鬼になる理由<晴彦5>

<1>

さあて、と。どうしようかな。
このまま、あのヤバそうな連中を無視して美耶ちゃんを探しに行くのが、一番、建設的なのはわかってる。
だけどダメなんだなあ。好奇心を満たしたい欲のほうが勝ってる。

わからないことがいくつかあるんだ。
目の前の廃屋の住人は、どうやっていなくなったのか。
廃屋の惨状は誰がやったのか。
笹川さんからこの家にまつわる幻影の話を聞いたあと、調べてみたんだ。I村でガス爆発の事故が起こった記録はないか?一家心中の記事は残っていないか?
両方とも見つけることはできなかった。もっとも、該当する時代の範囲が広いので、漏れはあるかもしれないけど。

まず様子見がてら、『加藤父子(おそらく)』には近づかず、軽トラックを遠巻きにしてみた。
村の入り口に停まっていたものが彼らの車だとしたら、この軽トラは乗り換えてきたことになる。誰の物を?村の人の物だろう。
つまり、I村の人も彼らに協力しているということなんだ。
フロントガラスも左右の窓も、縁を念入りに赤く塗りこんであった。『鬼』に祟られないために。

明治期の母子の贄事件は、いまの村人が直接関わったわけじゃない。
むしろ、祟りを恐れていったんこの村を離れた住人たちが、また舞い戻ってきたというのは、『時代も下ったし、もう怯える必要はないだろう』という判断じゃなかったのか?
なのにここまで警戒するのは不自然な気がした。

なにか、新しい祟りの要因でも作ったのか?

<2>

何かが光った気がした。
考え込むのをやめて顔を上げると、山の稜線の上に覗いている狭い空が、真っ黒な雲に覆われていた。
その雲の一ヶ所が、また、光った。
「雷かあ…」
あんまりゆっくりできる時間はなさそうだ。
俺は加藤さんたちのところに歩を向けた。手に入る情報を聞き出して、早く美耶ちゃんのところに行こう。

加藤さんたちは廃屋の入り口に立っている。
軽トラを迂回して近づくときに、なんとなくトラックの荷台に目をやった。
犬の死骸は…なかった。
でも、それ以上に肝を冷やすものが乗ってた。
5本以上ある大型のLPガスボンベ。
…もしここに雷が落ちたら、どこまで吹っ飛ぶんだろう…。

そういえば、今まで気づかなかったけど、廃屋の窓にも一本のボンベの注入口が差し込まれている。
かすかにガスの臭いがしてたのは、そのせいか。
「この家、ガス爆発でこんなふうになったんですってね」
回りくどいトークをする余裕はなかったので、一気にクロージングをかけてみた。
加藤さんの父親のほうが、
「イシガミが隠れる巣になっているからな」
と、暗に、自分たちの仕業であることを仄めかした。

イシガミか。思わず笑ってしまう。定石どおりじゃないか。
日本が本格的な国土開発に乗り出す以前、未開の山野には地名のないような荒地がゴロゴロしていた。
そこに小さな街道を通した旅人たちは、便宜上、『石上』とか『石神』『岩神』とかいう名をつけていたんだそうだ。
そういう土地は、当然、滑落や崩落事故が多く、また犯罪も絶えなかった。思わぬ被害で命を落とした者を鎮魂し、今後の安全を祈るために、旧街道沿いには石作りのお地蔵さんや観音様がたくさん建てられたらしい。
いまでも残っているそれらが史跡になっている場所もある。

<3>

「イシガミは、なぜこの家に棲みついたんですか?」
質問を重ねると、加藤父は、――話が早かったので気に入ってくれたのか――、機嫌をよくして語ってくれた。
「この村はもともと源義経を追って討伐した名誉ある一族が住んでいたんだ。そこに、どこからか薄汚い外国人どもが入り込んできた。儂らの先祖は何年もかけて奴等を追い出したが、奴等は、恩知らずなことに、イシガミになってこの村を祟った」
…都合のいい言い方だな…。
少なからず不快に思ったけど、先を促した。
「村には豪雨が降り注ぎ、一時は完全に水没したそうだ。儂の祖父さんの時代だな。しかたがないから祖父さんたちはこの村を捨てた」
「でも、また戻ってきた?」
オレの問いに、加藤さんは『当然だ』とばかりに大きく頷く。
「この村は儂らの村だ。儂ら以外に住むことは許さん」

虚勢を張った物言いだけど、きっと真実は、どこに行ってもトラブルが絶えなかったからここに戻らざるを得なかったんだろう…。

「この家の連中は、忠告も聞かずに窓を塗らなかった。だからイシガミにとり殺されたんだ。イシガミはこの家に棲みついている。この家がなくなれば山に帰るだろう」
と、加藤父は続けた。
「何度か処理をしにきているが、これだけ隙間だらけになってしまってはガスが充満しない。それでいままで放置していた」

繋がったな。
イシガミっていうのは、昔は、この地方で命を落とした人たちの霊魂のことを指したのかもしれないけど、加藤さんたちが退治しようとしているのは贄の母子のことなんだ。
自分たちの先祖が犯した罪を誤魔化すために、いろいろな話を付随したってことか。

<4>

オレはさらに突っ込んでみた。
「イシガミって、どんな姿をしてるんですか?」
父親の返事は、
「イシガミは人間にとり憑く。見た目は変わらないが、儂らにはわかる」
とのことだった。
それで、明らかな異形でもないのに、パジャマ姿でうろつく笹川さんが標的にされたのか。

怪しげな『能力者』が、勝手に他人の家に入り込んで除霊をするなんて案件が思い浮かんだ。
この人たちに『鬼』を退魔することは無理だろうと思えた。

「家を吹っ飛ばすなんて乱暴なやり方は賛同しかねます」
オレは窓からガスホースを引き抜きながら言った。
それより、真摯な気持ちで供養してやったほうが、母子の成仏にもよっぽどいいだろうに。
――赤い窓枠…。
過去を悔い改めることができないために、今でも武装を解けないI村の人たち。
彼らは、そのジレンマに気づけないんだろうか。

一応警戒はしていたんだけど、大柄な息子のほうが殴りかかってきたときは、かなりビビッた。
軽く食らってよろめくと、今度は心臓の辺りを蹴り上げられた。
立ち上げれなくなって膝をつく。
「ロンが長生きしたな」
父親の声が上から降ってきた。
「中に運んでおけ。足は潰しておけよ」
と物騒な言葉も続く。

…冗談、キツいんだけど…。
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