激流A

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佳澄のことだって、そうだ。
きっと、この世界で「生きていた彼女」の事を一番良く知っているのは、私。
次に、古乃羽かな?そういう記憶力じゃ、負けないんだから。

では…彼は?彼のことは?

副会長「では、こちらに」
副会長さんがそう言って、私を部屋の中央――壷が置いてあるところまで連れていく。
背中に手を添えて…まるで、もう逃がさないとでも言いたげに。
でも、そんなことはどうでもいい。私は、もっと考えないといけない。
私…私は――

…彼のことを知らない。

何でなの…?
付き合っていたのに。
彼のこと、あんなに好きだったのに。

何で、もっと…彼のことを知ろうとしなかったのだろう。
彼が生きているうちに、何でそれができなかったのだろう…。

…あぁ、だから、なんだ。
やっと分かった。
だから私は、こんなにも彼に会いたのね。
彼のことを、知りたいからなのね?

…でもそれって、なんて――ひどい話なの?
そんなの、生きている人間のエゴじゃない――

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副会長さんが箱から壷を取り出し、座っている私の目の前に置く。
あ、あの壷…蓋が付いているんだ、なんてことを、頭の片隅で思う。

副会長「さぁ、どうぞ。蓋をお取りください」
私を促す副会長。
そんな私の頭の中は、相変わらずモヤモヤしているけど…
今ここに至って、急速にそれが晴れていく感じがする。

相手が生きているうちに出来なかったことを…してあげられなかったことを、死んでしまってからやろう、なんて。
後悔したことを、自分だけ戻って、やり直そうなんて。

それで、前に進むなんて言えるの?
…んーまぁ、言えなくはないのかな。
ただそれって、後ろ向きな考えよね。

そんな風に、後ろを向いたまま前に進む?
私は、それでいいの?
そんなことでいいの?

…イヤに決まっている。私は、そんなことは望まない――

自問自答を繰り返していくうちに霧が晴れ、視界が開く。
目の前が明るくなる。

…そしてそこで、気付く。
私を見つめる視線。
部屋の周りに立つ人々の、その暗く淀んだ目の正体に。

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あの目…。
そうだ。どこかで見たと思っていたけど、やっと思い出した。

――暁彦だ。
ずっと前に古乃羽が言っていた、あの「嫌な目」だ。
これはどういうこと?
…なんて、考えるまでもない。

「暁彦もね、小さい頃にあの壷を見たの」
源川さんはそう言っていた。更に容子さんもそれを見た、と。

明らかに常軌を逸していた暁彦。
壊れていた、と言っても差し支えは無い。

暁彦がそうなったのは、いつから?
父親の実験台になってから?母親が亡くなってから?
それとも…壷を見てから?

…分からない。
本当のところは、分からない。

でも、もし壷を見たときからだったら、どうなるの?
一緒に壷を見た母親――容子さんは亡くなって、生き延びた暁彦はどうなったの?

そう考えながら、私は目の前に置かれた壷を見つめる。
そして…全てを理解する。

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暁彦が壊れてしまった本当の理由と、母親である容子さんの死因。
源川さんが望んだことの理由。
それと、私の進む道――

全て分かった。
そして、今するべき事が決まった。

目の前には、副会長が居る。
私に壷を見せたがっている、暗い目をした副会長が。
…間を置いたらいけない。

やるなら、すぐに。迅速に――
意を決した私は壷に手を伸ばし、両手でそれを掴み、立ち上がる。

副会長「何を――!?」
私の突然の行動に、副会長が驚きの声を発する。
そして私を止めようと、手を伸ばしてくる。
部屋の周りの人々も、私に向かってこようとしている。

…でも、遅い。
私は手にしたものを頭上高く掲げ、副会長を避けるように横を向く。

先に進むって、こういうことよ――

そして息を深く吸い込み、目をきつく閉じると、壷を思いっきり床に叩きつけた。

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壷が割れる音。
少し耳障りな、砕け散る音。

下が畳だったので不安ではあったけど、私の耳には、私の望む音が聞こえた。

…でも、破片が足に当たるような気配がない。
破壊音は聞こえたけれど、何かが飛び散ったような気配がない。
その後に、当然聞こえてくるであろうと思っていた、副会長の声もない。

