ハルさん 前編A

787 :オオ○キ教授 :2008/10/05(日) 13:51:45 ID:MDy0AQwp0

ハルさん 前編 7/12

あまり時間もないので、すぐに朱雀門のあった場所を探そうということになった。
「殺風景なとこだな」
先を歩くハルさんが愚痴る。
藤原京は、礎石の跡が点在するばかりで、大路の形さえ復元されていない荒れ野だった。
「復元プロジェクト自体が去年始まったばかりだから、無理ないか」
と呟くハルさん。
そういえば、ハルさんは、ここまでの道程にも迷うことがなかった。藤原京について、いろいろと下調べをしてきてくれたのかもしれない。

「ハルさん自身は、郷土史や歴史に興味はあるんですか?」
と尋ねると、
「年表程度は知ってる」
と笑って、
「親父みたいにのめりこむことはなかったけどね。あの人、君の前では適当なことばかり言ってるようだけど、行政から頼まれてる市史編纂では、ちゃんと時代考証してるんだよ」
と付け加えた。
教授がそんなまともな仕事をしていたことにも驚いたけど、ハルさんが、教授の仕事をしっかりと把握していることも意外だった。
やっぱり、ハルさんは、教授のこと、慕ってるんだな…。




788 :オオ○キ教授 :2008/10/05(日) 13:52:56 ID:MDy0AQwp0

ハルさん 前編 8/12

「ハルさんのお母さんは、教授のこと、どう思ってるんですか?」
私がいきなり踏み込んだ質問をしたので、ハルさんは面食らったようだった。
「『どう思ってる』って…どう答えたらいい?」
と、反対に聞いてくる。
んー…。
「つまり、お母さんもハルさんも、本当は、教授とこんなふうに別々の暮らしをするのは不本意なのかな…と思って…」
かなり正確に伝えられた、はず。

ハルさんは、空を仰ぎながら少し考えて、そして、言った。
「この旅行が始まる前に、住職を介して、親父から伝言があった。あの壷を壊すつもりだって」
「え?!」
今度は私がビックリした。
「壊すって…そんなことしてもいいの?」
「知らない」
ハルさんは、悲壮感もなく、笑う。
「オレは大賛成したよ。あんなものに、生きてる人間がいつまでも振り回されてちゃ駄目だから」
アレがなくなってくれたら、オレたちは親父の家に戻るよ、と、ハルさんは楽しそうに話した。




789 :オオ○キ教授 :2008/10/05(日) 13:57:09 ID:MDy0AQwp0

ハルさん 前編 9/12

「………」
私は、教授の背中に張りついていた餓鬼のような妹さんのことを、ハルさんに伝えられなかった。

2週間前、兄貴と教授が我が家に来た夜に、恐らく、甕の処分の話が出たんだ。
だから、甕に取り込まれている妹さんが教授にくっついてきた。自分の住処を奪わないで欲しい、と。
兄貴はそれを知ってるはずなのに、甕を壊すことに賛成なの?

「甕を壊さなくても、一緒に暮らすことはできるじゃないですか…」
嫌な予感。すごく嫌な…。
壊すだなんて、言葉にしただけでも祟られそうな…。
ハルさんは、
「壊したほうがスッキリする」
と取り合ってくれない。
「でも、古いものをただ壊すのは抵抗があるから、親父も、ルーツぐらいは調べておきたかったんだと思うよ」
ハルさんの認識は、ただの古物に対してのものだ。
「こんな、何もない藤原京まで来てやったんだから、そろそろ呪いとやらも成仏してもらわないと」
生者のみの観点でものを言う。

「壊さないでください」
私は、私自身の意思なのか、他の誰かの意思なのか区別がつかない思いに捉われて、ハルさんに嘆願した。
ハルさんは、言葉に詰まった様子で、私を観察している。




790 :オオ○キ教授 :2008/10/05(日) 13:58:12 ID:MDy0AQwp0

ハルさん 前編 10/12

「なぜ反対なの?」
ハルさんが穏やかに尋ねた。
私は、いろいろ考えすぎてて、うまく説明できなかった。
「なんとなく…」
「…ま、そういうこともある、か」
ハルさんは、私のあやふやな言葉を否定も肯定もしなかった。

「正直、ためらってる部分も、少しはある」
ハルさんは、ゆっくりと歩みを再開しながら、語りだした。
「叔母さんが早死にしたのは、職を失ったせいと、家に戻りたくないという意地の結果だと思ってる」
教授の妹さんのことだ。
「広島の話も聞いたけど、アメリカによる被爆実験以外の何者でもないだろうと感じるし」
S寺の悲劇の話。
「あの壷…甕っていうのか?…が、実際にどんな災いを起こしたのか、オレにはまったくわからない。あんなものがあろうがなかろうが、叔母さんは死んだし、原爆は落ちただろう」
ハルさんは立ち止まった。
「でもねえ」

…なんだろう。
朱塗りの門が、ハルさんの頭上に見える。

「君が、甕を壊すのを【なんとなく】反対してるのを見て思ったんだけど、オレも、【なんとなく】意固地にアレを破壊してほしいんだなあ…。これって、同じ理由のような気がしない?」




791 :オオ○キ教授 :2008/10/05(日) 13:58:49 ID:MDy0AQwp0

ハルさん 前編 11/12

私が甕を壊してほしくないのは、封印として機能している物がなくなってしまって、教授に災いが及ぶのが怖いから、だ…。
ハルさんは、甕そのものがなくなれば、教授や奥さんやハルさんへの厄災が消えると…思ってる?

「どうすればいいのかわからないけど、甕を壊すのは、怖いです」
と正直に告げると、ハルさんは、
「それはわかる。オレも小心者ですから」
と、笑った。

笑いながら、門を…私にしか見えていないだろう朱雀門を…ハルさんはくぐった。
藤原京の安全な結界の外への、一歩を。

目の前に、朱のヒビが入った真っ暗な空が、いきなり広がった。
その空をバックに、巨大な生首が目の前に現れた。
瞳孔の裏返った死人の瞳。鮮血を噴き出した苦悶の口元。



792 :オオ○キ教授 :2008/10/05(日) 13:59:57 ID:MDy0AQwp0

ハルさん 前編 12/12

地面の下から、大音響で読経が流れ始めた。

争っている。
大首と、地中の声が。

「捕縛せよ!!」
後ろから怒鳴る声が聞こえて、肌色のボロボロの布が生首に向かって投げられた。
布にはミイラ化した頭がいくつもついていた。幾人もの餓死した人間の皮をなめして縫い広げられた、呪具だった。
生首は、その呪具を噛み千切りながら、突進してきた。
私とハルさんは、その口に飲み込まれた。
ハルさんの手の温かさを、最後に感じたような気がする。

気がつくと、朱雀門も消え失せた荒野の中、私は一人で倒れていた。
ハルさんは。
………いなくなってしまった。
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