対峙(後)A

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急いできた訳じゃないことを、2人は知らない。
だから2人の前で聞くべきじゃないとも考えたけど、敢えて聞いてみた。
姉のことを信じているから。これからもそうありたいと思っているから。2人もきっと同じだろう。

車で急ぐと危ない。事故を起こすかも知れない。そう思ったから?
そんな答えは聞きたくない。
いくら急いでいたって、俺はそんな運転はしない。それに車以外のところでも急げるところはあったはずだ。
あんな…慣れない冗談を言う時間もなかったはずだ。

しばしの沈黙。
姉に対する疑惑…嫌だ。そんなの感じたくない。俺は姉貴を信じたい。

舞「どれだけ急いでも…」
姉が口を開いた。
舞「間に合わないと、すぐに分かったわ。佳澄さんには自信と余裕があった」
そう言いながら姉貴は立ち上がり、窓に向かう。
舞「電話をしながらだって、彼女は行動に出られたと思う。…もし私が動く気配を見せたら、すぐにでもね」
姉はカーテンを少しめくり、外を眺めながら話を続ける。

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俺「だから…諦めた?」
仕方ないのかもしれない。どれだけ急いでも無駄なら、確かにそうかもしれない。
でも、諦めては欲しくなかった。2人に危険が迫っていたんだ。たとえ無駄と分かっていても、諦めて欲しくなかった。

舞「すぐに助けに駆けつけるのは、諦めたわ」
俺「…」
舞「でも、ただ諦めるだけじゃ2人が危ないと思ったから…別の方法を探したわ」

何か言い難いことがあるのか、そこで姉は黙る。
でも何か良い方法があって…それが上手くいってこうなったのなら、それを聞かせて欲しい。この不信感を取り払って欲しい。
俺「別の方法って?」
俺は話を促す。…そしてすぐ後で、俺はそれを後悔する。

舞「佳澄さんって――」
俺たちに背を向けたまま、再び話を始める姉。
舞「ものすごくプライドが高くて、自己中心的で、欲しいものは何をしてでも手に入れるタイプ。そして何よりも私のことが嫌い。話をして、そう分かったわ」
…そんな人だったのか、彼女。
舞「だから、ね…」
少し言い淀むが、続けてこう言った。

舞「そんな大嫌いな私のお下がり…私が使い古して捨てたものは、絶対に拾わないと思ったの」

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俺「え…?」
何故か姉の声が少し震えている…。言っている意味もよく分からない。お下がり?使い古して…捨てたもの?
舞「人を物か人形のように扱う彼女は、すぐに分かってくれたわ」

あ…!
舞「だから彼女にこう言ったのよ。光一と2人は私の――」
…ダメだ!

俺は慌てて立ち上がる。と同時に神尾さんが言う。
神尾「古乃羽!ほら…ここと台所、片付けないと」
古乃羽「あ…うん、そうだね。全部出しっぱなしだ」
すぐに答える古乃羽。

俺「姉貴、帰らないと…俺、お袋に何も言ってないから心配してるよ」
そう言って姉の手を取り、玄関に引っ張っていく。
俺「神尾さん、古乃羽、また今度…ごめん!」
古乃羽「うん。気を付けてね」
神尾「はーい。またねー」

外に出て、そのまま車に向かう。
姉は手を引かれるまま、何も言わない。

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姉を乗せてエンジンを掛け、車を出す。
助手席の姉は、ただ俯いている。

なんてことだ。こんな…

舞「私ね…、光一と2人は、私の…」
姉がぽつりと喋りだす。
俺「いいって!分かったから」
舞「…」
姉は口を固く結んで言葉を切った。
そしてその目から一筋だけ、涙が流れていった。

本当に、なんてことだろう。
姉が何をしたのか、よく分かった。

俺、古乃羽、神尾さんの3人を自分の所有物――言葉を借りれば"自分の人形"であると、相手に伝えたのだろう。
そしてそれを捨てた。一切の助ける素振りも見せず、もう要らないものとして捨てたのだろう。そんな物はもう要らない、と。
そうして相手が2人に興味を無くすように…2人の"人形としての価値"を失わせた。
相手はそのプライドの高さから、人が捨てたものは拾わない。ましてや嫌いな人が唾を付けて捨てたお下がりの人形など、決して拾わない。そう考え、それに掛けたのだろう。

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姉の性格から考えると、例え誰であれ、人のことをそんな風に言うなんて考えられない。口が裂けたって言わないはずだ。
白谷佳澄。彼女はそれを言わせた。一体何の目的で、何をしようとしていたのかなんて俺には分からないが、ハッキリと分かることが1つ。

この件で一番傷付いたのは、姉だ。

様子がおかしいと気付いていたのに、最後まで分からなかった。
姉は怖かったのかもしれない。部屋に行って、2人が無事かどうかを確認するのが。
でも逃げる訳にもいかなかったから、俺を一緒に連れて行ったのだろう。

そして…あの場で言わせてしまうところだった。
身を切る思いで言ったであろう言葉を、また言わせてしまうところだった。
自分がしたことを隠せない。悪いと思う事をしてしまったら、それを隠しておけない。姉貴はそんな性格だ。

謝らないと…。でもこういうとき、何て言えばいいのだろう?
気付かなくてごめん?一瞬でも疑ってごめん?
うーん…違うな。ここはやはり思ったことをそのまま…

俺「あのさ…」
舞「…」
俺「ありがとう…」
こういうのは中々照れくさい。

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舞「…」
姉は何も言わない。うーん、困ったぞ…。
一筋とはいえ、姉の涙なんて何年ぶりに見るだろう。こういう時にはどうすれば良いやら、まったく検討がつかない。

俺「えっとさ…」
舞「いいの」
やっと喋った。
舞「みんな、とても大切な人…」
俺「うん…」

舞「…少し寝るから、着いたら起こしてね」
そう言って姉はシートに身体を沈める。
俺「ん。もうすぐ…」
っと。
姉はすぐにスヤスヤと眠りだした。

最近色々なことがあって、姉のことを何だか遠い存在に感じていた。
病気が治ってから、急に人が変わってしまったように思っていた。

でも違った。寝顔を見れば分かる。
真面目すぎて、傷付きやすいところがある。軽い冗談でも言うのは苦手。
お袋にワガママは言わないけど、俺には言う。照れくさいことがあると、話を逸らす…場合によっては寝ると言って本当にすぐに寝る。
昔から何も変わっていないじゃないか――。

俺はゆっくりと車を走らせ、遠回りで帰ることにした。
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