短剣A

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佳澄「私ね、ちょっとした経緯で、ある一軒家を借りたの。そこには霊が住み着いて居てね。
処分しようと思ったのだけど、面白そうだからそれをペットとして飼うことにしたのよ」
小さな子にものを教えるような、今はもう不気味としか思えない優しい口調で彼女は話す。

佳澄「そのペットなんだけど、頭が悪くてね…。力は強いのだけど、知識はゼロ。人を殺すことしか考えてないわけ。
まぁ、失敗作として出てきたらしいから仕方ないのだけど」
私は黙って彼女の話を聞く。

佳澄「だからね、私、これを完全なものにしてあげようと思ったの。で、思いついた最も簡単な方法が…」
彼女は私をジッと見つめる。
佳澄「知識を持った人を、取り込ませること。…お分かり?」
そう言って、ニッコリと笑った。

さすがの私にも事態が把握できた。彼女のしたことと、兄の身に起きたこと。
私「それで、兄を…」
佳澄「そう。お兄さんが最適だったのよ」
私「佳澄さん…」

佳澄「あら、もういいのよ?”佳澄さん”だなんて。”あんた”とか”お前”とか呼びたいでしょ?」
私「…ふざけないで!」
フツフツと怒りが込み上げてきて、私は声を荒げる。
私「兄のこと好きだって…心配だって…」
佳澄「いやねぇ…そんな簡単に信じたらダメよ?」

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私「許さない…」
私は短剣を構える。
私「そんなの、人のすることじゃないわ…人間じゃない…」
佳澄「…そうね。で、その短剣でどうしたいの?私を刺したいの?」
そう言うと、彼女は前に進み出てくる。
佳澄「いいわよ?ほら…」
そのまま、短剣の先が胸に当たる位置まで来る。私は彼女の予想外の動きに戸惑いを感じてしまう。
佳澄「ほら、ここよ?丁度心臓の上。このまま突き刺せば、お兄さんの仇がとれるわよ?」
彼女は無防備な格好で私に言う。

…試されているんだ。私に刺せるわけが無い。彼女はそう思っている。
でも、それはとんだ間違いだ。
私は…できる。相手は人間なんかじゃない。兄を殺した…絶対に許せない…!
私の中に何か、黒いものが渦巻き始める。

彼女は笑いながら私を見つめている。
私はそんな彼女を正面から睨み返すと、両手に力を込め、短剣を一気に根元まで突き刺した。

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佳澄「…ッ!」
彼女の息が詰まる音がする。
私は即座に短剣を引き抜き、距離をおく。自分が刺した相手の鼓動を感じたくなかった。

彼女は傷口を押さえるが、見る見るうちに血が溢れ、服が真っ赤に染まっていく。
私は何だか妙な息苦しさを感じて、肩で大きく呼吸をする。
佳澄「やれば…できるじゃない…」
彼女はニヤッと笑う。その口元からも血が流れてきている。

佳澄「ふふ…」
彼女はふらりと大きくよろけ、壁に手をつく。
私「兄の仇…よ…」
佳澄「……」
彼女はその体勢のまま、何も言わない。
そしてそのまま、何か訴えるような目で私を見つめてくる。
私の中に、僅かな罪悪感と…何かの間違いであって欲しい、という感情が芽生える。

ガクリと片膝をつく佳澄さん。私は思わず駆け寄る…が。

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近付いた私に対し彼女はサッと顔を上げると、口から大量の血をブハッと吹きかけてきた。
私「うっ…」
口の中に相当な量を溜めていたのだろう、顔中に彼女の血が掛かる。
私「何を…!」
佳澄「あは…はは…びっくりした…?あはは…」
私「こ…の…!」
慌てて顔を拭いながら怒る私を見て、彼女は笑い出す。
佳澄「あは・・ははは……はははははは…」
段々とその声に抑揚がなくなってくる。
佳澄「あはは…ハハ…ハハハハハハハハハハ―――」
笑い声こそ上げているが、その顔は無表情になり、何も映さないような目で私をジッと見つめてくる。

私「やめて…黙って…!」
私はきつく目を閉じ、耳を塞ぐ。
しかし笑い声は止まず、更に大きくなる。目を閉じても私の脳裏にはクッキリと、壊れたように笑う彼女の姿が浮かぶ。

…そして、やがてその笑い声の中に他の音が混ざってくる。
ボーン、ボーン…
どこからか聞こえてくる、これは…時計の音…?

