鬼になる理由<崇志4>

<1>

消えた。
……………。
…え?ちょっと待て。

笹川氏は俺と一緒に車に乗った。それは確かだ。
途中でI村の住人の爺さんに会って、車を降りて話をした。そのときも助手席でおとなしく座っていた。
ここ、村の入り口まで戻ってきて、車を乗り換えなきゃいけないからと、俺の車の脇まで運んだ。
鍵を開けているあいだに。
動けないはずの笹川氏が、なぜか、一緒に停まっていた軽トラックの荷台に乗り込んでいた。
そして。
犬の死骸を食べていた。

そして、消えた。

…消えた、のか?
変だな。妙に記憶があやふやだ。
俺はここに何をしに来たんだ?誰と来たんだ?
このまま帰るべきじゃないのか?
だって、ありえないだろ。人間が消えるなんて。
ここにいること自体が夢の中みたいなもんで、早く現実に戻るべきじゃないのか?

<2>

自分の車に乗って、エンジンをかけた。
居心地が悪い。ここから離れないと。
ドライブにギアを入れ、サイドブレーキを外して。
…気づいた。
助手席の角度が、いつもと違ってる。

そうだ。
美耶を連れてきたんだ。

エンジンを止めて、状況を整理した。

さっき会ったI村の爺さんは、俺たちに、
「早く出て行ってくれ」
と言った。
でも、
「普通には出て行けないだろう」
とも言った。
笹川氏は、この村に魅入られて、帰ることができなくなったんだ…。
あの廃墟に戻ってしまったのかもしれない。

人間が瞬間に移動できるかどうか、は、今は置いておく。
笹川氏がいなくなったのなら、俺ももう1度、あそこに戻らないといけないだろう。
晴彦はどうなったかな。
今ごろ美耶と合流できているだろうか。

<3>

少し戻ると、さっきの爺さんに出くわした。
改めて見ると、背の低い、腰の曲がった70近い老人だが、眼光が鋭い。
俺は車を降りて、爺さんに聞いてみた。
「連れを見ませんでしたか?」
爺さんは、
「やはり戻ったか」
と独りごちた。
…言われると思ったけどね…。

爺さん…加藤さんは、I村の村長のような役目を負っている人物らしい。
正確に言えば、I村に自治は存在しないから(村として認められていない)、役場のある隣村への連絡係、ということになるんだろう。
つまり、この村の戸籍の移動から、事件、事故の報告までは、この爺さんが仕切っているわけだ…。
「村に他所の人間が入ることは稀にあるが、ほとんどはそのまま消えてしまう」
加藤さんは、そう教えた。
「だから、儂らは余所者には関心を持たない。勝手にどこかに行ってくれれば、それでいい」
と、突き放されもした。

「申し訳ないが、まだ帰りません」
と伝える。
と。
「雷が落ちる前に見つけてやりなさい」
…思わぬ言葉が返ってきた。

礼を言って車に戻る。
期を熟したように、重い雨粒が落ちてきた。

<4>

廃墟までほんの5分ほどで着く行程だったが、さらに見知った顔に出くわした。
さっきのあぶねえ爺さんと巨漢だ。トラックですれ違った。
ラッキー。それじゃあ、心置きなく笹川氏を探せるじゃないか。

山に入り込む細い砂利道を飛ばす。
前方に、雨にかすんだ廃墟が見えてきた。
車を停めて降りると、ガスの臭いが漂っているのに気づいた。
…あいつら、またボンベを開けたのか…。

雷が、また、光った。
もし笹川氏がこの家に戻っているなら、一刻を争う。

玄関のドアを開けようとしたが…開かない。何かが引っかかっている。
焦るな。窓に詰まっている木材をどければ、侵入は簡単なはずだ。
今さらながらに気づいて、ボンベの栓を締めた。胸が悪くなりそうな臭いだ。
笹川氏、ガス中毒なんかになってないだろうなあ…(汗)。

<5>

摩擦で火花が散らないように、慎重に作業を進めた。
…正直、もう、笹川氏なんかほっといて逃げたい気分だ。第一、ここにいるのかどうかもわからないってのに…。
だけど、さあ。
もし、俺が助けずに、後になって、この家から笹川氏の丸焦げの死体なんか見つかったら、俺はたぶん、後悔せずには生きていけない。

俺の実の母親は、遠出で興奮していた幼児の俺を寝かしつけようとして、助手席から不自然な姿勢で後部座席に身を乗り出していたんだそうだ。
親父は、泣きぐずる俺の声に集中力を欠いていたんだろう。
その2人が即死して、俺はほとんど無傷だった。
幸運だったなんて喜べた日は、一日もなかったからなあ…。

3本をどけたところで、中に向かって呼びかけた。
「笹川さん、いる?!」
声は…返ってきた。
「崇志兄?」

………晴彦の声???

