接触A

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私「例の名刺の件なのですが」
神尾「…はい」
彼女が往来会を疑う事は構わないが、私の事は信用して貰いたい。
私「実は――」

私は、娘の真奈美が名刺を受け取った話をする。
そうして、私自身の事ではないが、こちらも同じ境遇であることを伝える。

神尾「――お嬢さんも…」
私「はい」
信じてもらえただろうか?
分からないが、ここは隠し事をせずに話すのが良いだろう。

私「それで私も気になってしまって…色々と調べているのです」
神尾「…」
考え込む彼女。
その様子は何かを疑っているというより、少し迷っているように見える。

私「それで、お聞きしたいというか、確認して頂きたいことがありまして…」
私は更に続け、カバンから1枚の写真を取り出す。

私「神尾さんに名刺を渡したのは、この男ではありませんか?」

そう言って、それを見せる。
それは、三嶋さんから貰った、桐谷隆二の写真のコピーだった。

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神尾「あ…」
私「…違いましたか?」
神尾「いえ、この人です」
私「やはり…」

彼女はテーブルに置いた写真をジッと見つめている。
何か、思うところがあるようにも見えるが…?

私「真奈美――うちの子にも確認したのですが、やはり同じ人物みたいですね」
神尾「…」
私「この男、桐谷隆二と言って…桐谷達夫の弟なのです。おそらく、兄の事件のことを調べているのじゃないかと思います」
神尾「…」
私「私としては、どうにかしてこの男を探し出して――」
神尾「あの、すみません」
私「――はい?」

不意に言葉を止められる。
神尾「少し考えさせてもらって良いですか?」
私「…えぇ、どうぞ」

そう答えると、彼女は腕を組んで本格的に考えるようなポーズをとる。
一度家に帰って…と言われるかと思ったが、どうやらそれは無いようだった。

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悩める女子大生を前に、私も一緒に考える。

…といっても事件のことでは無く、この状況のことだ。
目の前には、若く可愛らしい女性。こちらはスーツを着た中年男性。
傍目から見ると…これはちょっとアブナイ。スーツを着ていて、本当に良かった。
真奈美と大差ない年頃の相手に、どうこうという感情も沸かないが、一般にそうとは思われないだろう。
そう考えると、彼女もよく誘いに乗ってくれたものだ。

好奇心が旺盛なのか、他に理由があるのか…真奈美はこういうところは平気かな、と変なところで心配してしまう。

神尾「…あの、何点か質問して良いですか?」
私「あ、どうぞ」

神尾「この話――お嬢さんが名刺を受け取ったという話を、他の誰かにしましたか?」

…想定内の質問だ。

私「はい。私の――上司に話しました」
素直に答えるのが良いだろう。私は、嘘は付きたくない。
この子を、騙したくはない。

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神尾「上司の方は何て?…あ、どんな方です?」
私「私の直属の上司で、本会の本部長になります。信用できる相手だと思っていたのですが…」

高城本部長の事を思い出すと、なぜだか少し悲しい気分になる。
心にポッカリと穴が開いたような感じだ。
…きっと、信用を裏切られたからだろう。

神尾「何て仰っていました?」
私「この件については何も知らない、自分にも一切忘れるように、と。…桐谷の名刺も没収されてしまいました」
少しは相談に乗ってくれると期待していたが、門前払いをされた気分だった。

神尾「そうですか…」
私「はい。それで、独自に調べてみようかな、と」
神尾「…」
私「力になってくれるのでは、と思ったのですけどね…。事件について、何か知っていそうな雰囲気だったので」
神尾「信用できる人だと思っていた?」
私「はい」
神尾「…」
私「結果的には話さないほうが良かったみたいで…失敗でした」
神尾「忘れるように、と…」
私「はい…」

何だろう?気になるような事があるのかな?

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神尾「どういう方なのですか?その…本部長さん」
私「えーっと…」

どう説明すべきかな。年恰好の事を率直に言うと、あらぬ誤解をされそうだ。

私「彼女は、ですね…若くして――」
神尾「彼女?」
私「…あ、えぇ。本部長は女性です。まだ若い…28の」
神尾「へぇ…28で本部長…」
同じ女性として、感心するところはあるようだ。

私「それで、ですね…仕事に関しては、それはもう――」
神尾「美人ですか?」
私「え…あ、はい。とても魅力的ですよ」
神尾「お茶汲みがお好きですか?」
私「えぇ、変わった人で――…は?」

突然の質問に驚かされる。一体なんで、どこからそんな質問が出てくる?