一定の間隔で、重苦しい時計の音が鳴り響く。
それに加え、頭の中から聞こえてくるような、抑揚のない笑い声。
頭の中がグルグルと回りだす。目を閉じたまま前も後ろも分からず、私は不快な音に包まれ、引きずり込まれ――

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…と。

突然全ての音が止み、私は静寂に包まれた。

一体、何がどうなったの…?
恐る恐る目を開けると、辺りはぼんやりとしている。
目が霞む…なんだか酷い風邪をひいたみたいに、全身が痺れて…

…胸の辺りに違和感がある。
ほとんど感覚のない手を胸に当てる。
そして見る…。

その手は、真っ赤に染まっていた。

何で…?
私の胸から血が溢れ出ている。それに気付くと同時に、急激な痛みが私を襲う。
私「く…ふっ…」
嗚咽と共に、口からも血が流れていく。
胸には刺すような痛み…いや、刺すようなじゃ無い。実際に、本当に刺された痛み…。

よろめき、壁に手をつく。足が痺れ切って、もう立っていられそうにない。
意識が遠退き、私は床に崩れ落ちる。
床に頭を打ち付けたその衝撃で、朦朧としていた意識が少し覚醒する。

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傍らに人が立っているのが分かる。
…佳澄さんだ。

何でなの?何をしたの?私は…

頭に浮かんだ疑問。声には出していないが、彼女は私の考えていることを読み取ったかのように、こう言った。
佳澄「呪いを返しただけよ」

呪い…?知らない…私、呪いなんて…そんなこと…
佳澄「この短剣…」
彼女の手に、私が持ってきた握られている。
佳澄「お兄さんの部屋から持ってきたのでしょ?」
兄の部屋から…あぁ…そんな…

佳澄「気付いたかしら?裸にして放り込んだ、って言ったでしょ?私ね、彼の部屋のもの全てに細工をしたのよ」
なんてこと…

佳澄「まさかあなたがこれを持ってくるとはね…」
彼女はそういうと、短剣を放り捨てる。
呪われたその短剣は弧を描いて床に落ち、キン、と音をたてる。
佳澄「せっかく教えてあげたのに。あんなものに頼っていちゃダメよ、って」

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再び意識が朦朧としてきた。
ものすごく眠くて、何も考えられない。もう痛みも感じない。…あぁ、私死ぬんだな…。

佳澄「そうね。何か言いたいこと、ある?」
言いたいこと…
佳澄「そ。私への恨み言とか、何でもいいのよ?」
恨み…

…不思議と憎しみは消えていた。一時は殺してやりたいとすら思ったのに、そんな感情は綺麗に消えていた。
なぜだかなんて、分からない…頭が回らない。
誰かに…兄にでも言ったら、甘いなぁって笑われそうだ。こんな風にされて、何の恨み言も言えないのだから。

佳澄「…ちょっと、なに考えているの?バカじゃないの?」
あ…分かっちゃった?
佳澄「甘いを通り越して、バカよ。まったく…」
ひどい・・なぁ…
佳澄「そんなだから騙されるのよ」
そう…ね…
佳澄「…もういいわ。さっさと眠りなさいよ」
…かすみ…さん…
佳澄「…何?」
あのね…
……


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やがて夏美は息を引き取った。

それを確認してから、私は彼女の死体に細工を始める。
彼女には…これから働いてもらう。たくさんの”死”を集めてもらうのだ。
生前の記憶を削り取り、各地を彷徨わせる。
そしてその目で見た、感じた、人の死というものを、ここに持ってきてもらおう。

…完全に記憶を消し去る気にはならなかった。下手に消して彼女の人間性が失われるのは避けたい。そんな気持ちがあった。

多少の不要な感情は残るが、構わない。
数多くの死に直面し続ければ夏美の余計な心は砕け、やがて完璧な…死を運ぶ者になれる。
そうすれば、きっと…。

…最期に夏美が言ったこと。
私の中に何かの感情を呼び起こしたくて言ったのか、それともこう言えば慈悲が与えられるとでも思ったのか?

私、佳澄さんのこと好きだったよ。

まったく意味の無い、無駄なこと。聞きようによっては気持ち悪い話だ。
でも…

私も夏美のことは好きだ。それは認めてあげる。
可愛い顔をした、私の人形。
きっと素敵な死神になってくれる、私の大切な…。
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