訪問者

1/9
彼と会ったのは、6年前。
私が入会してから、2年経ったときのことだった。

会長の”お気に入り”だった私は、他の会員とは異なり、滅多に本部に来ることも無く、会長の下であらゆる事を学んでいた。
入会してから2年間もそんな状態だったので、会長と私の間には色々な噂が流れ、たまに本部に行くと、私は常に好奇の目で見られていた。

そんな時、広報の仕事を学ぶため、当時は課長であった汐崎祐一と出会った。

彼はその時37歳。こちらは22歳という若さ。
私は決して惚れやすい性格でもなければ、年上好きという自覚もなかったけれど…一目で彼を好きになってしまった。
その気持ちは、その後、彼が奥さんと死別していること、一人娘がいることを知っても変わらなかった。

でも…その想いを表に出すことはしなかった。
理由は色々とあるけれど、私の立場と年齢差を考えただけでも、到底、口には出せなかった。

本部長になってからは、完全に”上司”として彼に接した。
プレッシャーに負けないように常に気を張っているけど、彼に対しては特に意識をして、そうしている。
己の武器を前面に出し、上からものを言っていると…”背伸び”をしていると、彼との年齢差が縮まるような錯覚もあったから…。

2/9
マンションの自室。
私はソファーで横になり、そんな事を考える。

汐崎さんが監禁されてから、今日で2日が経った。
昨日の夜、彼から言われた事は…ある程度の覚悟はしていたものの、やはりショックだった。
一晩でなんとか立ち直り、今日も普通に…と思ったけど、本部に行って彼の顔を見てしまうと、やはりダメだった。
普段通り上司として話し掛けることもできず、早々に仕事を切り上げ、定時になると、逃げるようにして帰ってきてしまった。

もう、彼からの信用は得られないかもしれない…。

それが悲しい。
考え出すと、落ち込んでいってしまう。

…でもそれでも、約束は守りたい。
真奈美ちゃんとの約束と、彼との…こちらから一方的にした約束も。
あの2人を無事に、元の生活に戻してあげたい。
なんとかして――

カラ〜ン…

不意に家のチャイムが鳴る。
もう…誰?

私はノロノロと立ち上がり、ドアホンに向かう。

3/9
私「はい…」
声「…高城さんのお宅でしょうか?」

若い男の声。
何かの勧誘かなと思い、備え付けのモニターを見ると、1階の玄関ホールにスーツ姿の男が立っているのが分かる。
知らない顔だけど…と、目を凝らすと、その男は、こちらが見ていることを知っているかのようにカメラを見つめ返してくる。

そこで私は、その訪問者が誰であるかを理解し、愕然とする。

これは…どういうこと?

男「…」
ホールの男は、ジッとこちらを…カメラを見つめている。
間違いない。この男は、写真の――

男「高城沙織さん、ですよね?」
男が私の名前を言ってくる。
私は一呼吸おいて、気持ちを静めてからそれに応える。

私「えぇ、そうよ…。桐谷隆二さん」

4/9
桐谷「あぁ…良かった。間違っていたらどうしようかと思いましたよ」

そう言って、ニッコリと笑う桐谷。
私「そう…、良かったわね」
私は頭を、"本部長モード"に切り替える。

この男が私を訪ねてきた目的、意図は、想像がつかない。
特に今の私では…少し情緒不安定になっている私の頭では、考えがつかない。
…でも、桐谷に対しては後手に回っているこちらにとって、弱気なところを見せる訳にはいかない。

桐谷「あの、少しお話がしたいのですが…お会いできませんか?」

話がしたい…、ね。

私「…どこか、外でよろしい?」
桐谷「えぇ。それは勿論。さすがに、お部屋にお邪魔はできません」
照れるように言う桐谷。
どうやら、私が1人暮らしをしているということは知っているようだ。

