計画の進行(後)

1/11
――誰かに呼ばれたような気がして、私は目を覚ます。

えっと、ここは…宿直室?
…あぁ、そうだ。私はここに来て、誰かに――

首の後ろが、少し痛い。
人間て、あんな風に気を失うものなのね…
私はそんな事を思いながら、すぐには起き上がらず、横になった状態で辺りを確認する。
…と、すぐ横に真奈美ちゃんが倒れているのに気付く。

私「真奈美ちゃん…」
ゆっくりと上体を起こし、彼女の様子を見る。

…息はしている。それも規則正しく。
顔色が悪いことも無く、外傷も無さそう。これは――

声「寝ているだけだぜ」

部屋の入口の方から、聞き覚えのある声が聞こえる。
…最低。

私「どういうつもり?…藤木」
私は首の後ろを押さえながらゆっくりと立ち上がり、声がした方を見る。
そこには、ニヤけた顔の藤木が立っていた。

2/11
私「真奈美ちゃんに何をしたの?汐崎さんはどこ?」

私はできるだけの虚勢を張り、藤木を問い詰める。
ここで気後れしてはいけない。
どうやらこれは…最悪の状況のようだ。

藤木「お嬢さんには、グッスリと寝てもらっているだけさ。きっと、引っ叩いても明日の朝までは起きないだろうなぁ…」
私「…」

明日の朝、と言われて時間が気になった私は、部屋の時計を見る。
…19時過ぎ。気を失っていたのは30分くらいか。

私「…汐崎さんは?」
なぜ真奈美ちゃんにそんな事をしたのか。なぜ彼女がここに居るのか。
それはきっと…嫌だけど、想像が付く。
それより分からないのは、汐崎さんの行方だ。

藤木「さぁねぇ、どこに行ったのかねぇ〜?」
首を左右に振りながら、おどける様に藤木が答える。
その様子には、何か…不快さを通り越した、異常を感じる。

3/11
私「…知らないのね。なら、良いわ」

…もちろん、良くない。
でも今ここでコイツ相手に、僅かでも弱いところは見せたくない。

私「それで、あなたはここで何をしているの?」
情けないことに、少しだけ足が震えてしまう。
なぜなら、この男からいつも以上に危険なものを感じるからだ。
私はそれを隠すように声を張り、藤木に質問をする。

藤木「何って…何だと思います?」
そう言いながら、土足のまま藤木が部屋に上がってくる。
…その手には、霧吹きのようなものが握られている。

私「聞いているのは私よ。…答えなさい」
近寄ってくる藤木に対して、逃げ出したい気持ちを抑えながら、私は言う。
私のすぐ足元には、真奈美ちゃんが倒れている。
彼女を見捨てて、一人だけ逃げるわけにはいかない…。

藤木「本当は、これですぐに眠らせても良かったんですけどねぇ…」
私の目の前まで来た藤木は、そう言いながら手に持っている霧吹きを軽く振る。
言い分からして、中身はどうやら…睡眠剤のようだ。
もしそうなら、今ここで使わせちゃいけない。絶対に…。

4/11
藤木「ちょっと伝言がありましてね。副会長からの」

副会長…ね。
何を言われるのか、何となく想像は付く。どうせ――

藤木「もっと素直な女に生まれ変われ、ってさ」

…そんなことだろうと思った。
本当の私を知っている訳でもないくせに…。

藤木「というわけでぇ、これでお休みになって――」
私「…藤木、それで良いの?」
霧吹きをこちらに向けた藤木に対し、私はその目をジッと見つめながら言う。
こんなこと、コイツにはしたくないけど…。

私「あなたは良いの?私を…殺してしまいたいの?」
藤木「ん…?」
私「私が嫌い?」
藤木「…」

藤木は私の目を見つめながら、その手を下ろす。

こんなことは、イヤ。
汐崎さん以外に、こんなことしたくない。
…でも、今は真奈美ちゃんが居る。
自分だけならまだしも、私は彼女を守らないといけない――

5/11
私「好意を持ってくれているって、思っていたのに」
藤木「…」
私「こんなこと、するなんて…」
藤木「ま…」

私は誘惑するように、藤木の目をジッと見つめる。
彼を上手く取り込んで、この場を逃れる。今は、それしかない。

――しかし、そこに誤算があった。

藤木「ま…魔女…」
私「…?」
藤木「魔女…だ…!」

不意に藤木の目から光が失われ、そこに闇が生まれる。
その目をジッと見ていた私は、逆に取り込まれそうになり、慌てて視線を逸らす――
――が、そのせいで、彼が再び手を上げ、私に霧吹きを吹きかけたことに気付くのが遅れてしまった。

甘く痺れるような香りが鼻と口から体内に広がり、意識が混濁する。
私は立っていられなくなり、その場によろよろと崩れ落ちる。

6/11
藤木「魔女!魔女だ!誘惑された!取って喰われるぞ!」

倒れた私のすぐ傍で、藤木が叫んでいる。

何てこと――

藤木「火炙りだ!魔女は…火炙りだ!」

…壊れている。
藤木は既に、壊されている…!

