鬼になる理由<美耶6>

<1>

大きな泣き声に思考が奪われる。
イタイイタイイタイイタイ。
コワイコワイコワイコワイ。
コドクコドクコドクコドク。

お母さん、お母さん、お母さん、お母さん。

子どもの声…だ…。

恐怖が強すぎて、ここから動けないんだね。
迎えにきてくれるはずのお母さんは、もういない。
…先に浄土に行ってしまったんだ。
でも、呼んでる。
いつまでも呼び続けてる。
お母さんを、またこの地獄に引き戻すために。

『子どもの無垢さは強力だな…』
私の中の『彼』が言う。
…そう、だね。一生懸命で必死、だね。

<2>

お母さんは、たぶん、戻りたくないと思ってる。
だって、苦痛のみが残るこの場所に縛られるのは辛いから。
だけど、子どもが呼ぶから、戻らざるを得ないんだね。

他人に憑依してまで。

笹川さんにとり憑いているのは、お母さんのほう。
『鬼』という妄執の固まりになってしまった子どもと一緒にいるために、自らも鬼になろうとしてるんだ。
だけど…なりきれてない?
なぜだろう…。何かの条件をクリアしてないからだろうか?

『修験者たちは、人間としての境界を超えるために、仲間の一部を食べさせられるところだった』。
藤原京での体験を元に、『彼』がヒントをくれる。
人間が人間を食べる。
それは、人間としての尊厳を失うこと、に、なる、よね。
「『鬼』なら、人を容赦なく食べるよ」
ハルさんに聞いた『酒天童子』の話を思い出しながら、私は答えた。
『その判断は正しい』
『彼』は肯定した。

<3>

それなら。
笹川さんの体から『お母さん』を私の中に移すには、私が『穢れる』必要があるわけ、ね…。
人間を食べて。

…………。

荒唐無稽だ。
そんなことはできないし、なにより、ここには食べる相手もいない。
そんなことをしなくても、私なら、『お母さん』にコンタクトを取れないかな。
笹川さんから離れて私の中に入って、って、お願いできないかな。

試してみる。
何度か。
何度も。
でも、『お母さん』の意識は来ない。
一角の鬼の気配は、すぐ真横まで来ているのに。

「『この子』は私に何かする?」
恐怖を堪えて、『彼』に聞いてみた。
『さあ?』
とだけ、『彼』は答えた。

早く、私も『鬼』になりたい。
この子の同族になって、この恐怖から逃れたい。

<4>

…考えてみたら。
私は、過去に、鬼だった時期がある。

殺したいほど憎んだ同級生たちがいて。
なんとなく、だけど、自分が、そういう相手を呪殺できる能力を持っているんじゃないかって自覚もあって。

ほら。
何の力もなければ、気軽に、「殺してやりたい」とか「死んでよね」とか、言えない?
逆に、可能な立場なら、本当に殺意を持っていない相手には、そういう言葉や感情は向けない、よね。

私は、『もしかしたら実際に死ぬかも』と思いながら、複数の人間の死を願った。
私のせいで彼らが死んでもいいと思ったから。…ううん。
私が楽になるために、彼らを殺したい、と思ったから。

成就したくて、自分の肉体を贄にすることを思いついたんだ。
私が死ぬ。それを引き金にして、私の中の『力』(これが『彼』だったんだけど)を呪いの方向に使うことができるはず、って。

首吊り用のロープまで用意したのに、私、死にきらなかった…。
生きたかったから。
同級生たちには死んでほしかったけど、私は死にたくなかったから。

あのときの記憶が未だに苦しいのは、自分のエゴさを思い出してしまうからかもしれない。
思いやりも信頼も失くしてしまった私は、とっくに、鬼と同一の存在に成り果てているんじゃないだろうか…。

<5>

なんだか、自信を失くしちゃった。
私は俗っぽすぎる。慰霊とか神格とか、そんなものを司る資格なんか、まったくないじゃない?
ううん、それどころか…。
ハルさんとか教授とかと対等に付き合うことも、おこがましい気がしてきた。
以前みたいに、家にこもって、人付き合いを絶とうかな…。

