計画の進行(前)

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その日――

午後16時過ぎ、汐崎家に一台の車が着く。
訪問者は、往来会の女性2人。
高城沙織からの命令で、汐崎真奈美を連れに来たとのことだった。
2人は真奈美に、急いで来て欲しいと言い、すぐに来れば父親に会える、と言った。

真奈美は、高城本人に確認しようかと考えたが…止めてしまった。

往来会本部に行くのなら、高城に会えることは分かっていること、その2人の女性からは、藤木に比べ、危険な気配を感じなかったことがその理由だった。

2人の女性は――暗い目をした2人の女性は、真奈美を速やかに本部へと連れ去った。

桐谷に言われるまで、高城でさえ気付けなかったその怪しい目に、汐崎真奈美が気付くはずもなかった。

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――午後17時。神尾宅。

大学での講義を終え、真っ直ぐ自宅に帰った私は、この時間までラット君と見つめ合っていた。

往来会の副会長さんとの待ち合わせは、18時。
場所は、私の家の最寄り駅だ。

どう考えたって…普通に考えれば、怪しい。それに、危険。
うら若き乙女が、1人でどこに行こうというのやら。

…でも、行かないとな。
私は、行かないといけない。
理由は分からないけど、ただ、そんな風に思う。

私「キミは、どう思う?」
私は"彼"を抱えあげて、聞いてみる。
優理ちゃんがくれた、クマのヌイグルミ。
ちょっと不思議な、ヌイグルミ…。

私には分からないけど、古乃羽や雨月君には、この子はどう見えているのだろう。
ひょっとしたら、この子を通じて優理ちゃんと会話ができたり…?
…なんて事を、考えてしまう。

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私を助けてくれるという、この子。
確かに、一緒に寝たり、抱きかかえていたりすると、気持ちが落ち着く。

できれば…この子も連れて行きたい。
不安な気持ちがあるから、一緒に居て欲しい。

でもそんなの、どう見てもおかしいよね。
優理ちゃんくらいの年恰好の女の子ならまだしも、私なんかが、どこに行くにもクマのヌイグルミを抱きかかえていたら…ちょっと変だ。

それに、今から行くところ――会う人のことを考えると、逆に危ない気がする。
普通のヌイグルミじゃないってことは、すぐにバレてしまいそうだ。

私「だから、キミはお留守番ね」
私はそう言ってラット君を棚に置き、頭を撫でてあげる。
そして、その代わりに翡翠のキーホルダーをポケットに入れる。
古乃羽の話では、これ自体にはお守りとしての効果はあまり無いってことだけど…私にとっては、大切なもの。

そうして出掛ける準備を済ませた私は、部屋を出る。

…ただその前に、私はラット君にお願いをしておいた。
私に何かあったら、古乃羽に「ごめんね」って伝えて欲しい、と。

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――午後18時前。往来会本部、本部長室。

三島「…それでは、お疲れさまでした」
私「お疲れさま」
1日の事務報告を終え、いそいそと部屋を出て行く三島課長。
今日は、これから用事があるらしい。
きっと彼のことだから…奥さんとの用事だろうな。

三島課長は、知る人ぞ知る愛妻家だ。
奥さんは落ち着いた感じの綺麗な人で、何回か会ったことがある。

その度に、あんな風になれたら良いな、なんて思う。
揺ぎ無い信頼関係があって、深い所でしっかりと繋がっている2人。
彼らは結婚して30年近くになるらしいけど、羨ましい限りだ。
私の描く、理想の夫婦像に近い。

…そういえば。

今日は、汐崎さんの姿を見なかった。
最近は、ちょっと顔を合わせることを避けていた感があるけど、居るのと居ないのとでは大きな違いだ。

ちょっと様子を見に行こうかな…

そう思い、私は例の宿直室に向かった。

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「清掃中」の札が掛かっている会議室の前を横切り、宿直室への長い廊下を歩く。

…歩きながら、どんな顔をして会うべきかを考える。
やっぱり上司モードで会うべき?それとも…?

