ハルさん 後編A

922 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:19:54 ID:AUdMLshn0

ハルさん 後編 8/15

快晴だったはずの奈良盆地は、私が見つかった直後から、豪雨に見舞われたらしい。
飛鳥川が決壊し、流域には大きな浸水被害が出た。
藤原京は、一時、湖になってしまったようだ。
入鹿が殺された飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのみや)も、入鹿の首塚も、蘇我の祖である蘇我馬子の埋葬された石舞台(異説あり)も、史跡が破損するなどの損害を被った。

その飛鳥川の濁流に乗って、川底に堆積していた人骨がいくつか地上に押し上げられた。
地元の新聞によると、藤原京のあたりで定期的に起きていた失踪者の骨ではないか、ということだ。
その骨に混じって。
ハルさんは発見された。



923 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:20:26 ID:AUdMLshn0

ハルさん 後編 9/15

3日後に奈良の総合病院で目を覚ました私が聞いたのは、不思議な奇跡の話だった。
私は、ハルさんの車の陰で、誰にも見つからずに凍死しかけていたらしい。
兄貴とは電話で繋がっていたけど、兄貴も状況がわからずに途方に暮れていた。
そんなとき、電話越しにもはっきりと聞こえるほどの大きさで、クラクションが鳴った。

橿原の警察署の人が、私を見つけて助けてくれた。
彼は、
「あの無人の放置車が君のことを教えてくれたんだよ」
と言った。

………ハルさん。
また、助けてくれて、ありがとう。



924 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:21:09 ID:AUdMLshn0

ハルさん 後編 10/15

ベッド脇でお見舞いのケーキを切っていた母が、ふと目を上げた。
私もつられて見ると、教授の奥さんがニコニコしながら立っていた。
「おかげさまで、夫は無事に退院しました。いまから家に帰します」
「まだ歩くことは難しいので、本人は駅のロビーで待たせてありますが、美耶さんには大変感謝しています」
そう言ってくれる。

兄貴から話は聞いていた。
あの夜、私自身は地下の闇の中でもがいていた記憶しかないけれど、教授の枕元には、妙な神格を身につけた私が現れたらしい。
そして、
「いま、小角を説得してる。呪いを解くには、竜神の力が必要だから」
というようなことを、時代がかった言葉で伝えたそうだ。
それを見た奥さんは、胸騒ぎを覚えて、すぐに兄貴に連絡を取った。
兄貴が私の携帯に電話をし。
私は、止まらない悪夢から生還することができた、というわけ。

広島から、わざわざ途中下車して奈良に寄ったという奥さんは、もう一つ、嬉しいニュースを私に教えてくれた。
「晴彦、そろそろ点滴が取れそうなの。リハビリついでに美耶さんの病室を訪問するって行ってたから、来たら声かけてあげてくださいね」

そっかあ。
ハルさん、もうそんなに回復したんだ。
私も早く元気になろうっと。



925 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:21:49 ID:AUdMLshn0

ハルさん 後編 11/15

午後の浅い時間。
私は、温かい布団の中で、うつらうつらとまどろんでいた。
頭の片隅に、母と一緒に病院に来ていた兄貴の、暇つぶしに本を繰る音が、染みる。
「おっ。もう起きられるようになったのか」
突然、兄貴が立ち上がった。
私は目を開けなかった。なんだか、顔を合わせづらい。
「ここまでヒイヒイ言いながら辿りついた」
ハルさんは笑いながら、すぐ真横のベンチに身を預けた。
「生還の感想は?」
ハルさんにベンチを譲り、兄貴が私のベッドの端に腰掛けてくる。
私は、反対側に寝返りを打ち、ときどき目を開けては、話に聞き入った。
「悪くはない」
と、ハルさんは答える。
「帰りたいとは思ってなかったんだけど、目が覚めたときは、ほっとした」
「そんなもんだ」
兄貴は軽くいなした。



