鬼になる理由<美耶5>

<1>

たぶん、この辺のはず…。
当てずっぽうで歩いてきた磯神の山の中は、とても暗かった。日暮れの兆しというより、もっと悪意のある闇に覆われてる気がする。
山道からもだいぶ奥に入ってきてしまった。帰れるかな…。
『私』の不安は喉まで競りあがってきてたけど、私の行動を支配している『彼』に、留まる様子はなかった。
お兄ちゃんと笹川さんのところに帰りたい。
ハルさんも、もうきっと戻ってきてる。

かすかに動物の臭いが漂ってきた。
ペットとか、そんな優しい匂いじゃなくて、獣臭って感じの。
も…猛獣とか…いるのかな…(汗)。
早く帰りたいよお。

『彼』の歩調がゆっくりになった。
首を左右に巡らせて、何かを探してる。
塚、かな。なんとなく思った。
贄の母子を祭った塚があるんじゃないかな、と。

そうしたら、やっぱりあった。
小さなお地蔵さまだったけど。
でも、倒れてた。頭の半分が欠けて、可哀相な姿になってた。

<2>

『彼』が私を動かし始めてから、『彼』の人生を『思い出す』ことが、しばしばあった。
とても古い時代。
『彼』は20代の青年だったけど、恋をすることもなく、働くこともなく、ただ『生かされていた』。
体を洗うことも許されず、フケと油にまみれた頭は悪臭を放ってた。
衣類は垢を吸収して、黒く変色してた。
汚れた身には穢れが宿る。
暗部を一身に背負わされて、『彼』は海に放り込まれた。
世界の浄化のために。

古代のシャーマンは、超絶した能力を持った人間だって、お兄ちゃんは、かつて言ってた。
だから、私も、自分の中に潜む『神格』が、すべてを解決してくれるような便利なものだと思い込んでた。
でも、『彼』は、特別でもなんでもない人間だった。
幼い頃に親を亡くして、守ってくれるべき人間を失った、弱い立場の『贄』に過ぎなかったんだ。

『死ぬ運命を受け入れることで、授かる力がある』
『彼』はそう信じている。
その『力』っていうのは、『彼』と同じように望まぬ死に様を強いられた魂を、慰め、納得させて、浄化させること。

その理念は…わかるんだけど…。
…『私』は『彼』ほど強くない…。
頭を割られた醜悪な母子を目の当たりにして、まともな精神を保てるか、すごく不安…。

<3>

お地蔵さまを起こして、傾斜のない地面に据えた。
風雨に晒されてきたせいか、石作りとは思えないほど軽いお地蔵さまだった。
…可哀相だね。
死んでまで、こんなに粗末に扱われるなんて…。

欠けた頭をくっつけてあげたくて、辺りを見回した。
土砂に埋まった岩石の先端がいくつか覗いてる。
片っ端から掘り起こしてみたら、それらしい、いびつな円を描く石片が現れた。
「これかも」
嬉しくなって、お地蔵さまの方を振り向いた。

そのとき、携帯が鳴った。
番号も見ずに飛びつく。
お兄ちゃんかハルさんに違いない!なぜだかわからないけど、こんな山奥で電波が通じたんだ!

でも、電話の相手は、笹川さんだった。
「ありがとうね」
お礼を言う笹川さんの声は、頼りなかった。
「本当に感謝してます」
と繰り返して。…から。
「もういいから」
と言って。
電話が切れた。

<4>

携帯は圏外になってた。
私は…泣いていたかもしれない。
間に合わなかった?
間に合わない?

人間が人間でいられなくなるときが、ある。
自分を見失って、誰彼かまわず恨んで、不幸にせずにはいられなくて。
そういう『穢れた感情』を、『彼』は身の内に秘めて生きていた。
だから、『彼』には、『鬼』の気持ちがわかる。

私は、せっかく見つけ出したお地蔵さまの頭を、斜面の下に転げ落とした。
「笹川さんにはお前たちの立場は理解できない」
鉈で割られたような頭の地蔵尊に話しかける。
「だから、憑くのなら私に憑け。一緒に浄土に行こう」

…………あーあ…。
言っちゃった…。

獣臭が強くなった。
お地蔵さまとダブるようにして、子どもの姿が浮き上がった。
…正直に言っていい?
気持ち悪くて、吐きそう…(苦笑)。
頭に振り下ろされた鉈は、子どもの顔半分を削いじゃったみたい。
死んだあと、放置された体には野犬が群がったんだね。だから。
首から下は食べられた状態のままだった。

この村に来るときに、お兄ちゃん、言ってたっけ。
「牛鬼って鬼は、動物と人間のキメラだ」。
野犬に食いちぎられながら、この子は『鬼』になっちゃったんだな…。

完全に物体化した『一角の鬼』は、私のほうに歩み寄ってきた。
どうなるのか、まったくわからない。けど。
できれば、楽に統合できますように。
そして、もう一度、ハルさんと挨拶ぐらいできる余裕を持てますように。
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