それぞれの武器@

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「ただいまー」

一日の仕事が終わり、家に着く。
広報部長として忙しい時期もあったが、最近は特に残業をする必要もなく、
一般に夕飯時と言われる時間には家に帰ることができている。
これも、往来会の活動が軌道に乗った証かもしれない。

声「はぁーい」
奥から返事が聞こえ、パタパタとスリッパで駆けてくる音がする。
私はこの音に、幸せを感じる。

声「おかえりなさぁーい」
その音の主は、一人娘の真奈美だ。
いつもこうやって、笑顔で私を迎えてくれる。

…今年で17になった真奈美。
早くに妻を亡くしてから男手1つで育ててきたのだが、この子はどこに出しても恥ずかしくない、自慢の娘だ。

――もちろん、そう簡単に出すつもりは無いが。

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真奈美「ご飯もうちょっとだから、先にお風呂入っててね」
私「あぁ」
そう答えると、真奈美は再びパタパタと音を立てて台所に向かって行く。

…フフフ、どうだ。
家事をソツなくこなす17の娘。しかも、父親の私が言うのもなんだが、顔だって可愛い部類に入るだろう。
亡くなった妻と同じ黒く長い髪を後ろで結わいて、楽しそうに料理をしている。
世の中にこんなできた娘は、そうは居るまい。

…と、ふと今日会った学生の事を思い出す。
あの女の子の方、名前は神尾といったか。
どことなく真奈美に似ていて、気立ての良さそうな子だった。
真奈美も、もう少し大きくなるとあんな感じになるのだろうか、なんて考えてしまう。
もっとも、一緒にいた北上とかいうダメそうな男と付き合うのは、考え物だが…。

居間に入り、カバンをソファーに置く。
そして台所に目をやり、改めて我が娘の姿を見やる。

鼻歌交じりで料理をする真奈美。
良い匂いがしてくる。どうやら、今夜は生姜焼きのようだ。

食欲をそそる匂いに包まれながら、私は娘を見続ける。
ちょっと変だと思われるかも知れないが、今日はもう少し、見ていたい。
なぜなら…昼間のアレがあったせいだ。

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上司である、あの人。
今日、その色香に少しあてられてしまった。
普通の女性相手ならそれほど問題ではないのだが、あの人は別だ。
あの人は、あまりに…危険だ。
上手く言えないが、普通の女性とは違うものを感じる。
鈍感であると自他共に認める私でも、それだけは分かる。

私には、2人きりだが大切な家庭がある。
彼女に惑わされ、自分を見失う訳にはいかないのだ…。

…そう思いながら、私は娘の姿を見る。
この子を見ていると、本当に心が洗われる。
自分の中の邪なものが、綺麗に洗い流されていくのを感じる。
癒しとは、こういうものだろう。
この潤う感じが、私を――

――ん?

気分が落ち着いてきたとき、ふとテーブルの上のものに気付く。

それは2組のコーヒーカップだった。

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…誰か、来客があったのだろうか?
私の心に、一抹の不安がよぎる。

そんな私に、真奈美が声を掛けてきた。
真奈美「お父さん、どうしたのー?」
風呂にも入らず居間で突っ立っているので、何かあるのかと思ったのだろう。
私「ん…あぁ、いや…」
何となく、コーヒーカップから目が離せない。
その視線を察してか、真奈美が言ってくる。

真奈美「あ、それね。後で片付けようと思ってたの。ご飯までには片しておくね」
私「あ…あぁ、そう…」
誰だろう…。何故か"最悪の客"を想定してしまう。
まさか…いや、まさかな…ハハ…

私「誰か、来ていたのか?」
自然な口調で聞いてみる。仕事で身につけた、この話術。

真奈美「うんー。さっきまで、バイト先の先輩が来てたのー」
バイト。アルバイト。真奈美は花屋でアルバイトをしている。
真奈美にぴったりの所だと思っていたが…あそこに男性店員は居たか?

――居た。居たぞ。こっそりと何回か見に行ったから、間違いない。

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私「ほぉ…珍しいな」
平常心、平常心…。
真奈美「近くまで来たからーって、寄ってくれたの」
私「そ、そうか…」
平常心…
真奈美「うんー。すっごくカッコイイ、男の人ー」
へ、平常…
……
お…おとこ…だと?カッコイイ男だと!?