<6>

わけがわからない。
でも、確かに聞こえた。
さらに木材を引き抜くと、窓のすぐ下に頭が見えた。
晴彦…っぽいな。癖毛に見覚えがある。

『何やってんだ、お前?』
と、
『笹川氏もいるのか?』
の、どっちを聞こうかと思って、後者にした。
「笹川氏は一緒?」
晴彦は、しわがれた声で、
「この家の中にいます。でも、隠れました」
と答えた。

ガスを吸い込んでるのは一目瞭然だった。
窓から引き出してやりたかったが、そこまでのスペースは、まだ、できていない。
「ドアが開かないんだ。ここから引っ張ってやるから、もう少し待ってろ」
と伝えると、
「もういいですよ。雷が落ちる前に離れてください」
と投げやりな答えが返ってくる。

相変わらずだな…。
免許を取ったばかりの頃、晴彦は、地元の峠によく走りに行っていたようだ。
運転が面白かったってのもあるとは思うが、一番の目的は、『事故現場を見たかった』ことらしい。
自分とは無関係なところで他人が傷ついたり死んだりしていく。それを体感すると安心するんだ、と。
晴彦が関与しなくても、人間なんて、勝手に自滅していく。呪いなんか関係なく。

俺は…晴彦になんて言ったっけか?
確か…。
「他人の生き方に影響を与える人間は珍しくないが、他人の生死に影響を与える人間になるには、お前はまだ薄っぺらい」
ってなこと…だった気がする。
誰かを殺してしまうには、その誰かの執着を手に入れなければならないんだよ。
子どもが、ぐずることだけで、親を殺してしまえるような『愛情』を。

<7>

雷が、また、光った。
中の晴彦が、
「雷ってね、一度には地上まで届かないんです。少しずつ距離を延ばして、この家まで到達するんですよ」
と言った。

「それがどうした」
と答えた。

その間にも手を休めなかったおかげで、晴彦ぐらいは引っ張り出せる穴が、窓に空いた。
俺は、手を差し入れて晴彦の脇を支えると、一気に引き揚げた。
晴彦は、少し躊躇っていたようだが、自分から窓をくぐって外に出てきた。

右肩に流血の跡がある。

「笹川さんに噛まれました」
と笑う。
「おかげで意識がはっきりしましたけどね。ご迷惑をかけました」
と詫びるので、
「まだ充分ボケてる」
と返してやった。

<8>

晴彦は助けられたが、笹川氏は、まだ中にいる。
ガスの臭いはだいぶ薄らいでいる。行けそうだ。
晴彦に、
「ちょっと避けといてくれ。俺、中に入ってみるから」
と言うと、晴彦は、顔をしかめて、
「あー…えっと…」
と、言葉を濁した。
「…オレ、行きましょうか…。ドア、開かなくしたの、たぶん、オレですし…」

………。
……………。
…………………。
お前かよ?!!!

でも、申しわけなさそうにうな垂れる晴彦を責めるわけにもいかず、俺は、無言で窓から侵入を果たした。
中は、予想に反して、まだガスが充満していた。
息を止めてドアまで行くと、…なるほど、極太い角材が内開きのドアのつっかい棒になっている。

………。
ああ、そっか。あの『キチガイども』が入ってこないようにしたんだな。
ま、そんなら許す。

<9>

笹川氏を呼んだ。
闇の落ちている家の中は、気配があっても、俺にはわからない。
鬼…。
数時間前に見た笹川氏のイメージが頭に浮かぶ。

…だから。
どうした。

鬼なんて、理由があるから、なるんだよ。
鬼にした理由は、たいていが人間側にあるんだ。
『原因の解明』から逃げれば、いつまでも、鬼は『浄化』しない。
なぜ、人間は、その『過ち』を、いつまでも清算しないで、『異形』にかぶせるんだ?

笹川さん。
あんたが一人でかぶる問題じゃないはずだ。
だから出て来い。
言いたいことを吐き出してくれ。

落雷の光と音が、壁の亀裂から、闇に包まれた部屋の中に侵入してきた。
一瞬、明るくなった視界に、人間の姿が映った。
実在じゃない。写真だった。フォトフレームに入った4人家族の肖像だ。
40そこそこぐらいの父親と、同年代の母親。
中学生の少年。
それと、大人に差しかかった年齢の、恐らく娘。

…4人?
この家の住人は、4人だったのか?
でも、笹川氏に助けをすがってきたという遺体は、俺が聞いた話では3体だった。はず。

「…この娘…」
自分の考えを口に出そうとして、声がかすれた。
『この娘…あの惨殺されたっていう母子のどっちかの、生まれ変わりじゃないのか?』

馬鹿な考えだろうか?
恨みを持つ魂が、I村に還ってきて。
鬼になって、村の住人を脅かした。
恐れた住人は、難を逃れようとして、窓を赤く染めた。
鬼の駆逐がエスカレートして、……ここの家族まで……殺された?ガス爆発という形で?

事故や事件の報告を役場にするのは、村の代表者の加藤の爺さんだ。

<10>

新たな雷光が差し込んだ瞬間、視界の端に、揺れる角の一片が見えた。
生臭い匂いが漂ってくる。

…どうやって連れて帰るよ?こんなモノ…。

車から降りたときに、独鈷は持ってきた。
九字を切る余裕も、まだある。
が。
役に立つ保証はないな(汗)。
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