目明き地蔵

247 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/01(月) 13:22:13 ID:G3xoKKW20

目明き地蔵 1/8

評判がよかったので、調子に乗らせていただきます(笑)。
あと、まとめサイトの管理人様、早々に掲載してもらって感謝です。

郷土史家のオオツキ教授について回ると、たびたび遭遇する仏がいる。お地蔵さまと呼ばれるものだ。
立派な寺に安置されている場合もあるけれど、多くの場合は、簡素な社に入れられて道端に置かれたり、ひどいと野ざらしで風貌もわからなくなっていたりする。
教授の話によると、地蔵尊は、他の神仏のように祟りをなさないのだそうだ。人間を厄から守ることにひたすら精進してくれるありがたい存在であるらしい。

代表的な昔話である【傘地蔵】も、この地蔵尊の奇跡の物語の一つ。
江戸期以前、病気や災害といった厄疫に科学的な対抗手段を持たなかった人々は、自分たちの村にそういうものをもたらす【魔】が入り込むことを恐れた。
そこで、村の入り口である辻に地蔵尊を立て、バリアの役目を課したのである。
傘地蔵は何体だったか、すぐに思い出せるだろうか。答えは6体。
この数は、人間が死んだあとに振り分けられる【六道】という世界に関係がある。天国に行く道、人間として生まれ変わる道、動物に転生する道、戦闘に明け暮れる道、ひたすら飢える道、地獄に落ちる道。
どの道にも地蔵尊が現れて、迷える魂を最善の方法で昇華させてやるのだとか。
つまり、6体揃ったお地蔵さまは、死後の世界でまで無敵だったというわけ(笑)。



248 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/01(月) 13:22:56 ID:G3xoKKW20

目明き地蔵 2/8

そんな地蔵尊にまつわる呪いや贄の伝承があるはずもない。
「お地蔵さまを見に行くよ」
と教授が言うときだけ、私は安心してついていくことができた。
あの村に行くまでは。

そこは3つの県が境界を接している小さな村落だった。
いまは、それでも人口300人ぐらいはいるらしいけど、明治維新で統合される前は、U村一の沢、U村二の沢、というように、川に沿って、上流から小さな集落で分けられていた。
向かったのは、一番上流にある一の沢だった。いまは廃村となっている。

「一の沢は、それ以上登ることができない土地に開かれた集落で、作物が取れるような場所でもなかったんだ。だから、住んでいたのはエタや非人。どういう人間だったかわかるかな?」
教授に聞かれたので、うろ覚えの教科書の知識を引っ張りだした。
「たしか…自分で田畑を持てない、最下層の人たちのことでしたよね?」
「そう。農民となることすら禁じられた人間たちだよ。士農工商の身分制度の中で、実質、一番下に置かれた農民たちの劣等感を和らげるために作られた礎だ」
教授の話は中学の先生の話と合致する。私は素直に頷いた。



249 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/01(月) 13:23:34 ID:G3xoKKW20

目明き地蔵 3/8

「それでも、一の沢は住人にとって安住の地であったんだ。痩せた土地に芋を飢え、野生動物と競るように木の実を取り、なんとか命をつなぐような暮らしであってもね」
「…」
わかる。人間として扱われることすらなかった人々が、獣のような山野の暮らしではなく、定住する村を持てたんだ。
安心して眠れることが彼らをどんなに幸福にしたか。私には容易に想像がついた。
「ただ、住人には常に外敵がいた。二の沢以降に住む農民たちだ。米を食んで体力のある連中は、慢性的な栄養失調の非人たちを好きに蹂躙できた。意味はわかるかな?」
わからない。私は首を横に振った。
「つまり、現代でいう快楽殺人のようなものだ。一の沢の住人は、そこまで軽んじられていたんだ」
鼓動が倍になった。掌に汗が浮かぶ。



250 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/01(月) 13:24:18 ID:G3xoKKW20

目明き地蔵 4/8

教授の指示で車を進入させたのは、小さな川に沿って伸びる未舗装の道路だった。左手は沢、右手には金色の稲穂が実った田が延々と続いている。
民家も、まだチラホラと見ることができた。
「このあたりは四の沢と呼ばれていた所。先に進むと一の沢まで辿りつけるんだけど、車では無理だね」
と言うので、私は路肩に車を停めた。
降りて、見ると、まっすぐに進む小道は、数十メートル先で薮に侵食されていた。

日は高いのに、ものすごく心細かった。この先に、人が人を殺してきた現場が残っているんだ。
先に歩きながら、教授は続ける。
「農具すら持たなかった一の沢の住人には、現実的な自衛は不可能だった。彼らは何をしたと思う?」
「えっと…」
教授との会話だというのに、頭が麻痺してて、宗教がらみの答えが出てこなかった。
教授は気に触る高笑いを響かせて、言う。
「お地蔵さまを立てたんだ。一の沢と二の沢の間の辻にね。でも、そんなものは何の役にも立たなかった。立つわけがない」
「…」
そのとおりだけどね。そういう言い方はないんじゃないかな。
私は見つからないように、教授の背中に蹴りを入れる真似をした。



