疑惑と失望A

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ハッと思い、携帯を取り出す。
メールが来ている。送り主は…真奈美だ。

「何時くらいに帰ってこれそう?あまり遅くならないようにね〜」

真奈美から、私を心配するメール…。
私を心配する…?私は、真奈美を心配してここに来たのだ。
心配していたのは私だ。
真奈美を…娘の事を思って。真奈美こそが、私の全てだ。
そうだ…!

頭に霧が掛かっていたような感じから、目が覚める。

どうやら、我を失いかけていたらしい。
目の前の彼女に魅了されていたのか?
…どうだろう。経験が無いから分からないが、そうかもしれない。

私「本部長、すみません。私は――」
高城「汐崎部長。この名刺は、こちらで預かります」
私が言い終わる前に、本部長が言い、テーブルの上に置いてあった名刺を取り上げる。
今その目は…私を見るその目は、先ほどとは異なり、凍るように冷たい目をしていた。

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私「名刺を…?」
高城「えぇ」
このまま渡しても良いだろうか?

…分からない。判断が付かない。
だが…
私「いえ、それはこちらで持っておこうかと…」
取り上げようとする理由が分からないし、どことなく強引だ。
どうもいつもの本部長らしくない。この人なら、もっと上手くできるはずなのに。

高城「…持っていて、どうするの?」
私「どう、というわけでもありませんが…」

ここでふと、ある案が頭に浮かぶ。
私の古い知り合いに、こういう事に詳しい男がいた。
長いこと連絡を取っていないが、彼に見てもらおう。きっと協力してくれる。

私「…娘が受け取ったものなので、娘に返そうかと思います」
高城「…」
私がそう言うと、本部長は名刺を持ったまま黙り込む。

そしてしばらくの後、こう言った。
高城「汐崎部長…」
私「はい」

高城「娘さん…真奈美ちゃん、って言ったかしら?」

その言葉を聞き、私はとてつもなく嫌な予感に襲われた。

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私「はい…そうですが」
高城「17歳だと、高校2年生?」
私「…はい」
本部長はソファーに深々と身を沈め、私を遠目に見るような格好で淡々と質問を続ける。

高城「さっきのメールは、真奈美ちゃんから?」
私「…はい」
高城「帰りが遅いから、心配しているのでしょうね」
私「…はい」
高城「いい娘さんなのね」
私「……はい」
なんの意味も無いような質問だが、その意図はヒシヒシと伝わってくる。
私は知らぬうちに拳を握り締めていた。

高城「確か、近くの女子高に通っているのよね」
私「……」
…知っているのか。

高城「それと…そう。お花屋でアルバイトをしているのよね?」
…!?
そんなことまで…なぜ!?

私は思わず立ち上がる。
これは…これは、明らかに脅迫だ…!

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もし真奈美に何かあったら、許さない…!
そう叫びそうになるのをグッと堪え、私は本部長を睨みつける。
怒鳴りつけてしまったら感情が更に昂り、抑えられなくなりそうだったからだ。

まさか、彼女相手にここまでカッとくることがあるとは、思いもしなかった。
私は、本部長は決して悪い人間ではないと信じていた。

しかし私のそんな思いもむなしく、彼女は悪びれずに言う。
高城「汐崎部長。私、人から見下ろされるのが好きじゃないの。…座ってくださる?」
私「……」
顔を背け、こちらを見ようともしない。
その態度に、私は絶句する。

これじゃ、疑ってくれと言っているようなものじゃないか――
私の中で、今まで本部長相手に描いていたものが、尊敬の念が、崩れ去っていくのを感じる。

若くしてその地位まで登り詰めたのは、こういった狡猾さだったのだろうか?
噂を信じることは無かったが、本当にその身を使ってのことだったのだろうか?

彼女は女性として、とても魅力的だ。私も男だから、正直、惹かれる気持ちはある。
しかし、今までは美しいものと思っていたそれが、急に…汚らしいものに思えてきた。

…私は、彼女に失望した。

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気持ちが萎え、私はソファーに座ることもなく、クルリと後ろを向く。

帰ろう…真奈美の待つ家に。
遅くなって、心配を掛けてはいけない。

あの子のことは、自分が守らねば。
大切なものは、自分の手で守らねば…。

真奈美には、まず、身を守るものを持たせよう。
痴漢対策とでも言っておけば良い。スプレーやらブザーやらを…。

私「…名刺の件は、分かりました」
背中越しに、力無く言う。
私「このことについては、全て忘れます。…失礼しました」

そう言い捨て、振り返ることなく私は彼女の部屋を後にした。

本部長はそれで満足したのだろう、何も答えてこなかった。

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――
汐崎が帰ってからしばらくして、私はノロノロと立ち上がる。
そして玄関まで行き、チェーンを掛け…深くため息を付く。

まったく…。

いつもの鈍感力はどこにいったのか、彼は必要以上に頭を働かせてきた。
上の人間に報告しなければいけない。
広報部長が疑いの目を向けてきた、と。

それが、私の仕事…。

居間に戻り、テーブルの上を片付ける。
ティーカップを見ると、彼は一口も口をつけていないのが分かる。

…せっかく、美味しいお茶を淹れてあげたのに。
私が、せっかく――

ティーカップを床に叩き付け、粉々にしてやりたくなる。

…いけない。
こういうのが、いけない。
これがヒステリーね。

これだから女は…なんて言われてしまいそう。

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ティーカップをキッチンに運び、中身を捨て…綺麗に洗う。

感情のコントロールは大切だ。

感情的になるのは男女で大差はないだろうに、男性に比べ女性のそれは、世間では叩かれる要因になってしまう。
気に入らないことだけど、仕方ない。
それに反抗すれば、またそれもマイナスに見られてしまう。

処世術の1つよ。

私は自分にそう言い聞かせ、洗い物を終える。

何だか、このままでは眠れそうにない。
シャワーでも浴びよう…

私は準備してあった2つのワイングラスを一瞥してから、ローブを脱ぎ捨て、浴室に向かった。

全て、洗い流すの――…
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