鬼になる理由<晴彦7>

<1>

『下降噴流』という聞き慣れない言葉が、翌日の新聞の一面に踊っていた。
隣で美耶ちゃんが、
「説明を読んでも、どんな現象なのか、さっぱりわからない」
と顔をしかめている。
別名、『ダウンバースト』。上空から空気の塊が地面に落ちてくる異常気象のことで、小さい規模のものでも竜巻並の破壊力を持つらしい。

昨日の、あの瞬間。
最初に発生したのは雷だった。それはよく覚えてる。
崇志兄と笹川さんの上、ごく至近距離に、突然、稲妻が現れたんだ。
崇志兄たちだけじゃなく、美耶ちゃんとオレも巻き添え食ってておかしくない距離だった。

その雷を追いかけるように、暗雲の一部が、捻れながら向かってきた。
黒い風の塊が、稲妻もろとも、周りの光を全部飲み込んで、廃屋の上に落ちた。
ものすごい風圧で、それ以後のことは見ていられなかったけど。

治まったあと、改めて観察したら、廃屋は跡形もなくなっていた。
地面には、突風が削っていった痕らしき溝が、村の中に向かって伸びていた。

<2>

「こんなやり方もあるんだなあ」
美耶ちゃんが嬉々として記事に魅入っている。

I村は、死人こそ出なかったものの、家屋や土地に甚大な被害を受けたみたいだ。
いま報道しているニュースでは、すでに引っ越しを検討している世帯もあるとのことだった。
若干2名の重傷者は、名前は公表されないものの、『軽トラックごと横転した父子』という説明で、簡単に予想がついた。

「また小角の力を借りたの?」
と美耶ちゃんに聞くと、しばらく首をかしげてから。
「えっとー…。でも、お兄ちゃんが唱えるみたいなお経が聞こえてたよ」
と言う。
崇志兄の『お経』って…真言?
それを唱える立場で、自然現象まで操れる人物っていったら…。

…………く………。

…あまりにも有名な高僧の名前を美耶ちゃんに伝えるべきが迷って、やめておいた。
美耶ちゃんの中に潜む持衰が、これ以上調子づいたら困る。

<3>

父さんが呼んだので、美耶ちゃんと一緒に居間に行くと、黒ずんだ古紙のファックスを見せられた。
「これは、あの地域の郷土史誌の抜粋なんだけどね」
I村の所属している役場に問い合わせて、資料を送ってもらったらしい。

父さんの指差す箇所に、『磯神』の文字が見て取れた。『天変地異の前触れとして恐れられた現象』と解説がある。
そして、その文章の最後に、こんな言葉があった。

『磯神地方には、ごく近年まで、山に住む神に死んだ動物を奉納する慣習があった』

………奉納がどのタイミングで行われるのかはわからないけど、都合よく、動物の死体なんか手に入るものじゃないだろ…。
加藤父子が犬を虐待死させていたのは、もしかしたら、この儀式のためのストックだったのかもしれないな…。

隣で美耶ちゃんが、
「贄にするには、動物では力が足りない」
と呟いた。
ちょっとゾッとした。

……でも、父さんは満足げに目を細めていた(汗)。

<4>

「美耶ちゃんと父さんの話を聞いてると、…なんだか…」
人間不信になりそうだ、と、正直な感想を伝えると。
美耶ちゃんは、
「人間って、信用に値しないものなんですよ」
と、笑顔で(!)で言う。
父さんも、
「そのとおりだ。人間は正当な生き方ができるようには作られていない」
と肯定した。
その上で。

「だから、僕らは大いに反省していい。もともと間違った方向に進む習性のある生き物が、過信を抱いて生きてしまったら、この世界は狂うばかりだ」
と、付け足した。

…そう…だな。
人間が、自分の過ちを認めない種だというのは、I村の件でもよくわかったよ。

<5>

日が落ちかけた頃、オレは美耶ちゃんを伴って、数ヶ月前に仕事で訪問した団地を訪れた。
『ケイちゃん』に会いにいくために。(鬼子母神、参照)

