鋏供養

324 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/04(木) 23:26:26 ID:Dy1HDJvD0

鋏供養 1/8

「今日は障りがあるようなところに行くんですか?」
教授を自宅まで迎えに行き、車に乗せてから、開口一番に尋ねた。
教授はキョトンとしたけど、すぐに合点が行ったようで、
「ははあ…。住職が忠告でもしにきたかね?」
と楽しそうに聞き返した。
「ええ。お守りをもらいました。」
と答えると、見せろと言う。

教授に見せると効力が落ちそうな気がしてイヤだったけど、渡してみた。
教授はすぐに袋を開け、中のお札を取り出した。
「シバか。難しい神に帰依してるんだな」
謎の言葉を発して、お札を袋に戻す。
「何が書いてあったんですか?」
と聞くと、
「キリークだよ」
と、ますますわからない返事。



325 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/04(木) 23:27:43 ID:Dy1HDJvD0

鋏供養 2/8

詳しく聞いてみると、こういうことらしい。
兄貴のお守りの中にあったお札には、梵字という文字が書かれていた。
梵字っていうのは、インドで使われている文字らしい。教授の時代にはキリークとも呼んだ。
卒塔婆の一番上に筆書きっぽい記号が書かれてるでしょ?あれが梵字。
お守りに書かれていたのは【大黒天】を表す文字だった。大黒天は、インド神話のシバ神の和名だ。

「大黒天は大黒さまとも呼ばれて七福神に登場しているね。仏教では愛嬌のある姿で描かれるけど、元々は、破壊とその後の再生を司る暗黒神なんだ」
教授は説明を続けた。
「仏教は、知ってると思うけど、インドのヒンズー教から派生した宗教だ。だからインド神話の神が形を変えて仏になっている場合も少なくない。大黒天のモデルはインド神話のシバ神。蒼い象の顔をした神様だよ」
私はなんとか理解して、先を促した。
「オリジナルのシバ神は、大黒天よりもさらに過激な性質で、世界を滅ぼす神とも呼ばれている。仏教の風土には合わない、恐ろしい存在だよ」
「…そんな縁起の悪い神様のお守りを、何で、兄貴は私に渡したんでしょうか…?」
なんだかウツな気分になる。
「魔には魔を、ということだろう。祟りに対して、これほど強力な守護神はないじゃないか」
教授の言葉に、即座に(兄貴ありがと!)な気分になった私は、かなり現金だ。



326 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/04(木) 23:28:36 ID:Dy1HDJvD0

鋏供養 3/8

でも、やっぱり恐ろしい神様にはそれなりのリスクがあるよう。
教授は、
「喜んでいいものかは知らんよ」
と続けた。
「住職というのは、本来なら寺の本尊に帰依しなければならない。効果重視なのはわかるが、最高位の如来を差し置いて、格下の【天】なぞに入魂したら、それこそ障りじゃすまないんじゃないかね」
「…」
意味は…よくわからない。
でも、兄貴は、私のために、なにかとてもまずいことをしたんだろうか。

恐々としていると、教授が、突然、大笑いした。
「冗談冗談。神仏なんぞ何もせんよ。美しき兄妹愛を確認しようと思ってね」
「…」

私は思いっきりアクセルを踏んだ。60の老体が背もたれにバウンドするのもかまわずに。
教授は本当に意地が悪い!



327 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/04(木) 23:29:22 ID:Dy1HDJvD0

鋏供養 4/8

1時間も走ると、今日の目的地に着いた。
小さなお宮だった。参道ばかりがやたらと長い。
両脇の鎮守の森からは、不思議なことに虫の鳴き声さえ聞こえなかった。晩秋とはいえ、まだ死に絶える時期じゃない。
「ここは刃物の中でも鋏(はさみ)を専門に供養するお寺なんだ。毎年、慰霊祭の終わったこの時期にお参りさせてもらってるんだよ」
人気のない径を行く教授の声も、いつになくか細かった。
「静かですね…」
呟くと、教授は森の樹木を仰いで、言った。
「刃物は生命を断ち切るからね。見つからないように、声を潜めておかないと」
「………」
見つからないようにって…何に?刃物に?
見つかったら…どうなるんだろう…。



328 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/04(木) 23:31:18 ID:Dy1HDJvD0

鋏供養 5/8

長い長い、1kmはあるんじゃないかと思われる参道をやっと抜けて、私たちはお宮に辿りついた。
拝殿があるのかと思ったら、境内には小さな祠があるきりだった。
でも、私は足を止めた。と言うより、進めなくなった。
祠の手前に大きくて無骨な鉄製の檻が置かれている。その中に、ギラギラと殺気さえ感じさせる鋏の軍団が納められていたから。

立ちすくんでいる私に、教授が、きっと理由はわかってるんだろうけど聞いてきた。
「どうしたね?」
「痛くて近づけません」
我ながら妙な答え方をした。
教授は大きく頷きながら、
「だろうね。ここは現役の禍つ神だから」
と納得した。

……ってことは、祟るってこと(汗)?