藤木「眠らせて火炙りです!生きたままぁ、火炙りですよぉ!」
意識を失いつつある私の鼻と口に、今度は布が押し付けられる。
先ほどより強烈な…甘さなど欠片も無い、吸い込めば身体が痺れるだけの、危険な香りを感じる。

吸い込んじゃいけない――

徐々に消えゆく意識の中、ただそれだけを思い…私は息を止める。
どのくらいの間そうしていられるか分からないけど、それが私にできる、精一杯の抵抗だった。

…しかし意識は薄れ…やがて私は、そのまま意識を失った…。

7/11
――
神尾美加を乗せた車は、山道を登っていった。

ここからは一本道で、この先には、夏目川の別荘がある。
俺は奴の車が十分離れた後、道の脇に車を止め、そこで降りる。

ここからは、徒歩だ。
この辺りの道は、既に調べてある。
ここを歩いて登って――

――突然、道の前後から車が現れ、こちらに迫ってくる。
そして、車を降りたばかりの俺の目の前で急ブレーキ。俺は前後を挟まれる。
こちらも咄嗟に山道に逃げ込もうとするが、そこから数人のスーツを着た人間が現れ…
更に振り返った先、俺の車の逆側からも、数人が現れる。

ほんの僅かな間の出来事だった。

俺は、完全に行動を読まれていた。
車を止める場所すら読まれ、こちらが車を降りるタイミングを狙われた。

こんな簡単に、か…。
ただの老人を相手にしているつもりはなかったが、俺が甘かったか?

畜生…!

8/11
「――分かった。よくやった」

別荘に着き、車を降りたところで部下から連絡が入り、桐谷隆二を捕らえたことを知る。

私「では引き続き…分かっているな?」
私は命令を確認し、携帯を切る。

簡単なものだ…。
もはや、何の障害も無い。

共に車を降り、辺りの様子を窺っている神尾美加を見ながら、そんな事を思う。

私「すみません、仕事のことで…。さぁ、ここです。行きましょう」
神尾「あ、はい」
私は神尾を伴い、別荘に入る。

…終わったな。

この別荘は、よくあるログハウス的なものではなく、純和風の一軒家に近い造りになっている。
私がここで隠居生活を送るために、建てたものだ。

その何よりの特徴として…この中では、携帯の電波を遮断している。
後々は不便になるので解除するつもりだが、今はそうしている。

9/11
神尾美加をここに連れてくるにあたって、私が最も気にしていたことは、例の"耳"の事だった。

しかし、ここ数日神尾をマークしていたが、それらしい人物との接触は見られなかった。
霊感持ちの子――鮎川古乃羽という名前だった――とは、よく一緒に居たようだが、報告では彼女は耳の人物ではない、とのことだった。

こちらを探っていたのだから、当然接触はあるだろうと思っていたが…結局、そんな素振りは無いまま、今日を迎えた。
勿論、知らない間に会っていた可能性はある。普通に考えて、電話で連絡を取っていた可能性は、十分にあるだろう。

…しかし、それなら良いのだ。
電話という媒体を通してのみ、という話なら、何の問題も無い。
中に入ってしまえば、神尾は完全に孤立する。

しかも、部下にはここに来る道を見張らせている。
往来会の人間であろうと、誰一人、決して通さないようにと言って…。

10/11
――
20時を少し過ぎた頃…

冷たい床に胡坐をかき、真奈美と高城沙織の事を考えていると、突然扉が開かれる。
私はアッと思い立ち上がるが、扉はすぐ閉じられてしまう。
1人の男を、私の目の前に放り込んでから…。

私「…大丈夫ですか?」
私は再び座り込み、放り込まれた男に声を掛ける。
すると――

私「…桐谷隆二?」
写真でしか見たことのなかった顔が、そこにあった。

桐谷「イタタ…。えぇ、そうです…はじめまして」
桐谷は腰を押さえながら私の目の前に座り、挨拶をしてくる。

桐谷「汐崎祐一さんですね。いやぁ、こんなとこで会うとは…生前は兄がお世話になりました」
ペコリと頭を下げる桐谷。
それに対し私は…どう対応して良いか、迷ってしまう。

11/11
私は桐谷隆二に対して、恨み言を言ってやりたい気持ちがあった。
真奈美を巻き込んだことについて、殴り倒してやりたい気持ちがあった。

しかし、最近の1人での時間を利用して、冷静にこの一連の事件について考えてみた私は、1つの事を確信した。

――桐谷隆二には、確固とした目的がある。

兄の事件を解決する…それ以外の、何かが。
それは手段を選んでいられないような、切迫したものに違いない。
そしてそれは、往来会にとって、不利益になることだ。
私はそれについて、彼と話をしてみたいと思っていた。

私は早速、彼に自分の考えをぶつけてみる。
…すると、彼は答えを返してくれた。
高城沙織と、何と真奈美にも話したという話を、私に教えてくれた。

それにより、私はようやく…ここにきてようやく、往来会の秘密を知った。

…と同時に、この状況がいかに絶望的であるかを、改めて思い知ったのだった…。
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