素の自分で彼に会ってしまうと、どうなるだろう。
真奈美ちゃんとの仲が深まるにつれて、私の中での彼への想いも強くなっていた。
私が突然甘えるような事をしたら…きっと驚かれるか、引かれるのは目に見えている。
だから、そういうのは止めた方が良い。…今は、まだ。
こんな事態だし、少なくとも、この場所でそんな態度は見せたくない。

でも、少しくらいは――

そんな事を思いながら、宿直室のドアの前に立つ。
そしてノックをする…が、返事は無い。
また考え事をしているのかな?と思いながら、私はドアを開けて中に入る――

――と同時に、首の後ろに強烈な衝撃を受け、私はその場に崩れ落ちる。

…薄れていく意識の中、私の目には、部屋の中で倒れている真奈美ちゃんの姿が映った…。

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――午後18時。某駅前。

神尾美加が夏目川と会い、彼の車に乗り込んでいく。
人通りの多い場所と時間故に、彼女も安心しているのだろう。

その様子を、俺は少し遠くから見守っていた。
そして奴の車が出た後、ワンテンポ遅らせてから、俺も車を発進させる。

…計画通りだ。
神尾はこのまま、壷のある場所まで連れて行かれるのだろう。
一応、相手の車を見失わないように注意はするが、目的地は奴の別荘だと分かっている。
そこまでは調査済みだ。

後はタイミングを見計らって、上手く壷を手に出来れば良い。
手に持ちさえすれば、それが壊れてしまうことを恐れる奴は…部下も含めて奴らは、こちらに手出しは出来ないだろう。

気を付けるべきことは…例えば、ダミーの存在か?
でも、それも大丈夫だ。
俺は既に、夢の中でアレを見ている。
あの禍々しいものを見間違えることは無い。

問題はない。全て、問題はない。
兄貴の無念を晴らし、桐谷家の呪いを消せるのも後少しだ。
そう思いながら、俺は2,3台前の車を睨み付ける。

…このとき既に、自分自身が見張られていたことに、気付くことはできなかった。

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――午後19時。夏目川の別荘、地下室。

目を覚まして辺りを見渡しても、ここがどこだか分からなかった。
宿直室で急激な眠気に襲われ…気が付けばスーツ姿のまま、この冷たい床で横になっていた。

小さな電球が1つだけの、薄暗い部屋。
出入り口らしい扉を開けようとはしてみたが、ビクともしなかった。
大声を出しながら叩いてみても、何の反応もなし。

どうやら…どこか、辺鄙な場所に閉じ込められたようだ。
そう思うと共に、軽い絶望感を感じる。

軽い…

…軽い?
とんでもない。
これは、どうしようもない事態だ。
自分の今の状況からして、これは明らかに――

…いや、考えたくない。
気が滅入ってしまうのを飛び越して、おかしくなってしまいそうだ。

真奈美…真奈美の事を考えよう。
あの子は、今どうしているだろう?

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腕時計を見ると、時刻は19時過ぎだった。

真奈美は夕食を食べただろうか。
今はきっと、たった1人での夕食だろう…可哀想に。
母親が亡くなってから、あの子に寂しい思いはさせたくなかったのに…。

真奈美のためにも新しい母親を、なんて考えたこともあったが、私はどうもダメだった。
女性相手には奥手で、しかも子持ち。こんな私のところに、誰が――
…と思ったところで、何故か本部長の姿が頭に浮かぶ。

そういえば、彼女には最後まで酷い態度を取ってしまった。
誰かに苛立ちをぶつけたくて、最低なことをしそうになって…それ以来、どうも顔を合わせるのを避けてしまった。
真奈美を守ってくれる、とまで言ってくれたのに。

本部長がそれを本気で言ってくれた事は、分かっていた。
彼女はそんな嘘をつく人じゃない。
だから、真奈美をお願いしますと、それだけでも言いたかったのに…。

後悔ばかりしながら、私は冷たい床に座り込む。

…2人の無事を祈ろう。真奈美と、本部長…高城沙織の。
そして、勝手なことだが――情けないくらい、本当に勝手なことだが――信じよう。
彼女が、真奈美を守ってくれることを…。
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