神尾「あ、やっぱり。あの時、お茶持って来てくれた女の人ですよね?」
私「え、えぇ…実は。凄いですねぇ。よく…」
神尾「アハハ…勘ですよ、勘。第6感ってやつです」

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神尾「あの人かぁ…」
私「えぇ、あの人です」
神尾「色っぽい方ですよね」
私「はい…。お陰で、いつも目のやりどころに困ります」
神尾「アハハ…」
なぜだか、本部長の話で打ち解けることができたようだ。
…クシャミでもしていそうな本部長の姿が思い浮かぶ。

神尾「…信用していても、良いんじゃないですか?」
私「はい?」
また唐突に、何を…

私「本部長の事ですか?でも――」
神尾「何かを知っているからこそ、忘れろって言ったのかも知れませんよ」
私「…しかし、ですね」
神尾「汐崎さんが信用していた人ですよね?相手の本部長さんも、自分を信用してくれていることは、知っていたと思うんです」
私「…」
それはあるだろうと思う。
信頼関係は築けていたはずだ。…だからこそ、それが崩れたと思ったのだ。

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神尾「だったらそんな風に考えないで、危ない事だから身を引くように言ってくれた、って思いましょうよ」
私「ふーむ…」
神尾「汐崎さんのこと、心配してくれたんですよ。きっと」

ポジティブだ。人を信じる事に躊躇をしない。
恐らくこの子の周りには、信じるに足る友人が居るからだろうと想像できる。

…でも確かに、良い方に考えるとそうなるのかも知れない。
私はなんで、そう思わなかったのだろうな…と思い、すぐに気付く。
――真奈美の事だったからだ。
自覚はしているつもりだが、娘が絡むと、どうしても周りが見えなくなってしまう。
ひょっとして私は…本部長に悪い事をしたかもしれない。
少し、酷な態度を取ってしまったかも…。

私「そうですね…」
神尾「そうですよ。だって、お互いに信頼があったのでしょう?」

もし本部長のあの態度が、何か理由のあることだとしたら…?
……
イカンな。もう1度会って、話をする必要がありそうだ。
一言謝って、今度はちゃんと…

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私「いやぁ、何と言うか…諭されてしまいました」
気恥ずかしくて、ポリポリと頭をかきながら言う。
神尾「あ…いえ、すみません、生意気な事言って…」
申し訳なさそうに小さくなる神尾嬢。

私「いやいや、全然。ありがとうございます。もう一度、相談に行ってみますよ」
神尾「そうですか…良かったぁ」
笑顔で応えてくれる。本当に良い子だ。

そして話がひと段落つき、「それではこれで…」と言いそうになったところで思い出す。
話しかけた目的の1つを、忘れるところだった。

私「あの、それでですね…」
神尾「はい?」
私「その…ちょっと言い難いのですが、お願いがありまして」
神尾「何でしょう?」
私「連絡先を、ですね…」
神尾「あぁ、はい」

そう言って彼女は携帯を取り出す。
…先に悟ってくれて良かった。
若い女性相手に、「電話番号を教えて下さい」なんて、上手く言える自信はなかった。

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私「――これで…できました?」
このために必死で勉強した「赤外線通信」というものを使って、携帯番号の交換をする。
神尾「っと…はい、大丈夫です」
私「何かあったら、いつでも連絡してください。…私の方からも、何か分かったら連絡して良いですか?」
神尾「それはもう、是非」
何だか楽しそうな顔で言ってくる。
こういうことが好きな子なのだろう。好奇心も程々に…と思うが。

その後は聞かれるままに娘の話などをし、自分としては大分打ち解ける事ができた感じだった。
…まぁ、人当たりが良く話しやすい、彼女の人柄のお陰だろう。

そして日が暮れてきた頃に彼女と別れ、私は1人、家路についた。

――2人で会っている間、それをジッと見張っている者が居た事には、気付く由もなかった。
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