ハルさん 中編A

824 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:50:23 ID:4edWM6XR0

ハルさん 中編 9/15

甕に封じられた負の思念は強大すぎて、時には関係した生者を取り込んでしまうことがあった。
教授の妹さんは、収入の道を断たれたことによる餓死。
S寺のかつての住職の一家は、被爆し、水を欲して死んでいった。
藤原京を守った修験者たちの成れの果ては…あの、大首を捕縛するために布状にされたミイラ…?
そして、教授は脱水症状を起こすかもしれないという。体内の水を奪われて。

だけど、ハルさんは?
ハルさんは大首に呑まれた。つまり、ハルさんを襲ったのは、甕の祟りじゃなくて、入鹿だってことだ。
ハルさんは甕の呪いを受ける運命を持っていたかもしれないけど、今回のことは当てはまらない。
運命と不運は重さが違うよ。
ハルさんは、他の人たちみたいに、絶対に死ななきゃならないわけじゃない!

考えなきゃ。
どうしたらハルさんは助かる?
入鹿からハルさんを返してもらうのだから、やっぱり、入鹿ともう一度会わないと。

兄貴に電話して、
「入鹿と会うには、どこに行ったらいい?」
と聞いた。
兄貴は、かなり長い沈黙のあと、
「お前って、やっぱり俺の妹だな」
と自虐的に言った。
…要するに、【馬鹿】ってことだ。



825 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:51:04 ID:4edWM6XR0

ハルさん 中編 10/15

「入鹿の痕跡は飛鳥に点在してるけど、行ってどうするんだ?」
と聞かれたので、
「わからないけど、そこしかハルさんを探す方法がない気がする」
と答えた。そして、さっき行き着いた考えを伝えた。
兄貴は、一応、真面目に聞いてくれたけど、最後には、面倒そうに、
「晴彦を諦める気がないってことね」
と投げやりに呟いた。

私には、むしろ、兄貴のそのドライさのほうが不思議だ。
そう訴えると、
「明日死ぬ人間を今日救ったとしても、意味はないだろ」
と、謎かけみたいな返事を返された。

あとで考えてみると、兄貴の言ってたのはこういうことかもしれない。
甕の呪いが実在するなら、もし今回ハルさんを助けることができても、いつかは、また向こうの世界に取り込まれてしまう。
そのときまで、ハルさんは、飢えに怯えながら生きないといけないことになる…。
『オレも、意固地にアレを破壊してほしいんだなあ…』
と言っていたハルさんの本心は、もう決着をつけてもらいたいという意味だったのかもしれない。



826 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:51:35 ID:4edWM6XR0

ハルさん 中編 11/15

結局、兄貴が折れて、私は明日、飛鳥を探訪することになった。
「明日の午後には俺もこっちを出るから、気の済むまでがんばってくれ」
と、多分、エールではなく皮肉を送られた。
だから、気づかないふりして、
「うんっ。がんばるね!」
と言い返してやった。

電話を切り、強制的にでも寝ようと缶ビールに手を伸ばす。
頭痛は相変わらずひどかったし、不安の波が定期的に襲ってきたけど、そのたびに、
「明日はハルさんを見つけるから、大丈夫」
と繰り返した。

やっとのことで寝つき始めたころ、はめ殺しの窓を強風が叩いた。
北風の吹き荒らす音が、密閉されている室内にまで侵入してくる。

………もし。
もしハルさんが、藤原京に戻っていたら。
この寒風の中を、凌ぐ術も持たずに放置されているとしたら。
朝まで悠長に待ってもいいのだろうか。
私一人、暖かい部屋で寝ていてもいいのだろうか。

数十回の寝返りのあと、私は、荷物をまとめてホテルをチェックアウトした。
駅前からタクシーを拾い、藤原京に向かってもらう。



827 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:52:01 ID:4edWM6XR0

ハルさん 中編 12/15

長い道程だった。
最初は饒舌だったタクシーの運転手は、ほとんど口を開かない私と、深夜に荒れ野に向かう不可解さから、次第に無口になっていった。
気味悪がらせるのは申し訳なかったので、努めて明るい声で、
「一緒に遊びに来た友だちとあの辺ではぐれちゃって。先に帰ろうかと思ったんだけど、やっぱり気になるんですよね」
と言い訳した。
すると、運転手さんは、
「ああ。車が放置されていたっていう、あれかね。橿原の警察がレッカーしたらしいよ」
と、思いがけない情報をくれた。
「そ…その車の持ち主は…見つかったんですか?」
と、震える声を押さえながら聞くと、
「さあ。よく知らんけどね。なんなら、警察に行きましょうか?」
とタクシーを回してくれることになった。

大きな警察署の建物の横には、ハルさんの車が無造作に置かれていた。
礼を言って、タクシーと別れを告げる。
運転手さんは、
「友だちは明日にでも見つかるよ」
と励ましてくれた。



828 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:52:31 ID:4edWM6XR0

ハルさん 中編 13/15

建物に入り、電気の点いている部署のカウンター越しに呼びかける。
奥から、眠そうな顔をした40代ぐらいの私服のおじさんが出てきた。刑事さんらしい。
奈良の交番に届け出たことを告げると、FAXを確認しに行ったあと、応接セットのある隅の空間に通してくれた。

刑事さんの話によると、車の持ち主は現れていないということだった。
期待していただけに、かなり落胆した。
刑事さんは、私に同情してくれたようで、
「明日、捜索をしましょう」
と言った。

明日。
希望の持てるキーワードが繰り返されて、不覚にも涙がこぼれた。



829 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:53:01 ID:4edWM6XR0

ハルさん 中編 14/15

警察署を出た。
…けど、とりあえずどうしよう…。
朝まではまだ遠い。外をうろついて夜を明かすのは、時間的にも体力的にもきつかった。
近くでまたホテルを借り、朝まで休んでおこう、と思う。

視界の隅にハルさんの車が映った。
私は、周囲に不審がられないように、そっと近づいた。
「明日には見つけてあげるからね」
中に向かって、そう呟く。

ハルさんは、一緒にいた数時間でも把握できるほど、さりげなく気遣いをしてくれる人だった。
高速道路はものすごい勢いで飛ばしたけど、一般道は全然スピードを出さない。理由を聞くと、
「歩行者がいるときは、車は凶器と一緒だから」
と、ポリシーを覗かせた。
そんな人だ。
死んでしまっては惜しい人だ。



830 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/08(水) 23:53:55 ID:4edWM6XR0

ハルさん 中編 15/15

私は窓に触れた。特に意味のない行動だった。
すると、手がふわりと入り込んだ。
ぎょっとする間もなく、車内から強い力で引っ張られた。
重力が暗転して、体が浮く。

長い浮遊感のあと、地面に落ちた。
背中の痛みに、しばらく起き上がることができなかった。
真っ暗。どんなに目を凝らしても、真っ暗。
寒いのと、狭いのだけは、わかる。

怖い。
耳を塞いで体を丸くした。

見えない。
見えないけど、何かがいる。
大勢の気配。

闇の中に、重々しい読経の声が流れてる…。
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