「帰っていいですか?」
と怖気づいたら、教授はニヤッと笑った。
「僕も最初に訪れたときはお参りもせずに逃げ帰ったよ。それから、たびたび、運転中にタイヤがパンクするようになった。何も踏んでないのにゴムが裂けてしまうらしい」
「そ…」
そういうことは先に言ってよお…。
「だから君に運転手を頼んでいる。君まで祟られたら、今後の活動に差し障るから、しっかりと供養をしていくよ」

今日が済んだら、二度と、絶対に、教授には付き合わない。
私は改めて決意した。



329 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/04(木) 23:32:37 ID:Dy1HDJvD0

鋏供養 6/8

敷地の許す限り、檻を大きく迂回して、そのむこうにある祠の前に立った。
教授は、想像するにかなり高額のお布施を封筒に入れて、賽銭箱に投じた。
榊を供え、二拝二拍手一拝する。私も真似た。
古語っぽい言葉で何かを唱えたので、終わってから内容を聞くと、鎮魂の祝詞だということだった。

祠が閉まっているのでご神体は拝めない。けれど、代わりに、観音扉の前に安置されている鋏を、祝詞の間、じっくり観察することができた。
なぜこれだけ檻に入れられていないのだろう?明らかに、他の物とは別格の扱いだ。
裁縫の布切り鋏ぐらいの大きさで、赤茶色の錆にまみれている。

帰り道の途中で、教授に聞いてみた。
「あの祠の鋏は何だったんですか?」
教授は、一段と声を潜めて、言った。
「中絶のとき、母体から取り出した胎児の臍の緒を切るのに使った鋏だよ」

刃物は生命を断ち切る。
さっきの教授の言葉が頭の中にぐるぐると回った。



330 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/04(木) 23:33:27 ID:Dy1HDJvD0

鋏供養 7/8

帰路の運転が拷問のように感じられた。
緊張しすぎてガチガチに固まった腕は、ハンドル操作を何度もミスって、ガードレールを破りそうになった。
数キロ進んでは車を停めて休み、また走る。
チャイルドシートを乗せた車が近づくたびに、乗っている赤ん坊が本物かどうか目を凝らした。

怖い。いまにもタイヤが破裂してスリップしそうで。いまにも肩口から目も開いていない小さな赤ん坊の顔が覗きそうで。
私の怯え方が異常だったので、教授が非常に失礼なことを言った。
「もしかして君には水子がいたかな?」
「違うっ!」
キレ気味に返事するときさえ、涙目になる。



331 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/04(木) 23:34:59 ID:Dy1HDJvD0

鋏供養 8/8

「高校のときに…」
気を紛らわすために、私は教授に語り始めた。
「私、クラス中にいじめに遭っていました。たぶん、かなり精神的に参ってたと思う。でも当時は、大丈夫って自分のこと元気づけてて」
「文房具を取られたり、連絡事項を伝えてもらえなかったり…。ただ、そういうのは、やっているほうが惨めなんだって言い聞かせて我慢できたんです。」
「強気でいられたのって、いじめのキッカケが正義感だったからかもしれない。うちのクラスに、ある日、下級生が呼び出されてきたんです。なんか細かいことで難癖つけられて泣いてて。だからやめさせようとして口を出したの」
そこまで話して、ちょっと落ち着いたので、笑う余裕ができた。
「半年ぐらいで、みんな飽きたのか、そういう陰険なことはなくなったんだけど、一つだけ、いまでも罪悪感を感じてることがあります」
「お金をたかられたんです。一回ね。クラスメートで、唯一私の味方をしていた女の子が妊娠したから、堕胎費用をカンパしろって。もちろん断った」
「嘘だと思ったら、その後、彼女、学校を辞めました。何が原因かはわからなかったけど、私は無関係じゃなかったと思う」

「仕方のない中絶は許されたりはしないのかな」
と呟くと、教授は、
「罪が許されるのは人間のルールの中だけだ。神仏の世界はもっと簡単で、人を殺せば地獄行き」
と明快に答えた。
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