ハルさん 後編@

915 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:14:41 ID:AUdMLshn0

地元の方に対して、大変失礼な記述があるかもしれないので、再度お断りしておきます。
この話はフィクションです。

ハルさん 後編 1/15

失神と覚醒を何度も繰り返した。
意識をなくして安穏の世界に入っても、悪夢が追いかけてくる。

私は狭い和室に転がり、天井を見ていた。
ひどい空腹。
水を飲みたい、と、切実に思う。喉さえ潤えば、動く力が戻ってくるのに。
でも。
…でも、蛇口をひねることができない。
出てくる液体は、無色透明な飲料水じゃない。黄色味を帯びた粘液で、嘔吐後の吐瀉物のような臭いがする。
何日も前から、そんな現象が続いていた。調べてもらおうにも、発生する費用を払うツテが、私にはない。
仕事を解雇されたのは、社長に囲われることを断った腹いせだ。
だから、私は悪くない。
だけど、こんな罰を受けるのは、やっぱり、私に原因があるんだろうか。
私は、このまま、干からびて死んだほうがいい人間なんだろうか。

理不尽な悲しみに目を覚ますと、頭上から修験者たちのしわがれた声が降り注いだ。
顔の上に、唾液のような異臭を放つ液体が降りかかる。
覗き込んでいるんだ…。
その光景を想像したとき、私の意識はまた途切れた。



916 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:15:08 ID:AUdMLshn0

ハルさん 後編 2/15

次の夢はやたらと眩しかった。
室内なのに、天井からの強烈な光源が私を照らす。
目を閉じようにも、瞼ひとつ動かせなかった。もう死んでいるんだ、という自覚が、私にはあった。
膨れた腹にメスが入る。痛みはないけど、激しい動揺がある。
大きく切り開かれた子宮から、取り出される私の赤ちゃん。
どこにも傷はない。綺麗な体。
私自身は大怪我と大火傷を負ったのに、赤ちゃんは無傷だ。
嬉しかった。
それだけが救いだったのに。
金色の髪をした女が、赤ちゃんを私の隣りに寝かせ、解体を始めた。
ひどいひどいひどい!!!
私たちは人間として扱われることさえないのか!

「…うー…」
暗闇の中、意味もなく呟いてみた。
自分が、いま目を覚ましているのか、まだ生きているのか、確認したかった。
生きてるみたい。…残念(笑)。



917 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:15:58 ID:AUdMLshn0

ハルさん 後編 3/15

だってね。
むごい死に方を迎えるために生きるのなら、もうこのまま止まりたいんだ…。
死が訪れる瞬間を待つ生き方は、辛い。
ハルさん。教授。一緒に行ってくれるよね。
もし先に行ってるなら、待ってて。

「小角さま」
途切れかけた意識に、訴える声がある。
「小角さまが守護されたという藤原を我らも守ってまいりましたが、このあまりの仕打ち。もはや不満を抑えきれませぬ」
別の声。
「鎌足を平癒したという小角さまを信じて、ここまで藤原京を守ってまいりましたが、地下深くに埋められ、餓死した同胞を見るにつれ、信念が揺らいでおります」
その瞬間、修験者たちの慟哭が闇に満ちる。

【鎌足】のキーワードを、頭の隅で、ぼんやり捉えた。
中臣鎌足のこと…だ。後の藤原鎌足、つまり、藤原氏の始祖。
小角は鎌足と面識があったんだな…。それも、病気を治療してあげるような近しい間柄だったんだ。
修験者たちは、自分の始祖に当たる小角に傾倒していたから、藤原氏にも協力を厭わなかった。不比等に代替わりしていたとしても。
でも。

でも。
教えてあげなきゃ。
小角は、藤原氏と天皇によって、数年後に無実の罪で流刑されるんだよ。



918 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:16:35 ID:AUdMLshn0

ハルさん 後編 4/15

空気に修験者の怒りが満ちた。
「やはり!」
「藤原は裏切ったか!!」
「小角さまは我らを見限ったのではない。藤原が我々から小角さまを遠ざけていたのだ」
「我らは小角さまに見捨てられたのではない」

