人形(中)

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舞「まず…佳澄さんに、教えておくことがあるわ」
佳澄「?」

舞「夏美さんのこと。夏美さんと、この病院との関係」
佳澄「…関係?」
私「私の事件の話ね…」
あの事件のこと――。

舞「夏美さん、辛いだろうけど…」
私「ううん、平気よ。もう平気。でも、どこでそれを?」
舞「あなたのお祖母さんに聞いたの」
あぁ…そうか、なるほど。

舞「佳澄さん、夏美さんはね…あなたに会う以前に、一度、記憶を消されているの」
佳澄「え…」

舞さんはそう言ってから、事件の話をする。
私には辛い記憶だけど、受け止めないといけない事だ。

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佳澄「――そんなことが…」
話を聞いて、佳澄が私を見る。その目には何か…今まで見たことの無かった感情が込められていた。
私は笑顔でそれに応える。
私「うん…。でも、もう平気よ」
佳澄「そう…」
何か思い悩むような顔をする佳澄。

佳澄「それじゃ、あれは――」
私「?」
佳澄「やっぱり、夏美だったのね…」
私「…何が?」
佳澄「…なんでもない」

舞「――夏美さんのお祖父さんのことで…」
話を続ける舞さん。
舞「この件は全て終わったと思えたわ。シズエさんもそう考えていた」
私「…」
舞「でも、佳澄さんの存在があったの」

佳澄「私の…?」

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光一「ぅ…ん…」
あ…。
舞「あら、気が付いた?」
光一「あ、あれ?俺…」
佳澄「…思ったより早いじゃない」

光一「あ!えぇっと…」
舞「話をしているところだから、そこで休んでいなさい」
光一「ん、あぁ…。何か頭がクラクラするから…そうする」

良かった。弟さんは無事みたいだ。私みたいになってしまったら、どうしようかと思った。

佳澄「私が、どうしたの?」
佳澄が話を促す。

舞「…佳澄さん、あなたが生まれたのよ」
佳澄「私が生まれた…」
舞「そう。この病院で…死んだまま、生まれたの」
佳澄「死んだまま…?」

私はハッとする。まさか、そんな――

舞「夏美さんが、あなたのお母さんよ」

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佳澄「…嘘よ。そんなの」
舞「そう思う?」
佳澄「ありえないわよ。そんな…」

舞「夏美さんの、あなたに対する気持ちは知っているはずよ」
…許してしまう。私は佳澄のことを、最後には許してしまう。
例えどんなことになっても、この子のすることを、許してしまう。

舞「あなたの方も、夏美さんには特別な感情があったのでは?彼女を完全に、物言わぬ人形にはできなかったでしょう?」
佳澄「それは、別に…ただの…」
佳澄は口ごもる。

舞「夏美さんの手術で死んでしまった魂…それは完全に消えること無く、この病院に居続けたわ」
私の…子供の…。

舞「それは、夏美さんから切り離された憎しみの記憶と、牧村家の霊能力…
それと、父親である男の、非人道的とも言える歪んだ精神。それらを引き継いだわ」
私「そんな…」
歪んだ、憎しみの心…。そんな悪いところだけ?私は自分の子に、何も良いところはあげられなかったの?

舞「それはすぐに、人としての形を持つようになったわ。夏美さんの記憶の形をとって、丁度その年の姿に」

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舞「佳澄さん。あなたのその名前は、どこから?」
佳澄「…」
私「佳澄」
佳澄「拾った、名札…」
舞「そう…」
私「そんな…」
私は佳澄を抱きしめる。
私「ごめんね…名前、付けてあげられなくて、ごめんね…」
佳澄「…いいのよ、そんなの…意味…ない――」
そう言って佳澄は深く項垂れる。

舞「…話は以上よ」
私「…」
私にとって…佳澄にとっても、あまりにショックな話だった。
これから、私たちはどうすれば…?

…と、突然、佳澄が立ち上がる。
佳澄「…話はよく分かったわ」

私「佳澄…」
佳澄「私がなぜ、こうなのか…。お陰さまで、よく理解できたわ」

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佳澄はジッと舞さんを見つめながら言う。
佳澄「でもね…だから、何だって言うの?私のしていることに、ちょっとした理由がついただけよ」
私「佳澄、そんな…もうダメよ」
私も立ち上がって言う。

佳澄「…うるさいわね」
私「こんなこと、もう…やめないと」
佳澄「こんなこと、ね…」
佳澄は私を睨みつけ、こう言った。

佳澄「誰のせいで、こうなったと思っているの?」
私「…」
佳澄「全部、あの男のせいにするつもり?」
私「それは…」
返す言葉が思いつかない。
私はあの事件では被害者だった。でも、佳澄にとっては――

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佳澄「いきなり母親面して…気に入らないわ」
光一「おい…そんな言い方ないだろ?」
佳澄「あら、居たの?光一君」
光一「う…」

私「私のこと、許せないのは分かるけど…」
佳澄「分かる?本当に分かるの?…冗談じゃないわ」
私「…私にできることがあれば、言って」
佳澄「…」
佳澄は私を見つめる。

…舞さんは、そんな様子を何も言わずにジッと見ている。
そして佳澄は一言、こう言った。

佳澄「私のところに、帰ってくればいいのよ」

私「…分かったわ。あなたの物になれば良いのね?もう一度――」
光一「物とか、もうそういうのは…」
私「いいのよ、光一さん。ありがとう」
光一「いや、でも、そんなの…」
舞「黙っていなさい、光一」
光一「…え?」
舞「夏美さんが、自分で決めることよ」

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光一「そんな…」
舞「私たちは、それを見届けるだけ」
光一「…」
私「…ありがとう、舞さん」
舞さんにお礼を言ってから、私は佳澄に問い掛ける。
私「どうすればいい?」

佳澄「同じようにすれば良いわ。ほら、そこに…」
すぐ傍の病室の、入口の床を指差す佳澄。
私「あ…」
そこには、一本の短剣が落ちていた。

私「これ、あのときの…?」
私はそこまで行き、それを拾い上げる。
間違いない。昔、私が持ってきた短剣だ。

佳澄「そうよ。誰かが持っていくことも無いからね」
私「これで、もう一度…?」
佳澄「何度も言わせないでくれる?」
私「…分かったわ」

私は短剣の切っ先を、自分の胸に当てる。
私「これで――」
佳澄「ちょっと…違うでしょ?」
ため息を付いて、佳澄が言う。
佳澄「何も分かってないのね…。自分で刺してどうするの?私を介しなさいよ」
私「あ、そっか…」
私は佳澄の前に行き、あの時と同じような格好になる。

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私「佳澄…」
佳澄「…何?何か言い残したい?今度はもう、余計なことは何も言わない人形にするんだから」
私「私の気持ちは、変わってないわ。あの時と同じよ」
佳澄「…あら、そう」
ヤレヤレといった態度の佳澄。
ごめんね、こんな風にしちゃって…。許してね、何もあげられなくて…。
私は心の中で謝り、佳澄を見つめたまま手に力を込め、彼女に短剣を突き刺す。

佳澄「…ッ」

前と同じように彼女の息が詰まる音がして、私は即座に短剣を引き抜く。

傷口から血が溢れ出てくる。
しかし彼女はそこを押さえることもせず、ただ私を見つめている。
佳澄「ふふ…やったわね…」
彼女は力なく笑う。その口元からも血が流れてきている。
私「これで…」
佳澄「そう、これで――」

佳澄「あなたは自由よ…」

そう言うと、佳澄はその場に崩れ落ちた。
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