笹川さんが気にかけてるんだ。
I村での一件が母子の情愛から発したものだったこともあって、なおさら、母親に虐待死させられたケイちゃんが哀れに感じるんだって。
だから、美耶ちゃんが死者と話すことができるんなら、ケイちゃんに、
「今度は、きっと、いい母親に巡りあえるから、安心して生まれ変わってきていいよ」
と伝えてほしいらしい。

笹川さんは、昨日、I村から直行で運び込んだ病院で、緊急手術を受けた。
心配していた脊髄の損傷はなく、下半身が麻痺していたのは、脳の中に異物が食い込んでいるせいだった。
3時間ほどの手術を終えて、奥さんと一緒に、オレたちも摘出した『異物』を見せてもらったけど。
…鉈の欠片のような金属片だった…。

いまは、麻酔も切れて、家族で一息ついている頃だろう。

暗闇に沈む4棟の4階に上がると、以前供えられていた共用廊下の菊の花はなくなってた。
「この部屋だったんだけど…」
美耶ちゃんに405号室を紹介すると、美耶ちゃんは、
「ここにも、鬼が来たみたい」
と、人の気配のないドアの向こうを指差す。
そして、付け足した。
「鬼は、笹川さんが最初にI村を訪問したとき、笹川さんに憑いてきたの。で、ここで『母性』を覚醒させちゃったんだね」

…なるほど。
『情愛深い母親だった鬼』は、子どもを自ら進んで殺してしまう現代の母親に、強いショックを受けたんだろうな…。

帰りがてら、夕涼みに外に出ていた一家に話を聞くと、『ケイ』ちゃんの母親は、精神的な病状に見舞われて、今は入院しているそうだ。
養育していたほうの娘さんは、離婚した父親が連れて行ったということだった。

そう説明してくれた人たちの顔は、満足げだった。

<6>

「なあ、美耶ちゃん…」
帰り道の車の中で、情けないことだけど、弱音を吐いた。
「オレ、いま、少し落ち込んでる。人間って、そんなにどうしようもない生き物なのかな…」
美耶ちゃんは、オレの運転への不信感から握り締めていたシートベルトから手を離して、考え込んだ。

「ハルさんは、人間が好きなんだよね?」
と確認してくるので、頷くと。
「そういう感情がなかったら、人間同士が繋がりあうなんて無理なんじゃない?」
「教授の受け売りなんだけど、私たちが、失望を繰り返しながらも他人と関わろうとするのは、そういうメカニズムが必要だからなんだって」
「独りで過ごすより、1人+1人、1人+2人って集団で社会を形成していくことを理想とする感覚が、人間には備わっているらしいよ」

「だから、多少の失望に目をつぶれる『愛情』ってものを、私たちは生まれつき持っているみたい」
と、まとめてから。
「なんだか計算高いね」
と美耶ちゃんは笑う。

オレは、安全速度までスピードを落としてから、美耶ちゃんに応えた。
「そのメカニズムに便乗してもいいかなあ。オレ、ね、…あんまり付き合ってメリットのある人間じゃないけど、美耶ちゃんとは一緒にいたい」
美耶ちゃんは、窓の外に顔を向けて、言った。
「私も…むしろ、私のほうがデメリットは大きいかも…。でも…」

「私と、私の中にいる『彼』を、認めてくれる?」
と確認してくるので。
ものすごく迷ったけど、正直に伝えることにした。
「無理」

美耶ちゃんは、驚いた顔で振り返った。
「ええっ?!いまさら無理とかって…、ありえないでしょ?」
「でもさ…」
どう考えてもさ、やっぱり…。
「美耶ちゃんの中の持衰って…男なんだろ…?その…日常的に入れ替わられると、対処に困ると言うか…」
様々なパターンを想像すると、かなり不都合なことになりそうだ。

美耶ちゃんは。
大笑いした。
そして、いつもの女の子らしい表情とはまったく違う笑顔で、言った。
「例えば、どんなときに隠れていてほしい?最大限、気を使ってみるが」

「とっとと美耶ちゃんから出て行ってくれ」
と、本気で願った。
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