鬼になる理由<晴彦4>

<1>

I村に戻る途中で、今さらながら、強く引っかかることがあるのに気づいた。

なぜ、笹川さんだったんだろう?

笹川さんと行動を共にしていたオレがなんともなかったのは、美耶ちゃんがいたから、と、たぶん、子どもを持っていないことが要因だろう。
さっきの金物屋で贄の話を聞いたときも、正直、気の毒だとは思うけれど、リアルな実感はできなかった。

…じゃあ、笹川さん以外の家庭持ちで、いままでI村を訪れた人たちはいなかったんだろうか?
いたとしたら、その人たちはどうなったんだ?

合流したとき、崇志兄、言ってたな。
「磯神は心霊多発地帯だよ」
って。

僧侶がそういう話を振るのはどうかと思うけど、I村が現代も周辺の地域から距離を置かれているのは、忌まわしい過去や雷以外に、近づきたくない何かがあるからじゃないんだろうか…。
たとえば…失踪者が多発する、とか…。

<2>

I村とはどういう村なのか、運転の傍ら、整理してみる。

元々は山野で、明治以降、開拓された村。
雷の頻発する土地。つまり、自然災害に敏感な土地(贄の意識もここから発祥)。
磯神という霊場の麓。
……………。
それから、まだ、何か…。

そうだ。義経の隠れ里伝説。
最初に聞いたときは一笑に付したけど、訪問回数を重ねると、その噂の出所が見えてきた。
源義経は平家を滅亡に追い込んだ功労者だけど、その能力の高さを実の兄である頼朝に疎まれて、最終的に、自分の身内である源氏から追われる。
京都にいる味方を頼るのも限界が来たため、伊勢や美濃地方を渡り歩きながら奥州まで落ち延びた、というのが通説。

余談だけど、義経と行動を共にしていた愛妾の静御前は、早々に吉野で捕えられた。
気の強い女性だったんだろう。命の危険を顧みず、頼朝の前で、主人の義経を慕った舞を踊ってみせた気概は、後に書物や能の題材にされたほどだ。
その静御前は、当時、義経の子どもを妊娠していた。頼朝は、男児だったら禍根を絶つために殺す、と伝えたそうだ。
静御前の子どもは男だった。史料によれば、由比ガ浜に捨てられたらしい。
…まったく、人間ってやつは…。

頼朝は、義経を匿った奥州藤原氏を武力で威圧し、奥州藤原氏自身で義経を討つように命じた。
それにより、義に厚かった藤原氏内部で紛争が起こり、結局、頼朝に従った泰衡が対立派の兄弟を殺害するという事態になった。
そして、義経自身も自害に追い込まれた。
けれど頼朝は、自分の言いつけを守ったその泰衡さえ、難癖をつけて討伐した。
奥州征伐。そのとき、頼朝が率いた兵士の数、280000人。

その中に加藤という武人がいた。オレにも知識がなかったので調べてみたら、どうも大和の藤原氏(藤原京を設立した例の一族)の流れを汲む人物らしい。
奥州藤原氏も、現在では、大和の藤原氏の血縁だと言われている。
藤原、vs、藤原。
どっちが善悪という話ではないけど、因縁めいたものを感じたよ。

その『加藤』の末裔が、I村のまとめ役を買っている『加藤』さんなんだそうだ。
70歳近いお爺さんで、彼自身はいたって常識のある人なんだけど、身内には恵まれていないと、いつも愚痴をこぼされる。
精神障害を発症しやすい家系なんだってさ。

このへんの話が混乱したんじゃないかな。
I村は、『義経を匿った奥州藤原氏』を討伐した加藤家の村。
  ↓
『義経』を討伐した加藤家の村。
  ↓
義経を奥州まで追いかけた加藤家の村。
  ↓
追われた義経もこの村に立ち寄ったに違いない。
みたいな。

いまの加藤さんが、本当に藤原家の血を引いているのかは、少し怪しいけどね(笑)。
『藤』がつく多くの姓は、明治以後に適当につけられた場合が多いって話だから。

<3>

25分で帰るなんて約束したのに、I村の入り口に戻ったときは午後4時になっていた。
太陽は、もう、西の山の稜線にかかっている。
しかも、運悪く、村に車を乗り入れるための農道に軽トラックが停まって、進路を阻んでいた。
…って言っても、その前には笹川さんの車があるんだから、その軽トラも足止めを食ってるらしいけど。

オレは進むのをやめて、車を降りた。
笹川さんの車のキーももらってある。四駆の崇志兄の車のほうが運転しやすいけど、この状況なら、笹川さんの車で行くしかないだろう。
軽トラックの運転席に人の気配はなかった。
農作業に来た人だろうか。邪魔をして悪かったな。
…と、荷台を見るまでは思ってた。

荷台に、首を半分掻き切られた犬の死骸が転がってた。

…………。
笹川さんが訪ねた『犬を虐殺する一家』は、たしか、『加藤』じゃなかったか?

<4>

エンジンをかけると同時にアクセルを踏んだ。
やばくね、この状況?

そうだよ。
笹川さんの『奇行』は、失踪したときから始まったわけじゃなかったんだ。
昨日の飲み屋で、執拗に、
「本物の鬼が見たいんだよ」
と繰り返していたのを思い出す。

昨日、犬の虐待現場まで行ったときの笹川さんは、すでに『鬼』に操作されていたんだ。『加藤』はI村の関係者で、『鬼』にとっても無関係な人物ではなかったから。
笹川さんはそれにうすうす気づいていたけど、自分が『鬼』にとり憑かれているのが信じられなくて、『鬼が存在する』という証拠を見たがったんだ。
もっと真面目に取り合えばよかった…!

『加藤』は、なぜこの村に来たんだろう。
『加藤』と『鬼』との関連は?
『加藤』が笹川さんに会いにきたんなら、一緒にいる美耶ちゃんたちは?

未舗装の路上から巻き上がる飛礫(つぶて)の音が耳障りだった。
2分、じゃ、着けないな。
連絡を入れようかと携帯を見たけど、見事に圏外だった。
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