報告(前)

1/10
「おはよう――」

朝。
私はいつものように本部へと出勤する。

「おはようございます」
「おはようございます、本部長――」

笑顔で朝の挨拶を交わすのは、とても大切な事。
こうして、爽やかに自然な笑顔で挨拶をするだけで、印象はとても良くなる。
自分という人間を、良いように見せるための笑顔。
意図して作る、自然な笑顔…。

本部長室に入り、デスクに着く。
そして1日の始めに私がすることは…今日の予定の確認。

――私には、秘書が居ない。

私が「必要なし」としたから。
自分の事は全て自分でしたいし、何よりも…私はここの人間をあまり信用していない。
中には良い人も居るけど、全ての会員を、完全には信用できない。

…バカな話。
信用を裏切ったのは、私の方なのに――

2/10
そんな事を思っていると、コンコン、と扉をノックする音が聞こえる。
私「はい」
声「失礼します」
そう言って入ってきたのは、事務課の三島課長だった。

私「おはよう、三嶋さん」
三嶋「おはようございます」
彼はそう言って白髪混じりの頭を下げる。

三嶋課長――今年で54歳になる彼は、とてもマメな男だ。
仕事の正確さに定評があり、その点は上の人間からも認められている。
…しかし彼には出世欲というものが無いようで、課長という地位に甘んじている感がある。

三嶋「こちら、ご依頼の資料になります」
そう言って、一通の封筒を渡してくる。
私「ありがとう」
私はそれを受け取り、中身を簡単に確認する。
――OK。

三嶋「それでは…」
私「はい、ご苦労さま」
一礼して部屋を出て行く三嶋課長。彼もまた、上の人間のすることには一切口を挟まない人間だ。

3/10
A4サイズの封筒には、私が依頼した資料が入っていた。

依頼内容は、ある3人の調査。その調査結果が、1人1枚にまとめられている。
私はその中から2枚を取り出し、それぞれの名前と写真を見る。

…そう、この2人だ。
あの名刺を持ってきた2人――神尾美加と、北上明雄。

どちらにも、気になる点があった。
特に…神尾美加。
写真だけ見ても、彼女の人柄が良く分かる。

利発的で、意思の強さを感じさせる目。
学校の勉強はどうだか分からないけど、賢いタイプだろう。
人付き合いも良さそうで、資料にもその通りのことが書いてある。

北上明雄の方は、人柄云々にはまったく興味を惹かれない。
ただ気になったのは…あの耳。あの時見えた、1つ多い耳。
あれは、彼の方にあった。
私の予想では、恐らく――携帯電話だ。
誰かに繋がったままの携帯。それを彼が隠し持っていた…と、そういう事だろう。
問題は、その相手だ。それについても調べておく必要があるかもしれない。

資料を見る限り、上の人間はきっと、この2人…特に神尾美加のことを気に入るだろう。
なぜなら、一番大切な点…上の人間が求める、ある1つの条件を満たしているから。

4/10
コンコン、と再び扉をノックする音がする。
本日2回目。今度は誰――?
私「はい」
資料を封筒に仕舞い、返事をする。
…すると、思いがけない人物――1人の老人が入ってきた。

「やぁ、高城君」
それは私の上司である、夏目川副会長だった。

夏目川吉次(なつめがわ よしつぐ)――71歳になる彼は、往来会発足時のメンバーの1人だ。
71という年齢の割にはまだ若々しく、初老と言えるかもしれない。

そんな彼と現会長の2人が、約20年前、この往来会を立ち上げた。
2人は元々易者をしており、それがある時思い立って…、ということらしい。

名前の由来については、現世とあの世を行き来するとか、来るべき往生の時のために云々…なんて、建前はそういった話になっているけど、
本当は町の往来で仕事をしており、そこから付けた名前なのだと、会長が笑いながら話してくれたことがある。

5/10
――私がこの会に入ったのは、8年前。私が20歳の頃だ。
当時学生の身で就職の事を考えていた私に、会長自らが声を掛けてくれた。

それから紆余曲折を経て、私は本部長にまで出世できた訳だけど、
それはやはり、会長の力添えがあったからこそだった。

…会長は、私のことをとても気に入ってくれた。
気に入ってくれたと言っても、私の女性としての部分を…という訳ではない。
会の中で私に関する様々な噂があるのは知っているけれど、会長から――もちろん副会長からも、噂にあるような要求をされたことは一度も無い。
ここに来てから、誰とも、何の関係を持った事はない。
もしそんな要求をされていたら、私はここには居ない。今でも、即刻ここを辞めるつもりだ。
女としての武器とそれとは、別だと思っているから。

でも…、どうしても気になる事がある。

私を見出してくれた会長と違って、副会長は私をどう思っているのか?