私「足は…車よね?」
桐谷「えぇ、車です」
私「じゃあ――」
私は、ここから少し離れた場所にある、喫茶店を指定する。

5/9
桐谷「あぁ、来る途中にありましたね、そんなお店。分かりました」
私「そこに、そうね…」
私は時計を見る。
19時半。今から…

私「…1時間後で良いかしら?20時半までには着くようにするわ」
桐谷「20時半ですね、了解です」
素直に了解する桐谷。
こうなることは読んでいたようだ。

私「ごめんなさいね。ちょっと、支度しないといけないから…」
桐谷「いえいえ。こちらこそ突然、すみません」
にこやかに応えてくる。恐ろしく友好的だ。

私「それじゃ、後で――」
桐谷「あぁそうだ、高城さん」
私「…何?」
桐谷「誰を連れてきても構いませんから。何人でも…どうぞ」
私「…」
最後にそう言い、彼はホールから出て行った。

6/9
何人でも構わない…、か。

今から本部に電話して、10人でも20人でも連れてきて取り押さえる?
…まさか、街中でそんなことができる訳もない。

でも、桐谷を捕まえられれば…事態は収束して、汐崎さんは解放されるかもしれない。
ここはよく考えたい。
そのために、時間を貰ったのだから。

実際に取り押さえるには、何人も要らないだろう。
藤木1人でも事足りそうだ。
でも、周囲に知られないようにするには、副会長の部下が適している…ような気がする。

私は頭をフル回転させる。

一番大切な事は何?
そのために、私は何をすれば良い?

――そうして考え抜いた後、私は携帯を手に取った。

7/9
――
20時前に、俺は指定された店に着く。

ごくありふれた普通の喫茶店だが、この時間だと流石に客は少ない。
窓際の席に着いて上着を脱ぎ、とりあえず珈琲を注文しておく。

さて…、と。

鮎川古乃羽、神尾美加、汐崎真奈美…そしてこれから、高城沙織。
思えば、女性とばかり会っているな、俺は。
しかしこういうのも、これで最後になるかも知れない。

今回は今までとは違い、危険な賭けとなった。
高城沙織とは初めからコンタクトを取る予定だったが、少し事態が変わってしまったからだ。

高城沙織が、汐崎祐一に想いを寄せていることは分かっている。
それがあるため、汐崎が監禁されている今、彼女に会うのは危険を伴うことになった。

俺の身柄を確保できれば、汐崎は解放される…。
そう考えて、彼女が強引な策に出る可能性が高まってしまったのだ。

冷静に考えれば、汐崎が解放される可能性などまったく無いのに、だ。

8/9
珈琲を飲みながら、高城を待つ。

果たして、誰を連れてくるだろう。
あの…藤木という男か?
…まぁ、それは無いだろうな。
高城が藤木を嫌っていることは傍目にも分かるし、まさか兄貴を殺した男を、弟の俺に会わせるような事はしないだろう。

一番あり得るのは、副会長の部下だ。
連れて入ってくるのは1人。
表で見張る人間が数人。帰りに、俺の車を尾行する人間が更に数人…という形で。

その他には、副会長を連れてくるという手もあるかな。
あの爺さんとは、一度話をしてみたい。

…しかしまぁ、どんな人間を連れてこようと、俺には逃げ切る自信がある。
高城の部屋に招かれたら多少の危険はあったかも知れないが、街中でなら派手なことはしてこないだろう。

今日の目的は、高城沙織がどういった人物か、それを知ることだ。
この件をどう捉えているか。これからどうしようと考えているか。

できれば往来会の内情も詳しく知りたいが、今はそれだけでも良い。

9/9
20時半が迫る。

まもなく来る頃だろう。
こちらも覚悟を決めなければ。
高城本人は来ない、というパターンもあるが、それも頭に入っている。

常に先手を取るのだ。
それを心掛け、注意しなければならない。

――そして、約束の時刻になる。

…と、店に高城沙織が入ってくるのが見える。時間ぴったりだ。
俺は席を立ち、こちらですよと合図をし…そのまま凍りつく。

…やられた。
最悪だ…。

なりふり構わず、急いでこの場から逃げ出したい気持ちに駆られるが…そんな訳にもいかない。

俺にとって、唯一会いたくない…頭の上がらない人物。
高城沙織に続けて入ってきたその人を、俺は力無く見る。

…それは、汐崎真奈美だった。
怖いサイト.com
ベストヒットナビ
感想・雑談はコチラ
もっと探す@AB
[戻る]
- mono space -