……………。

お母さんとお父さんは、私が家にいたら、嫌がる、か、な…。
お兄ちゃんは、今までは味方になってくれてたけど、もう愛想尽かすだろうし…。

……………。

鬼。
に、なろう、か、な。
そのほうが、ふさわしい気が…してきたし…。

私は、自分の腕に噛みついてみた。
…痛くない…。
もっと力を入れる。皮膚が切れて、血が口の中に流れてきた。
…でも、痛くない…。

肉を噛み千切って、食べてみよう。
人間を食べるのなんて、意外に簡単。

<6>

呻き声が聞こえた。
噛みついてる腕が、…何て言うのかな…、食べられまいとして、力が入ってきてる。
声が、聞こえた。
「美耶ちゃん、痛い」

びっくりした。

私、ハルさんの腕に噛みついてた。

<7>

よくわからない。混乱してる。
山の中にいたはずなのに、私は、あの廃墟まで戻ってきてた。
雨が降ってる。

口の中の血の味に、寒気がした。

「そんな嫌そうな顔しなくても」
とハルさんは苦笑してたけど、急いで隠した袖の内側から血が滲み出してるのがわかる。
「私…」
言葉が見つからなくて、そこで切った。
「座ろうか」
ハルさんは、濡れた夏草の上に腰を下して、私を誘った。
私は…立ってた。隣に並ぶのは怖かった。
「オレは平気だよ」
見透かしたようにハルさんが応えるので、ビクビクしながらだけど、座って、ハルさんと目線を合わせた。
「様子が変だったから、また『あれ』が出てきたのかなと思ってた」
ハルさんは、非が、私にあるのではなく、『彼』のせいだと強調してくれる。
でも…。
「『あの人』も私の一部だもん」
…私、反論しちゃった…。
「私は、私だけでできてるんじゃなくて、『彼』や、もっといろんな…嫌な感情が混ざってできてるんだもん…」

ハルさんは、少し考え込んでたけど、
「だから、美耶ちゃんと付き合ってると面白いんだ」
って、笑った。

<8>

ハルさんになら…言える…かな。
ずっと違和感があったの。私が、私だけの感情では生きていないような。

「ごめんなさい」
まず、噛みついたことを謝った。
それから。
「でも、私、またこういうことするかもしれない」
と告げた。
「オレは平気だよ」
ハルさんは、また、同じ言葉を繰り返して。
そして。
「美耶ちゃんの中に誰が入っていても、美耶ちゃんの本音は、オレにはわかるからね」
と続けた。

私は…。
また言葉が見つからなくて、ただ、頭を下げた。

<9>

気を取り直して、鬼の正体をハルさんに伝えようとしたとき、空が真っ白に光った。
直後に大轟音が轟いて、周囲の山が震えた。
私を庇ってくれながら、ハルさんが、
「…落ちた」
って呟いた。

顔を上げると、廃墟の向こうの山の中腹から、細い煙が昇ってた。

「ちょっと待ってて」
ハルさんが立ち上がったので、不安になって、
「どこ行くの?」
って引き止めた。
ハルさんは、
「崇志兄が中にいるんだ」
って応えた。
…意味…わかんない…。

ハルさんの進もうとする廃墟の方向に目を凝らしたら、…まだほのかに夕景の光が残る景色の中に…、プロパンガスのボンベ…?…みたいなものを見つけた。

<10>

雷。
ガスボンベ。
お兄ちゃんの行方。
ハルさんの向かう先。

…ぼんやりと、お兄ちゃんが廃墟の中にいることは、…わかった。
…笹川さんも?

空が、また光った。
ほぼ同時の落雷音。

雷が近くにいる。
あの廃墟に落ちたら…。

網膜に、見知らぬ『家族』の顔が灼きついた。
お父さんとお母さん、それに弟。
『新しく生を受けた先』の、大事だった家族。
だけど、山の中で、独り、取り残された子どものために、その家族さえ犠牲にしなければならなかった。

だから、殺した。

不条理だ。
でも、抗えない。
私は母親だから。
子どもに、未来永劫付き合ってあげないと。

<11>

「ハルさん…私、間違ってた」
私と『彼』の意識がシンクロして、言葉が無意識に口をついた。
「鬼になった子どものために、自身を犠牲にすれば、解決できると思ってた。でも、そんな簡単な怨念じゃないみたい」
ハルさんが何か言ったけど、よく聞こえない。
「消してしまわないとダメなの。子どもの存在自体を」

真っ黒な雲が、上空を覆ってる。
その所々で稲妻が光るたびに、中空に幻像が浮かび上がる。
半分しかない頭部に鉈を突きたてた、鬼の恨めしそうな顔。

ハルさんの手を強く引っ張って、廃墟に近づかないように示唆した。
「お兄ちゃんは、たぶん助けられる。でも笹川さんはわからない」
と、伝えてから。
私自身は、立ち上がって、草を払った。
鬼の発する雷が落ちる先は、笹川さんの頭の上。
ギリギリまで…巻き添えを食う可能性のあるエリアまで…近づかなければ、『彼』の能力は、最大限、発動しない。
だから。

廃墟へと進み始めた私のすぐ後ろを、ハルさんがついてきた。
えーとーーーーー…。

ま、いっか(笑)。
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