鬼になる理由<崇志3>

<1>

太陽が沈みかけてる…。
この場所で夜を迎えるのはひどくヤバイ気がしたが、晴彦が戻ってくるまではどうしようもない。
『依代は助からない』と美耶(の中の何か)は言ったが、笹川氏に死ぬ様子はない。
このまま無事に病院に運んで…もし、笹川氏が助かったら。
呪いは誰が引き継ぐことになるんだろう…。

馬鹿な考えが浮かんで、俺は頭を振った。

美耶は『鬼』から嫌われているらしいから、もし、美耶に笹川氏の災難が移ることになるなら。
笹川氏に死んでもらったほうが、俺にとっては数倍いい。

美耶は、
「磯神の峠に行く」
と言って、俺たちから離れた。
笹川氏を探して廃墟に入ったときに、
「置いていかないでよ〜」
と半泣きになりながら抗議していたあいつとは別人みたいだ。
…別人…なのかもしれないが…。

<2>

やることのなくなった俺は、精根尽き果てた様子で眠っている笹川氏の傍らで、座り込んでいた。

いろんなことを考えている。
笹川氏は、俺や美耶が身を賭して救う価値のある人間だろうか。
笹川氏が死んだら、俺はどれぐらいの後悔をするんだろうか。

…晴彦にしろ、笹川氏にしろ、俺は『他人の死』に対して冷淡だと思う。
その原因には、やっぱり両親の死に様が翳を落としているんだろうか。

美耶は偉いな。
と、素直に感心する。
あいつは肉親とか他人とかに関係なく、自分ができることに全力投球する。
もし、美耶がその行動で不条理な目に遭うことがあったら、最大限のサポートをしてやりたいとは思う。

…なんだかなあ…(笑。
さっき、いきなりぶっ倒れたあいつが、無意識に発した言葉を聞いてから、俺、自分でもわけがわからなくなってるな。

<3>

車の近づく音がしたので顔を上げた。
晴彦か、と思ったが、俺の車でも笹川氏の車でもなかった。白い軽トラックだ。
ご丁寧にも、窓の周りが赤く塗ってある。この村の人だろうな。車まで『完全装備』かよ。

トラックは俺たちを通り過ぎて廃墟に横付けした。
運転席から出てきたのは、60歳ぐらいの長身の爺さんだった。
すぐに助手席からも巨漢(というよりデ○)がのたっと下りてきて、俺たちのほうに歩いてくる。
…目つきの悪い連中だな…。
警戒した俺は、笹川氏を安全圏に置くために、自分から爺さんたちに寄ってみた。

「アレが出たというが、誰のことか?」
爺さんが尋ねてくるが、意味不明。
「アレ?ここには俺と彼しかいませんが」
俺は笹川氏を指差しながら説明する。
「彼が怪我をしたのでちょっと休ませていますが、すぐに移動しますから。勝手に村に入って気に触ったならすみません」
これだけ丁寧に返事してやれば、険悪な雰囲気にはならないだろう。
でも、爺さんは敵意をむき出したまま、
「『おらん』では済まん。まず他を探してくるが、その間に逃げるなよ」
と偉そうに指示した。

<4>

巨漢の、見るからに精神を病んでいる男のほうが、廃墟に入っていった。
老人は俺のそばから離れない。
馬鹿馬鹿しくなって、俺は笹川氏の隣に戻った。
何の儀式だか知らないが、いまどき、『余所者』にここまでやる土地もないだろうに。

巨漢はすぐに出てきて、爺さんに何かを耳打ちしている。
爺さんは、どうやら巨漢を叱りつけているようだ。『アレ』を探しきれなかったからだろうか(笑。

爺さんに押し出されるまま、巨漢は軽トラックの荷台から。
…なんで、こんなもの?
プロパンのボンベを地面に下ろしはじめた。

<5>

ボンベは、ガラスの吹っ飛んだ窓の下に置かれた。
巨漢は、木片の突っ込まれた隙間からガスホースを差し込み、ボンベの口を開いている。
シューシューという不安な音が、ここまで聞こえてきた。

笹川氏が目を覚まして、
「あ」
と小さく呟いた。
「ガス爆発を起こすつもりだ」
と。
そして、
「あいつら、来たね」
と、予想していたような…いや…待ち構えていたような歓喜の声を上げた。

『あいつら』。
少しずつキーワードが繋がっていく。
笹川氏をあの廃墟の中で見つけたとき、彼は盛んに、
「あいつらを殺さないと」
と言っていた。
俺は、鬼にとり憑かれた笹川氏が、廃墟の住人を死んだあとまで追い回しているのかと思ったが、笹川氏が探していたのは目の前の2人らしい。
『ガス爆発を誘発しようとしている』2人の行動は、ここが廃墟だから奇異に感じるだけですむが、もし。
もし、かつて家族が住んでいる状況で同じことが行われていたなら。

