鬼子母神

567 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/11/23(日) 00:13:34 ID:wm1+rES80

お久しぶりです(笑)。
遅くなってすみません。

鬼子母神 1/9

大月を伴っての営業活動も、1ヶ月を超えた。
そろそろ単独行動に出る時期に来ていることを上司に告げ、俺と大月は、最後の共同仕事に入った。

そこは中規模の公営団地で、俺は以前にも営業回りをしたことがある。
外国人やシングルマザーが多く、経済的に恵まれていない地区なので、実入りは著しく悪かった。
大月ならあるいは…、なんて、甘い考えを持ったのだが、大月は、特に色目を使う年増女性は苦手のようだった。
結果。本日の成果は伸びていない。

「お前にも苦手な分野はあるんだな」
と大月をからかうと、
「オレは仕事をしたいだけなんで、他の期待をされても困る」
と返答してきやがった。
…まあ、こいつなら、女が放っておかないだろう、と思う。
それを自覚してるところが嫌味っぽいが(笑)。



568 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/11/23(日) 00:14:13 ID:wm1+rES80

鬼子母神 2/9

6棟ある団地を半分まで回り終えたころ、空が赤くなり始めた。
陽が長くなってきたなあ…。
「そろそろ帰るか」
と提案すると、いつもはあっさりと、
「はい」
と言う大月が、珍しく、
「あの棟だけ回りましょうか」
と粘った。
6棟の中で東北の角になる建物だった。侘しい西陽からさえ取り残された暗い場所だ。

「なんでこの棟なんだ?」
順番でいってもイレギュラーな訪問に、俺は、仕事以外の興味を持った。
大月は、ときどきこういう行動を起こすことがある。不自然に運転を迂回したら本来の道で事故が起こっていた、というような。
「子どもが泣きやまなかったんですよ」
大月は苦笑いをしながら、問題の4棟の入り口に忍び入る。
「向かい側の1棟を回っている間、ずっと、こっちのほうから幼児の泣く声が聞こえてたんです。それだけなんだけど、妙に気になって」



569 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/11/23(日) 00:14:36 ID:wm1+rES80

鬼子母神 3/9

おいおい…。
俺は足を止めた。
幼児虐待の現場なんかに居合わせたくないぞ…。

大月は躊躇うことなく階段を上っていく。
耳を澄ますが、窓や換気扇から伝わってくる夕食の支度の音しか聞こえてこない。
かなりほっとして、大月に、
「たまたま子どもの機嫌が悪かっただけだよ、きっと。もう落ち着いたんじゃないか」
と伝えるが、大月は、
「最後まで見て回らせてくれませんか?」
と聞かない。

最上階の4階に辿りつくと。
長い共用通路の真ん中辺りに、なぜか。
…花が供えてあった…。



570 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/11/23(日) 00:15:00 ID:wm1+rES80

鬼子母神 4/9

ざっと見て200世帯はあろうかという団地だ。敷地内で突発的な不幸があっても不思議じゃあ、ない。
でも…普通、こんなところに供養の跡を残すだろうか。
丁寧に花瓶に生けられた菊の花に近寄ってみると、405号室のドアの真ん前にあることがわかった。
ざわざわと鳥肌が立った。
大月は、どのあたりで子どもの声を聞いたんだ?

大月も同じことを考えたらしく、しばらく、花の前で立ち尽くしていた。
そして、いきなり反転すると、405号室のインターホンを押した。
………信じらんね〜。
ややあって、ドアが開いた。
30代ぐらいの若い母親と、その後ろには、5歳ぐらいの女の子がついて出てきた。



571 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/11/23(日) 00:15:50 ID:wm1+rES80

鬼子母神 5/9

大月の本気の営業活動というのを、俺は、このとき初めて見た。
ふだんは『契約は取れても取れなくてもいいや』的な態度が功を奏している感があったが、目の前の母親に対するトークは、警戒心を0にしようという目論見が執拗に見て取れたからだ。
最初は険を顕わにしていた彼女は、すぐに俺たちを玄関まで入れてくれた。
そして、5分も経たないうちに、家庭の内情を教えてくれるまでになった。

「うちの子どもは手がかからないから、そういう商品は要らないわ」
玄関先で座り込んで話をしていた母親は、女の子を膝に招き入れて頭を撫でた。
目線を同じくするべく、大月も腰を下して母親の話に相槌を打つ。
「そうみたいですね。普通、このぐらいのお子さんだと、あちこちに擦り傷なんかを作ってるのをよく見ますから」
傷のない綺麗な顔の幼女に大月が笑いかけると、母親は、特に喜んだようだった。
「子どもといっても、いろいろいますから。手のかかる子は本当に大変」
過去に苦労した覚えがあるかのような含みを語ると、母親は、ますます愛しそうに愛娘の頭を抱きしめた。