静寂。
時間が止まったかのような、静寂。

…そして聞こえてきたのは、叫び声。
無数の叫び声が、どこか遠くから広がってくる。

それと同時に、突然辺りの空気がうねり出し、大きな流れが生じる。
私はその力に押し流されそうになり、目を閉じたまま、両手で耳を塞ぎ、その場に膝をついてうずくまる。
立ってなんて居られない。

流れの行き先は、私のすぐ前の床…壷を叩きつけたところだ。
様々なものが、そこに吸い込まれていくのが分かる。
私の横を、たくさんの…何かがすり抜けていく。
何だろう。物じゃない。魂…?分からない。
そんなの、私に分かるわけがない。
ただ分かるのは…それに身を任せてはいけない、ということ。

これに流されていったら…その先に何があるのかなんて、想像もできない。
でも、その先に行ってしまったら、絶対に戻って来られないことだけは分かる。

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私は、ここに居たいの。
まだここに居させて。お願い――

そう願いながら、何とかその場に留まる。
どこにもしがみつく物が無いから、私は…私自身に掴まる。
この存在に。この命に。
“流れに負けない重たいもの”を考えたとき、真っ先にそれが浮かんだから。

でも…
流れは更に激しさを増し、私を巻き込もうとする。
私の身体から何かが抜け出て、流されていく…そんなイメージが浮かぶ。

それをどうやって繋ぎとめれば良いのか、私には分からない。
ただ歯を食いしばって、引き剥がされそうになるイメージを頭から振り払いながら、耐え続ける。

ここに居たいと、強く願う。
命にしがみつく。
必死に、しがみつく…
けど、もう…何だか、息が詰まってきて…

流れが一段と、激しくうねり出す。
非情に、容赦なく私を責め立ててくる。

ダメ…このままじゃ、私――

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――と。

1つの小さな手が、私が押し止めてくれる。
…すぐに、優理ちゃんの手だと分かり、頭の中にあの子の姿が浮かぶ。

それと、他の人の姿も。

面倒そうな…でも、仕方ないわね、といった顔の佳澄。
それと、照れくさそうな顔をした男の子。
…私の方が、大分年上になっちゃったな。

それから、古乃羽の姿。
昔、私の手を握っていてくれた古乃羽。
私を繋ぎとめてくれた古乃羽。
あー…。これ、絶対に後で怒られる。
こんな体験しました、ってこと、黙っていようかな?
…なんて、ダメよね。お説教は覚悟しなきゃ。

そして更に、頭の中には私の大切な人達が次々と浮かんでくる。
両親の姿や…北上まで。
雨月君も浮かんできたから、まぁ、これはきっと友情ね。

って…、これってもしかして、走馬灯?
なんて一瞬思ったけど、きっと違う。
最後に舞さんの姿が浮かんだとき、そう、確信できた。

何故か舞さんは、私のすぐ傍に居るような…そんな感じがした。

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私は、流れの中、ジッと身を固める。
もう、平気よ。
決して揺るがない。流されたりしない――

そう強く思い、私はそこに居続ける。
激しい流れにもビクともせず、不思議と、穏やかな心で。

そして…しばらくすると、流れが緩やかになってくる。
聞こえていた叫び声も小さくなり、消えていく。

やがて流れが完全に止み、辺りが静寂に包まれ…
私は、そっと目を開ける。

私の周りには、誰も居ない。
広い部屋に1人、ポツンと座り込んでいる。

私は程よい脱力感の中、ゆっくりと身体を起こす。

あまりに静かで、まるで何事も無かったように思えるけど…
私の目の前には、あの壷が入っていた箱だけが置いてある。

その空っぽの箱が、私に全てが終わったことを、教えてくれた。
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