作戦(前)@

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「それじゃ、ちゃんとお医者様の言うことを聞いて…」

私「うん」
帰り際になって、母親が同じことを何度も繰り返す。
母「何か困った事があったら、すぐに連絡するのよ?」
私「うん。分かった」
母「雨月さん、古乃羽をお願いしますね」
雨月「はい」
彼にも、これで何度目だろうというお願いをする。
なんだかもう、恥ずかしくて仕方が無い。

母「この子は、もう、昔から…」
私「ほらぁ、もう行かないとでしょ?遅くなるよ?」
また長い話…というか、昔の恥ずかしいエピソードを話し始めそうだったので、慌てて促す。

母「はいはい」
やっと観念した様子で、母親は病室を出て行った。
「あんまりお邪魔したら悪いわね」という、先に帰ったお父さんが聞いたら、卒倒しそうな言葉を残して。

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私「ごめんね…。何か、困っちゃったでしょ」
昨日、うちの両親と彼が対面した。…しかも不意に、だ。

お母さんは別に問題ないのだが、お父さんが彼に会ったときどうなるか…。私は気が気じゃなかった。
昨日は美加と北上君も居たので、その場では”大学の友人達”という事で落ち着いたみたいだったけど、
その後私の家に泊まってから、お父さんだけ先に帰ったという点が気になる。

私の家に泊まったということは、部屋に飾ってある2人の写真も見られただろうし、
最初に会った時点で、こーくんが”彼氏”であることを看破していた、というお母さんが、それを伝えた可能性も十分考えられる。

とにかく、後のフォローが大変そうだ。
スネて先に帰ったお父さん、きっと後でお母さんに怒られて、更にヘソを曲げそうだし…。

雨月「いやぁ、困ったことは無いよ。…ちょっと緊張したけどさ」
彼はそう言って、私の手を握ってくれる。

両目に包帯を巻いているため、視界が遮られている私には、それがとても嬉しかった。

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本来、私の怪我の具合からして入院の必要はないらしいが、お父さんの意向でこうなってしまった。
母曰く、私が家に帰って、彼に看病してもらう…2人っきりでの看病、というシチュエーションになるのを恐れたから、とのこと。
じゃあお母さんが看病してよ、と言ったが、それだとお父さんの相手をする人が居なくなっちゃうでしょ、と諭されてしまった。

雨月「そういえばさ」
私「なぁに?」
雨月「今朝、北上から電話があってさ、神尾さんに呼び出された、って嬉しそうに話していたよ」
私「へぇー」
雨月「デートって訳じゃ無いみたいだけどな」
私「なーんだ…」
デートなら良いのに、と思う。
北上君はいい人だ。美加だって彼の事は嫌いじゃないだろうと思う。
だから、いつまでも昔の事を…もう、いい加減に――

雨月「やっぱ、あれかな」
私「あ…うん。そうだと思う」
きっと、名刺の事を調べているのだろう。
美加の性格からして、ジッとしていられる訳がない。

雨月「北上と一緒ってことは、牧村さんのところだろうね」
そう。舞さんに連絡が取れない以上、相談するとしたらそこしか無いだろう。

…舞さん。
……
美加は分かっているかな…?
…きっと、分かっているだろうな。私たち、長い付き合いだもの――。

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――往来会、本部前。

牧村さんの家から、北上の車でおよそ1時間半。
随分と遠くまで来た気分だが、位置的には、ここから私の家は近い。30分くらいで帰れるだろう。

会の本部であるその建物は、外観から察するに2階建ての、どこにでもある公民館のようだった。
突撃することに多少の不安は拭えないが、国道に面していて、人通りもそれなりにある。…大丈夫。うん、大丈夫だ。

私「…よし」
軽く気合いを入れる。
目的は、私たちに名刺を渡した男の事。
あの男と往来会には、関わりがあるのかどうか。それを確かめるのだ。

北上「準備OK。行こうか」
私「うん」

私たちには、霊感が無い。…でも今回は、それが良い方に転がると考えている。

相手はきっと、私たちに霊感が無い事を見抜くだろう。
そうすれば好都合だ。
何も分からない人と思ってくれれば、こちらを警戒せずに話をしてくれるだろう。
…なんとも楽観的な考えではあるけど、こちらの「作戦」に気付かれない事を祈りつつ、私たちは建物の入口へ向かった。

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入口の自動ドアを通り、真っ直ぐに受付らしきところに向かう。

館内にはどこかで聞いたようなクラシック音楽が流れ、数人が忙しそうに行き来している。
待合席らしき所には5,6人の人が座っているが、全員が年配の方で、なんだか昼間の病院みたいだ。

私「あの、すみませんが…」
受付「こんにちは。今日はどういったご用件ですか?」
受付嬢は1人。なかなか綺麗な人で、にこやかに対応してくれる。
私「この名刺を頂いて来たのですが」

そう言って、私は例の名刺を差し出す。
受付「はい」
名刺を受け取り、確認する受付嬢。…その顔が曇る。
受付「あら…桐谷さんの…?」
私「はい」
受付「まぁ…」

受付嬢のこの反応からして、同姓同名の広報担当が居る、という線が消えた。
これはやはり、死んだ人の名刺なんだ。

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私「その名刺、実は2日前に貰ったものなんです」
受付「…え?」
素で驚く受付嬢。
派遣の人かも知れないが、この桐谷という人がもっと前に亡くなっている事は知っているようだ。

私「何だかおかしいですよね…。それで気になって、こちらに来たんです」
受付「はぁ…」
怪訝そうに名刺を見る受付嬢。まぁ、そういう反応になるだろうな。
受付「あの、ちょっと確認しますので、そちらでお待ち頂けますか?」
私「はい」
名刺を返してもらい、私たちは待合いのスペースに向かう。
受付「あ。あの、お名前をよろしいですか」
…っと。そりゃそうだ。

私「神尾です」
受付「神尾様ですね。少々お待ち下さい」
少し動揺している感じの受付嬢だったが、直ぐに受話器を取り、どこかに連絡している。
私たちは待合いの椅子に座って、呼ばれるのを待つ事にした。

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北上「なんか、普通な感じだな」
椅子に座り一息つくと、少し緊張した感じで、北上が言ってきた。

私「受付の人、綺麗だね」
北上「だねぇ。相当、厳選したんだろうな」
私「あの人も、霊感とかあるのかな」
北上「どうだろうなぁ…」
受付の方を見る北上。
私「ああいうの、好み?」
北上「ん?いや、いやいやいや」
手を振り、全力で否定してくる。

私「あれでもダメって…贅沢ねぇ」
北上「いや、俺は…ほら、その…」
私「冗談よ。ほら、リラックスリラックス。普段通り、ね?」
北上「あぁ…そ、そうだな」

北上がため息と共に肩の力を抜いたのを見てから、私は待合いの場に居る人々に目をやる。
年配の人が男女合わせて6人。それぞれバラバラに座っており、知り合いという訳でもない様子だ。

…この人たちは、全員が心霊関係で困っている人なのかな?

以前雨月君に聞いた話だと、往来会はそれなりに”繁盛”している感じだった。
…でも果たして、世の中にはそんなに心霊現象で困っている人がいるのかしら、と思う。
休日とはいえ、ここには私たちを合わせて8人も居る。
こういうところが繁盛するなんて、決して良いことじゃない。

作戦(前)Aへ続く
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