…俺もついこないだ親になったが、この母親の溺愛ぶりは、少し不気味だ…。

大月は調子を合わせて目を細めながら、
「おもての花は娘さんの遊びですか?女の子らしいなって、さっきから思ってたんですが」
とすっとぼけた。
母親は、怒ることはなかったが、表情を曇らせて言った。
「あれは近所の人たちの嫌がらせなんです。…私、上の子どもを病気で亡くしたの。それを、私の管理不足だって責める人たちが団地内にはたくさんいて、いまでもああいうことをしているの」



572 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/11/23(日) 00:16:23 ID:wm1+rES80

鬼子母神 6/9

大月はクロージングをかけなかった。
「またお邪魔させてもらっていいですか」
と、次につないで、俺たちは405号室を出た。

「…どうせこの団地は再訪するんだから、いいんだけどさ」
1階まで下りたとき、俺は、やっと本音を大月に伝えることができた。
「あの家にはもう行きたくないね」
大月は困った顔で頭を下げて、
「すみません。契約を取っていいのか、関わらないほうがいいのか、即座に判断できなかったもので」
と謝った。
大月もいい印象は持たなかったらしい。
「あの母親、取り繕ってはいたが、本当は虐待で子どもを殺したんじゃないのか?」
俺は、消えない疑念を大月にぶつけて、続けた。
「お前が聞いたっていう幼児の泣き声…。それって、死んだ子どもの声じゃ…」
「違いますよ」
大月は苦笑して遮った。
「泣き声は、あの女の子の声です、きっと。表情が硬かったので、あの子も正常には育ってない」

………。
それで大月は、
「また来ます」
って言ったのか。その間だけでも、虐待が止むように。



573 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/11/23(日) 00:16:45 ID:wm1+rES80

鬼子母神 7/9

1棟の外れに営業車を停めていた俺たちは、帰るべく1棟まで戻ってきた。
1棟の共用廊下には人影があった。70を越えていそうな老婆だ。
大月は俺に、
「ちょっとすみません」
と言って、車ではなく、老婆に近づいていった。俺も同行した。
大月が丁寧に尋ねると、老婆も親切に答えてくれた。

4棟の405号室には、去年の年末まで小学2年生の女の子がいたらしい。
近くの公園で、夜の8時を過ぎるまで独りで遊んでいたこともあったので、団地の住人は気にかけていた。
女の子は、学校が冬休みに入った頃から、外に姿を見せなくなった。
正月明け、始業式を目前に控えた日に、彼女は、自宅のすぐ真ん前で凍死していた。



574 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/11/23(日) 00:17:11 ID:wm1+rES80

鬼子母神 8/9

「母親が追い出したんだろうねえ…」
老婆は涙さえ浮かべていた。
「子どもだもんねえ。隣の家に上げてもらうこともしないで、ずっと、家の中に入れてもらえるのを待ってたんだよ」
俺は、405号室に怒鳴り込んでやりたくなった。
老婆は続ける。
「ケイちゃんが成仏するまで、みんなであそこに花を供えてやってるんだわ。まだ、夜になると泣き声が聞こえるからねえ」
大月が、老婆に、穏やかに聞いた。
「下の娘さんには虐待の兆しはないですか?」
老婆は頷いた。
「アヤちゃんは大事にされとる。でも、ときどき、家の前で『お姉ちゃん、ごめんね』って謝っとるらしいわ。ケイちゃんが見えるんだろうね」

俺は大月に、
「契約を取れ」
と小声で言った。
「あの親子とつながりを持っておこう」
と。



575 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/11/23(日) 00:17:47 ID:wm1+rES80

鬼子母神 9/9

帰りの車の中で大月が言った。
「鬼子母神って知ってます?」
俺は、うろ覚えの昔話を引っ張り出す。
「たしか…子どもを食う鬼女の話だったと…」
本当はこんな物語らしい。

鬼子母神には1000人の子どもがいて、実子たちをとても可愛がっていた。
だが、その反面、他人の子どもを食べるという業を背負っていた。
釈迦が、彼女に悪行を悟らせるため、鬼子母神の末子を連れ出して隠してしまう。
そこでやっと、鬼子母神は子を亡くした母親の苦しみを悟り、釈迦に帰依して神となる。

「いまでは子どもの守り神として信仰されている鬼子母神だけど、オレ、この話を聞くたびに、疑問に思うんですよね」
大月は、いつもの暴走も控えるほど沈んだ声で言った。
「改心しました、で、人殺しの罪が消えるんでしょうか?」

あの母親は、『アヤちゃん』をこれからも大事にするだろう。
そして、それが『ケイちゃん』の供養に繋がると思っているんだろう。
でも、あの団地の誰も、母親を許さないだろう。のうのうと生きている限り。

「神様の世界じゃ許されるかもしれないが」
俺は答えた。
「人間同士はもっと厳しいんだぜ。慈悲なんてないからな」
大月は少し笑って、
「そのほうがいい」
と言った。
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