私は彼に椅子を勧め、お茶の準備をしながらそんなことを考える。
昔から思っていることだけど、一度も答えが出ない。

私は、会長からマンションまで貰っている。
世間一般的に考えれば、私は会長の愛人ということになるだろう。
それも、少し普通ではない形の…。

6/10
夏目川副会長にとって私という存在は、ハッキリ言って不愉快だろう。

2人で立ち上げたこの組織で、私は本部長という役職にいる。
往来会では社長、副社長というものは無く、これが会長、副会長というものになっている。
そして、専務や常務といった役職が無く、その下が本部長になる。

…つまり、副会長の1つ下は、私なのだ。
こんな言い方はしたくないけど、立場的に、私は往来会のナンバー3ということになる。
副会長にしてみれば、これは納得のいかない事だろう。

私の方にしても、当然、戸惑いはあった。
会長の一存で本部長になった私。
任命されたときは周りから色々と言われ、嫌な噂も囁かれた。
…でも、地位に恥じない仕事をすることで、私はこれに打ち勝とうと決めた。
そして、今もそうしている。
プレッシャーに負けないよう、常に気を張っている。
家に帰って1人になるまで、ずっと。

…いや、最近は家でもずっと。
これが普通に、自然になるように。

気を抜いて甘えたいとか、素の自分を見て欲しいとか、そんな気持ちは、もう――

7/10
私「――こちらに来られるなんて、珍しいですね」
私はお茶を置き、副会長の前に座りながら言う。
ここは会の本部だけど、会長も副会長も滅多に顔は見せない。
…いや、会長に関しては、私の知る限り一度も来たことが無い。

夏目川「あぁ、ちょっとね…」
お茶を飲みながら答える副会長。
その心の内は読めない。読めないけど…何をしに来たのかは、検討がつく。
ここは、私から切り出した方が良いだろう。

私「…桐谷の件ですか?」
私がそう言うと、副会長が頷く。
夏目川「何か、おかしなことになっているみたいだね」
私「はい」
おかしなこと。…そう、少し不可解なことになっている。

夏目川「詳しく聞かせてもらっていいかね?」
私「はい。勿論です」

そう言って私は、副会長に報告を始める。

名刺を持ってきた、あの2人の学生の件。耳のことも含めて全て。
…あと、汐崎のことも報告しなければならない。
報告は義務。
それが私の、本部長としての仕事…。

8/10
夏目川「つまり――」
学生の話を終えた所で、副会長が口を開く。
夏目川「その2人は、何かを探ろうとしていた、と」
私「そのようですね」
夏目川「ふむ…」
腕を組み、考え込む副会長。

私「…これが、その2人です」
私はそう言って、先ほどの資料を見せる。
夏目川「ほぉ…。流石、手が早いね」

"手"が早い?…皮肉かしら。

私「その北上という男の携帯から、何者かが聞き耳を立てていました」
夏目川「この男の…」
男の資料を見る副会長。
…しかしそちらはすぐにテーブルに置き、神尾美加の資料を注視する。

夏目川「…主導者はこちらだろうね」
私「はい。私もそう思います」
そう同意すると、副会長は私を見てニヤリと笑う。
…生意気な、と思われたかも知れない。

9/10
夏目川「その耳の持ち主に、キミのことは?」
私「…私がずっと見ていたことは、知られていると思います」
夏目川「ふむ…」
しばらく沈黙する副会長。

私は、相手に知られたことをミスだとは思っていない。
警告の意味も含め、そうするべきであったとすら、思っている。
…それゆえに、この沈黙は気に入らなかった。

夏目川「相手方の検討は?」
私「…分かりません。こちらの知っている人物ではありませんでした」
夏目川「ふむ…」
私「…」
再び沈黙のプレッシャー。
しっかり仕事をしろ、と言われているようだ。

夏目川「…なるほど、よく分かった」
話を切り上げる副会長。プレッシャーは十分伝わったと分かったのだろう。

私「まだ調べ足りない点があるとは思いますが…」
夏目川「いや、キミは良くやっているよ」
私「…ありがとうございます」
真意は分からないけど、良くやっていると言われたなら、こう返しておくしかない。

10/10
夏目川「報告は以上かね?」
私「……」

報告。報告をしなければ。
…私の仕事として、汐崎のことも言わなければ。
彼の娘が名刺を受け取った事と、彼が私に――往来会に、疑いの目を向けたことを。
その結果、彼がどうなるかなんて考えてはいけない。

…考えてはいけない。
いけない。

私は――

夏目川「まだ何か、あるかね?」
私「いえ――…」

コンコン。

自分が何を言おうとしたのか分からない。
彼のことを言おうとしたのか、それとも話を終わらせようとしたのか?
扉がノックされたのは、そんなときだった。

朝早くから続く、今日3度目のノック。
それは私の言葉を切ってくれる、まさに最高のタイミングだった。

…しかし入ってきたのは、私にとって最低の人間――藤木徹だった。
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