「鬼は、ただの悪?」
と美耶は疑問に思っていた。
『鬼にならざるを得なかった母親の無念』と『爆発で吹っ飛ばされた一家の怨念』。
両方が笹川氏の内に存在していたとしたら。

笹川氏が動けないのは幸いだ。
俺は立ち上がって、巨漢の操作しているボンベのところに向かった。
栓を締めて、この2人と話をしてみよう。
暴力的ではない解決方法があるはずだから。

<6>

押しのけるようにして、巨漢とボンベを引き離した。
間近で見ると、この男、意外に若い。30歳そこそこというところか。
ドロッと濁った視線を未練がましくボンベに落としていたが、特に文句は言わなかった。
代わりに、爺さんが走ってきて俺の肩を掴んだが、俺は無視してボンベを閉めた。
噴出音が止まって、逆流してきたガスの臭いが辺りに満ちる。

「なぜこんなことをするんですか?」
先制して聞いてみた。爺さんは歯をむき出して、
「アレが中にいるかもしれんから追い出すんだ!」
とヒステリックに怒鳴った。
「アレっていうのは人間なんですか?」
再度確認。さて、どんな答えが来るか。
「イシガミだ」
爺さんは言った。そして付け足す。
「この村は、昔から落石や土砂崩れの被害が絶えない。潰されたり埋もれたりして遺体の見つからない者が、ときどき、彷徨って村まで下りてくるんだ」
「それをイシガミと呼ぶのか…。でも、遺体がないからって生きているわけじゃないだろ?」
俺は周囲を見回しながら尋ねた。I村を囲んでいる山は、確かに地盤が脆弱で、災害には脆そうに見える。
爺さんは、
「死んでいるからこそ始末に呼ばれる」
と吐き捨てた。
隣りの巨漢が、初めて、心底嬉しそうに口を開いた。
「バラバラにしても捕まらない」

<7>

破魔の考え方なら俺にもわかる。
ただ、寺では、死者に敬意を表して『供養』という形を取るが。
爺さんたちのやり方は無慈悲すぎる気がした。
イシガミ…。この村で非業の死を遂げた人間ということなら、『鬼』の母子にだって当てはまる…。

「あなたたちは、そのイシガミを成仏させることができるのか?」
期待を込めて聞いてみた。『鬼』がいなくなってくれたら、笹川氏は助かる。
爺さんは、
「できる」
と断言した。
俺は笹川氏を指差し、
「それなら頼みたい。彼はイシガミにとり憑かれているようなんだ」
と。
言ってしまった。

その瞬間、巨漢のほうが、体躯からは想像できない素早さで笹川氏に向かってダッシュした。
まずいと気づいて俺も走り出したが、話にならないぐらい遅れを取った。
危機に気づいた笹川氏が身を起こすのが見えたが、下半身が動かないと言っていたとおり、それ以上のリアクションはない。
『バラバラにしても』。巨漢の台詞が頭の中をリピートする。

<8>

視界の隅に、突っ込んでくる車の存在を認めて、俺は立ち止まった。
笹川氏のものだと記憶している車は、巨漢に向かって進路を取り、轢く直前で横滑りしながら停止した。
砂利の飛礫が巨漢を直撃したらしく、ヤツは顔を押さえてうずくまる。

運転席から下りてきた晴彦は、巨漢と車の間の距離を測りながら、
「あと1mいけたなあ…」
と呟いた。
物騒なヤツ(汗。

とりあえず、急いで笹川氏を助手席に詰め込んで、巨漢の不意の行動に備えた。
晴彦が、
「美耶ちゃんは?」
と聞くので説明すると、
「ありゃ…別行動ですかあ…」
顔をしかめる。
そして、
「それじゃあ、オレ、美耶ちゃんを迎えに行って、そのまま反対側に下りますよ。オレの車、そっち側に停めてあるし」
と提案してきた。
「だから、崇志兄はこの車を運転して笹川さんを病院まで連れて行ってくれませんか?速く処置したほうがよさそうだし」

うまく頭が働いていない俺は、頷くしかなかった。
状況がめまぐるしくて、理解力を超えたのかもしれない。
爺さんも巨漢も、今は遠巻きにして俺たちに近づいてこない。
「一人になっても大丈夫か?」
と晴彦に聞くと、
「うん。営業って、けっこうこういうトラブルあるんですよ」
と笑った。

<9>

車を出してすぐに、空が真っ黒な雲に覆われていたことに気づいた。
…今日はいい天気だったはず…。
笹川氏は…視線を一点に定めて動きを止めていた。
『何か』を視(み)ている。

彼を病院に送ったら、…いや、電話が通じるところまで行ったら救急車に任せて、俺はもう1度あの廃墟に戻ろう。
笹川氏を正常に戻すためには、やっぱり、要因をわからないままにするべきじゃないと思う。
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