修験者たちの生き生きと決起する様を見るのが嬉しかった。
私自身の鼓動が減少していたとしても。

「もはや、蘇我(入鹿の姓)を調伏する意味は、我らにはない」
「むしろ、藤原に敵する者同士、蘇我に肩入れして死のうではないか」
「蘇我、万歳!」
「蘇我よ、藤原を滅ぼしてくれ!」
「蘇我よ、我らの力が及ぶ限りの未来、藤原に仇を為し続けてくれ!!」
延々と続く呪詛の声。

そして。
私は、3度目の夢に引き込まれていった。



919 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:17:21 ID:AUdMLshn0

ハルさん 後編 5/15

1300年前の衣装を身につけた役人たちが、地面に掘った穴から、ミイラ状の遺体を引きずりだす。
「修験者とはいえ、ただの人間だな。醜い死に様だ」
そう言いながら向かった先は、飛鳥川の河川敷。
最後まで職務を全うした修験者の骸は、背骨に沿って切り開かれ、皮と内臓・骨に分けられた。
四肢も同じく骨を取り除かれ、敬虔な阿羅漢は皮一枚の布にされる。
次々と運び込まれる餓死体を、役人たちは無表情に縫い合わせた。
首を残したのは、個人を識別するためではなく、単に、グロテスクな外観が呪力を高めると信じられたためだ。

可哀相に…。
私は心底同情した。
可哀相に。あなたたちは、藤原京のための道具なんかじゃないのに。

朱雀門に入鹿の大首が現れた。
役人は、修験者たちの亡骸の呪具を、入鹿に向かって放った。
呪具は、けれど、役人の思惑通りには働かなかった。
入鹿を封じるはずが、逆に体内に入って力を増し、ついには藤原京の結界を破った。

藤原京は、当時、最新の建築様式を誇った都だったにもかかわらず、16年で平城京に遷都し、近年まで存在さえ確認されなかった。
対照的に、入鹿の都である飛鳥は、歴史にはっきりと名を残した名都とされている。

ハルさんは、藤原討伐をめざす修験者たちに取り込まれながら、私だけを安全な地帯へ押しやってくれた。
だから私は、最後のハルさんの手の温かさを覚えてるんだ。



920 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:18:29 ID:AUdMLshn0

ハルさん 後編 6/15

【美耶、死ね!!!】
黒板に大きく書かれた自分へのメッセージを見たとき、私は何を思ったんだっけ…。
それまでも、けっこう陰湿なことされてたけど、人目を隠れてのことだったから、私自身も虚勢を張れた。
そんな見栄張りな私だったから、クラス中に【自分がイジメられてること】が知れたこの行為、かなり凹んだはずなんだよね…。
死にたいと思ったんだっけ…?
そこまで思いつめたんだっけ?

「何それ?」
私が買い込んだ綿ロープを見て、兄貴が怪訝な顔をしてた。
そうだ。あのロープは自殺用に準備した物だったんだ。
なら、なぜ、私は、いま生きているんだろう。
誰かが止めたわけじゃない。自分で思い留まったんだ。
生きたかったから。死にたくなかったから。

…まだ、私は死んでない。
体は凍ったみたいに冷たくて動かないけど。
助けを呼ぶ声さえ枯れているけど。
まだ、私は死んでない。
死にたくない。



921 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:19:23 ID:AUdMLshn0

ハルさん 後編 7/15

突然、携帯電話が鳴った。
反射的に動いた指が、着信コールを押す。
兄貴の声が小さく流れてくる。話したくても、もう電話機を掴む力がない。
「…お…」
お兄ちゃん、と、呼んだつもりだった。
兄貴の声が大きくなって、焦っているのがわかる。
「美耶?!お前、いま、どこにいんの?!」
…またその質問…。ワンパターンな兄貴…(笑)。

視界には、凍てつく冬の星空と、凍った大地が見える。外だ。
しかも、ハルさんの車のすぐ脇で、私は倒れてる。
橿原の警察署にいる、と、伝えたかった。そうすれば助かる。
だけど、声が出ない。声が出ないよ。

強烈に眠くなった。
最後に兄貴の声が聞けて、なんか、安心した。

機能を停止しかけた脳の中に、けたたましいクラクションが響いた。
ハルさんの車からかな。
そんなわけ、ないか。

ハルさん 後編Aへ続く
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