鬼になる理由<晴彦6>

<1>

冗談…じゃなかったみたいだ…。
いったん、オレから離れた息子が、車の助手席から持ち出したものは日本刀だった。
抜き身の刃がひどく汚れてるのを見て、改めて思い出した。犬の首…切れ味よかったなあ…。
とりあえず、斬られるまで待つのは得策じゃない。
オレは、ダメージの残る重い体を何とか起こして、廃屋の玄関に向かった。

中に転がり込んで、ドアの取っ手を利用しての『つっかい棒』をかけると、間一髪で巨体がドアをこじ開けようとした。
………。
大丈夫。開かない。
ガタついたドアの隙間から覗くと、向こうもこっちを見ていた。
慌てて離れると、刹那、刃先が、今までオレの顔のあった場所を貫いた。
…アブね…。

他に入ってこられそうな箇所に警戒してみたけど…すぐにやめた。
窓はガラスが弾け飛んでいて全開状態だし、壁も、道具でも使えばすぐに大穴が開くだろう。
隙だらけの家屋は、でも、オレの逃げる場所も多そうだ。
とりあえず、加藤たちから離れた2階に上がることにした。

<2>

―――――。
悪い癖が出てるなあ…と、自覚してる。
トラブルに見舞われると、解決するより、面倒だと投げ出したくなるんだ。
藤原京で地盤沈下が起きて、地下に放り込まれたとき(とオレは感じてた)も、助けを呼ぶのがかったるくて、命が尽きてくれるのを、ただ待っていた。
だから、側に、オレを助けようとする美耶ちゃんの鼓動を感じたときは、感謝半分、迷惑半分だったんだ、本当は。

自分が生きるに値しない存在だと気づいたのは、小学生の高学年のときだったかな。
自宅に遊びに誘った友だちが、うちに辿り着く前に事故を起こした。しかもことごとく、だ。
オレにつけられた徒名は『死神』だった。
後になってから、うちに厄介な呪具があって、オレが呪われていることを知ったけど。
そのときには、もうオレ、他人と関わることにも、オレ自身が生きていくことにも、興味を持てなくなっていた。

オレが生きる意味っていうのは、今は、美耶ちゃんに好かれているって理由だけ、だな。

だから。
やっぱり、早くここを抜け出して、迎えに行こう。

<3>

2階に上がった。
でも、突破口になりそうな出口は見当たらなかった。崇志兄が笹川さんを突き落とした穴が壁に開いてるぐらいだ。
その穴を覗き込んだとき、異臭に気づいた。ガスの臭いだ。
またボンベを開いたのか…。

屋根に雨音が当たってる。いつから降ってたんだろ…。
この状況で雷が落ちたら…アウトだ…。

諦めて、1階に戻ろうと振り返ったとき。
ありえないものを見た。
笹川さんが立ってる。後姿で階段を見下ろしてるけど、パジャマだし、本人に間違いない。

わけがわからなくて、声がかけられない。
…というより、声も出ない。
…というより…。

音を出しちゃいけない気がする。
『そいつ』に気づかれたら、どんな危機よりまずいことになりそうだ。

<4>

壁の穴から身を乗り出して、階下に下りた。
むせるほどの臭いに、意識が遠くなる。
そっか。プロパンっていうのは空気より重いから、下に溜まるんだったな。
ドアには近づかず、壁沿いに亀裂を探した。外の空気が吸いたい。
だけど、せっかく探した隙間の向こうには、常に加藤の姿がうろついてた。

面倒くさい…。
玄関から飛び出したら、斬られるだろうか。
そのほうが楽な気さえする。
階段下に行って、笹川さんに伝えた。
「どうやってここに来たのか知りませんが、崇志兄のところに戻ったほうがいいですよ」

笹川さんは、昨日の深夜に忽然と姿を消して、ここまで来た。
車に乗ってきたのは間違いないと思うけど、その車までの行程をどうやったんだろう?
…馬鹿なこと考えてるな、オレ。瞬間移動なんてできるわけないじゃないか。
でも。
もしも、それが可能なら、笹川さんは、この家から逃げ出すことはできるわけだ。

階段の上から。
『それ』が顔を覗かせた。
目が血走っていて、口に血の滴った肉の破片を咥えてる。
頭には捻れた角。
『鬼』だ…。

なんだか猛烈に腹が立って、オレは階段を蹴飛ばした。
「ユイちゃんにまた会いたくないんですか?!」
『鬼』になんか取り込まれたら、家族の元に帰れないだろ!

肺の中にガスが溜まって息苦しい。
オレは死神なんて大層なものじゃないから、普通に死ねる。はず。

階段を駆け下りてくる大仰な足音が、最後に聞こえた。
イメージの中で、オレは笹川さんに食われていた。
『鬼』になりきるには、それが必要だったらしい。

また。
美耶ちゃんの鼓動が間近に感じられたけど。
もういいって。
いつまでもオレに付き合わなくても。
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