926 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:22:25 ID:AUdMLshn0

ハルさん 後編 12/15

ハルさんの話によると、ハルさんは、入鹿の首に呑まれた瞬間のことを、
「いきなり地面がなくなって落ちた」
と記憶していた。
そのまま生き埋めになり、わずかな酸素を貪りながら死を待っていたところに、荒れ狂った泥流が押し寄せたのだという。
「水の音はずっと聞こえていたんだ。でも、オレがいたのは川底なんかじゃなかった」
と、ハルさんは断言する。
「飛鳥川には、地上には出ていない支流がいくつかあったんじゃないかな。オレが聞いたのは、その地下水の音だったような気がする」
「飛鳥の水脈かあ…。【亀石】なんて、水辺には程遠いのに、水がらみの伝説が残っているしな」
兄貴も楽しそうに賛同してた。

「変な話だけど」
ハルさんが声を潜めたので、私は、さらに耳をそばだてた。
「オレが窒息して死にかかってたとき、美耶ちゃんの心臓がリンクしてきた、気がする」
どきん、と、した。
「何、それ?」
兄貴が怪訝な声を出す。
「つまり…美耶ちゃんのエネルギーをオレがもらってしまった、というか…。だから、この子、数時間であんなに衰弱しちゃったんじゃないかな」
ハルさんの言い方には罪悪感が含まれていた。

私は、もちろん、ハルさんに怒りなんか湧かなかった。



927 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:22:57 ID:AUdMLshn0

ハルさん 後編 13/15

そのあと、兄貴は、ハルさんが消えたときの私のうろたえた様子を、ハルさん本人に伝えた。
…あとで絶対に殴ってやる(汗)。
ハルさんは、ときどき笑いを交えながら、聞いてた。
そして、
「今度、甕の呪いを受けそうなときには、美耶ちゃんと一緒に行動はできないな」
と気遣ってくれた。
そしたら、兄貴が、
「もう甕はないぞ。お前たちが見つかったと聞いたときに、粉々にしてきたから」
と言った。

…そっか。
兄貴の言葉に、納得した。
病院に運ばれて眠っていた間に見た、最後の夢には、眼光の鋭い修験者が出てきた。
彼は甕を脇に抱え、白金に輝く天空に飛翔していったから。



928 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:23:50 ID:AUdMLshn0

ハルさん 後編 14/15

ハルさんが兄貴の心配を盛んにするので、私は起き上がって、伝えた。
「呪いはもうない」
兄貴たちが不思議そうな顔をした。
言葉を続ける。
「竜神がすべてを持ち去った。私との契約は果たされた」

直後、我に返った。
恥ずかしかったので、布団をかぶって、2人からそっぽを向いた。
兄貴が、
「教授と奥さんが見たのは、これかあ」
と笑ってる。

そして、教えてくれた。
「教授の仮説によると、美耶は、古代シャーマンの能力を持ってるのかもしれないって」
「邪馬台国の王となった卑弥呼を頂点として、日本にはそれ以前から持衰(じさい)と呼ばれるシャーマンの血筋があった。神がかりで自然と融和し、人間に恵みをもたらす一族だ」
「いまの宗教や神降ろしなんか足元にも及ばないスーパーマンとして崇められていたようだけど、能力が衰えると、次の世代への贄として殺されたそうだ」

ハルさんが続けた。
「たしか、諏訪にもそんな風習があったな。8歳の子どもを諏訪湖に沈める」



929 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/10/14(火) 22:32:00 ID:AUdMLshn0

ハルさん 後編 15/15

生贄、人柱、人身御供。
教授からはいろんな言い方を教わった。
そのどれもが、多くを助けるための少数の犠牲なのだということも。

イジメもそうだよね。
私が爪弾きにされているあいだ、クラスはまとまってた。

人間は怖い。
神のせいにして、同族を平気で殺す。

ハルさんが言った。
「美耶ちゃんは大丈夫だよ。オレが恩返しするからね」

…困ったけど、…ちょっとだけ嬉しかった。

圧倒的な多数に死を望まれる贄は、【尊い犠牲】なんて美談にされることも多いらしい。
だけど、そんな死に方、喜べるわけがないと思う。
「僕は美談は信じない」
と、かつて、教授は言った。
「人間は、生きたいと思うことが当たり前なのだから」
と付け加えて。
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