251 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/01(月) 13:25:12 ID:G3xoKKW20

目明き地蔵 5/8

「気休めの地蔵尊は、すぐに二の沢の人間に壊され、かえって怒りを買った。一の沢には大量の血が流れたようだよ」
「…せめて、嬉しそうに話すのはやめませんか?」
耐え難くなって、私は教授に進言したけど、【かえって煽りを与えた】だけだった。
教授はさらに饒舌になる。
「手口はこう。二の沢の住人、いや、殺人鬼どもと言い換えよう。彼らは、深夜、一の沢に忍び込んで、手薄な家から、病人や女子どもを誘拐する。それを自分の村の山中に連れて行き、数日にわたって加虐趣味に没頭する」
「リンチ後のボロボロの遺体は、これ見よがしに地蔵尊の前に打ち捨てられる。地蔵尊の前には血の海が広がり、いつしか、土台にまで染み込んでいった」
私は歩くのをやめて、教授から少し離れた。教授の話には多分に妄想が入っているような気がする。
一緒に、人気のない山に入っていくのが怖い…。
「…そのお地蔵さまが、まさか、まだ残っているんですか?」
史実なのか確かめるためにも、聞いておかないと。
「残ってるよ。今は四の沢の出口に移されたから、もうすぐ着く」
教授の言葉どおり、前方の薮に、木造の丸い頭が見え隠れしていた。

思いがけず早い対面に、足が震えた。



252 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/01(月) 13:25:50 ID:G3xoKKW20

目明き地蔵 6/8

オオツキ教授は、そこでいったん立ち止まった。
秋の風が稲穂を揺らし、赤とんぼが群生していった。

「でもね、地蔵尊はとうとう願いを叶えたんだ」
教授の声は、先ほどの熱に浮かされたようなまくしたて方とは一転して、静かだった。
「一の沢の住人がずっと祈っていた結果は、現実になった」
「それは何ですか?」
私は、そばの岩に腰かけて、動悸が治まるのを待ちながら聞いた。
「復讐だな。自分たちの生活を安穏とさせることより、殺人鬼どもが壊滅してくれることのほうが大事になっていたんだ、彼らは」
「…」
そう思って当然の状況に追い込まれた人たちのことが、哀れでしょうがなかった。

「ある日、いつものように一の沢から贄を連れ出した悪鬼たちは、いつものように彼に地獄を与えた。でも、その贄はある病気に罹っていたんだ」
教授は愉快そうに顔を歪めていた。
「天然痘だよ。生きながら腐っていく病気を、二の沢の連中は、自ら、自分の村に招いたんだ」
私も、なんだか、つられて笑った。



253 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/01(月) 13:26:35 ID:G3xoKKW20

目明き地蔵 7/8

二の沢はパニックになった。
助かりたい者が、我先に三の沢に押し寄せた。事情の飲み込めていなかった三の沢は病人を受け入れ、やがて自らも感染を広げていく。
四の沢の人間は、上流の2集落をけっして村に入れなかった。五の沢、六の沢も応援に駆けつけ、二と三の沢の住人は、四の沢の入り口のバリケードの前で次々と朽ちていった。

教授の話し方にも因るのだろうけど、二の沢と三の沢の味わった地獄は、一の沢のそれに匹敵していたように思う。

バリケードを越えて四の沢に入ろうとした天然痘患者は、容赦なく槍で突き殺された。
累々と重なっていく屍には、その場で火が放たれたが、中にはまだ死にきらなかった者も多かったらしい。
業火の中から響く悲鳴は、一刻にも及ぶことがあった。

「一の沢の人たちはどうなったんですか?」
と聞くと、教授は、目を細めながら、ゆっくりと歩き出す。
「【駆除】が終わって、麓の役人が検査に来たときには、すでに全滅していたそうだよ」
私も立ち上がった。
すべてが終わったいまのここの空気は、とても澄んでいる気がする。



254 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/01(月) 13:27:25 ID:G3xoKKW20

目明き地蔵 8/8

その騒動の後、上流の沢での蛮行を知った人たちの手で、地蔵尊は手厚く祭られた。
人の絶えた集落から下ろされて、ここ、四の沢に安置されたのも、そういう理由からだった。

教授について、薮の中に無造作に立っているお地蔵さまの前に回った。
台座は、すでに無数の薮の根が入り込んで、大きく割れている。色は特に赤くはなかった。
粗彫りの胴の手足は、わずかに判別がつく程度に刻まれている。鉄の道具を持たない民が、一生懸命、石で削った様子が想像できた。

「この地蔵はね、いまでも、ときどき目を開けるらしいよ」
教授が穏やかな地蔵尊の顔を覗き込みながら言う。
「監視してるんだろうね。人間の顔をした魔物が入り込まないように」
私は、人の営みが立ち消えたその先の山道を振り返って、心の中だけで祈った。
(復讐しか願うものがないような人生を、誰も送らなくてすみますように)

赤とんぼが山に向かって消えていく。
昔、とんぼには祖霊が乗っているから捕ってはいけないと教えてくれたのは、兄貴だっただろうか…。
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