二度と動けなくなりそうな気がしたからだ。
この場に縛り付けられてしまいそうな、そんな予感がした。

11/12
私は自分を取り戻したんだ。
また囚われるのはイヤ。二度とあんな思いはしたくない。
大丈夫、私は…
…そうだ。大丈夫…綺麗だから、安心して。そう、あの人は私にそう言ってくれた。

その言葉を思い出すと、心が落ち着いてくる。
あの人はきっと、言葉に力を持っている人なんだな。うん。よく分からないけど、そういうことにしておこう。

…よし!
私は改めて手を見る。綺麗な手。うんうん。白魚のような、ね。
痛みも鼓動も感じない。よしよし。私はちゃんと幽霊している。

時計の音はいつの間にか止んでいる。
ここに来たら…ダメ。
そう、ここは来ちゃいけない場所だったんだ。誰かの忠告…ちゃんと聞かないとね。
またここに来るとしても、次は1人では来ないようにしよう。

そう決めて、私は逃げるようにそこから立ち去った。

12/12
深夜遅く――
家に着き、車を降りる。

運転手の男は虚ろな目をして、私を仰ぎ見る。
男「また呼んでよ…いつでも…」
私はニコリと笑顔を見せて帰るように指示すると、男は何も言わずに大人しく帰っていった。
そのうち我に返るだろう。私の便利な足。

私の住処である、その病院の廊下を進む。
どうやら、誰か来た形跡がある…誰だろう。ここに来る人なんて、そうは居ない。

まさか…?と思い、足を止める。
…違うか。誰もいない。

私は再び廊下を進む。
やがて手形の付いた壁に差し掛かり、そこで、誰が来たのかが分かった。
手形を見つめ、そっと手を伸ばしてそれに触れる。

私「…夏美」

壁に触れた手が、赤く染まる。
口元に自然と笑みが浮かぶ…。

そして気持ちが満たされた私は自室に戻り、深い眠りについた。
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