…いやいや。
真奈美ももう年頃だ。ボーイフレンドの1人や2人いるだろう。
そう、ただのボーイフレンド。ただの、バイト先の先輩だ。

…が、待てよ?
ただの相手じゃないかもしれんぞ?
この家に来たんだ。この…この、私たちの家に。わざわざ、真奈美に会いに…!
しかも、カッコイイだと?それも、すっごく?すっごくって…凄かったのか?
何が凄かったんだ?
…って、考えすぎだ。すごく格好が良い、ってだけだ。

しかし真奈美がそうやって褒めると言うことは、それはつまり、真奈美もそいつのことを気に入っているのか…?
そんな2人が、この家に2人っきりで…一体、何…い、いや、まてコラ、早いだろう。
まだ高校生…未成年で…いや、成人していても、そんな、この家で何を――

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――まて。待つんだ。落ち着け祐一。
真奈美はそんな子じゃない。
お茶を飲んで、男はすぐに帰ったんだ。まっすぐに。何もせず。
こんにちは。さようなら。それで終わったんだ。

そうだ、落ち着け祐一。深呼吸だ。
お前はあの人の前でも、平静で居られたじゃないか。
ここは鈍感さを発揮してだな…
…って、無理だろ!娘に関して鈍感でいられる訳がなかろう!

もしこのまま真奈美が嫁に行ったら…私は1人取り残され、この家で1人、孤独に…?
いや、婿を貰うんだ。そうだ、そうして一緒に暮らせば寂しくないぞ。
…しかし、義理の息子と一緒に生活…?
「おとうさーん…?」

…お義父さんだと?お前にそんな風に呼ばれる覚えはない!とか、本気で言ってしまいそうだぞ?ドラマじゃなく、本当に。
ちゃぶ台を引っくり返して…って、うちにはちゃぶ台は無いから、何か別の…気合でテーブル引っくり返すか?
でも、床とか汚したら、真奈美に怒られるよな…それはマズイぞ。
自分で片付ければ、許してくれるかな…

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「…もー、お父さんってばぁ!」

…ハッ

私「あ…あぁ、なんだい」
タドタドしく返事をする。平静、平静。

真奈美「ショック受けすぎよ、もー…」
私「…いや、そんなことは全然無かったりするかもだが、でも少しはやはりそうであるべきかとも思うわけでだな」
真奈美「何言ってるか分からないよぉ」

自分でも分からない。

私「あー…それでだな。その…どんな人なのかな?…その…」
その野郎は。その輩は。その不届き者は。その――

真奈美「んー…女の人」
私「…は?」
真奈美「先輩は女の人!もー…冗談で男の人って言っただけだもん」
私「あら…」

なんだ…
私「そうかぁー…」
安堵のため息がでる。危うく、孤独死するところだった。

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真奈美「女子高通いで、彼氏すらできませんよー、だ」
料理を続けながら、真奈美は軽く愚痴をこぼす。
私「そうかそうか」
それは良いことだ、うん。女子高に入れて正解だったな。

真奈美「そんな嬉しそうに言わないでよぉ…」
私「ま、そんなに気にする事じゃないさ」
気にせずそのまま、変な虫がつかないように育ってくれ。
真奈美「こんなに可愛いくて、家庭的なところだってあるのに、何でモテないんだろうなぁ…」

それは単純に、環境のせいだろうと思う。
愛嬌のある性格や、家庭的なところは、真奈美の大きな武器だろう。
それを完全に自分のものにして、上手く使っていけば、この先どうなるか…。
男親としては、心中穏やかではない。

私「そうだなぁ。不思議だなぁ」
と、私が茶化して言うと同時に、炊飯器がピーっと炊き上がりを告げる。

真奈美「あー。ほらぁ、炊けちゃったよぉ?お風呂入るなら、急いで入ってきてってばぁ」
私「あぁ…分かった分かった」

真奈美が変な冗談を言うから遅くなったんだぞ、と思ったが、私は大人しく風呂に向かうことにした。

9/18
――往来会本部前。

時刻は21時過ぎ。
予定より大分遅くなってしまったが、俺は久しぶりに、ここに戻ってきた。
約半年ぶりの…凱旋。
そう、凱旋だ。俺にとっては、凱旋になるんだ。

正面玄関は既に閉まっているので、裏にある会員用の出入口から中に入る。
"営業時間"はとっくに終わっているので人は少ないが、
何かの書類を抱えて廊下を歩いている若い女性を見つけ、声を掛けてみる。
俺「あー…キミ、ちょっといいかな」
女「…はい?」

見覚えの無い顔だ。きっと、俺がここに居ない間に入会したのだろう。
向こうも見ず知らずの人間に声を掛けられて、少し戸惑っている様子だ。

俺「本部長は、もう帰ったかい?」
女「え…っと、確かまだ…先ほどまで外出して居ましたが、戻られた筈です」
俺「あぁ、そう。…上に行けば居るかな?」
天井の方向――2階の本部長室がある方向を指差しながら、聞いてみる。
女「はい、多分…」
俺「分かった。ありがとう」

軽くお礼を言って、俺は2階に向かう。
こちらが何者かを聞かない点が少し不満だったが、まぁ、新人じゃあんなものだろうな。

…俺としては、是非聞いて欲しかったのだが。
昇進した身としては、是非…。

それぞれの武器Aへ続く
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