鬼になる理由<崇志 終章>

<1>

夜になって、美耶と晴彦が帰ってきた。

笹川氏ごと下降噴流に吹き飛ばされた俺は、その衝撃で、肋骨と右上腕を骨折する大怪我に至った。
が、入院していれば治るというものでもなかったんで、無理を言って、病院を早々に出てきたんだ。
今は実家に留まっている。お庫裏さんもこっちに駆けつけてきてくれた。

母さんが俺の世話で手一杯だったから、美耶は、夕べ、晴彦に預けたんだ。あいつも精神的に参ってたからね。

「お兄ちゃん、大丈夫?」
一応、気遣いのできるようになった妹の頭を撫でてやると、晴彦が、なぜか、思いっきり怪訝な表情をしていた。
「何だよ?」
と聞くと、
「いえ…。えっと…」
と、言葉を濁したあと、すり寄ってきて、小声で囁いた。
「崇志兄って、美耶ちゃんのことを、今でも妹扱いできますか?」
と。

<2>

何年か前。
晴彦が、自暴自棄になってはロクでもないことをやり、しょっちゅう俺の寺に懺悔(さんげ)に来ていた頃のこと。
俺も、釣られるままに、ガキだった俺の愚行が実の両親を死に至らしめたことを、ヤツに告白した。

晴彦は、かなりの時間、考え込んだあと、
「崇志兄には、本当に家族と思える人が、今でもいないの?」
と聞いた。
俺は、
「いや」
と答えた。
「妹だけは、なぜか自然に家族扱いできるんだよな。血のつながりは薄いんだけどね」

それからの晴彦は、事あるごとに美耶のことを聞きたがった。
んー…。
たぶん、『俺を拠りどころにしていた』ヤツにとって、『俺の拠りどころである』美耶は、複雑な対象だったんだろう。

そんな頃、こんな質問が来た。
「もし、出口のない小部屋に妹さんと閉じ込められて、傍らに、もうすぐ爆発する起爆装置があったら、崇志兄はどうする?」
はあ?な問いかけだったが、真面目に答えておいた。
「そりゃあ、爆弾抱えるさ。俺の体で威力が弱まったら、妹は助かるかもしれんし」

晴彦は、
「オレ、それはできへん」
と笑ったあと、
「でも、そういうことをしてあげたいと思う相手が欲しいなと思います」
と言った。

俺は、家族ってものは、身を賭して助けるものだと思ってる。だから、美耶にもそのスタンスを貫いてきた。
だけど、晴彦から見れば、そういう姿勢は『過剰な愛情』に映るらしい。

「崇志兄と妹さんって、本当は従兄妹同士なんですよね?」
と、多分に邪推を交えた念押しをされまくったから、今回の、
『美耶ちゃんのことを、今でも妹扱いできますか?』
も、
『妹以外の立場を想定して付き合ってませんか?』
という意味合いに取れたんだ。

だから、答えた。
「今は、妹だとは思ってないよ」
そして、続けた。
「母親だと思ってる」

晴彦は、俺の顔を見て、それから、美耶を振り仰いで。
頭を抱えた。

<3>

まあ、無理もない(笑)。
俺だって、昨日、『あいつ』から知らされたときは、信じられなかったんだから。

I村で、ペンキの薄め液を買いにいった晴彦を待っていた間、美耶がぶっ倒れたことがあったろ?
あのとき、美耶の人格が完全に入れ替わって、『あいつ』が出てきた。
美耶の器に生まれ変わってきた『持衰』は、少し、昔話をした。
両親と死に別れたあと、強制的に持衰にされたこと。
健康体だった自分に与えられた寿命の残りは、たった1年だったこと。
女だったら、その立場を免れたかもしれなかったこと。

そして。
美耶という、安心して生きられる肉体を手に入れられたことを、とても嬉しく感じている、とも。

『持衰』は、
「時が来れば、私の意識は融合して、消えるだろう」
と言った。
でも、
「いまは、まだできない」
らしい。

理由を聞いてみて、…驚いた。
美耶の中には、もう一つ、別の意識体が入り込んでいるんだそうだ。その意識体は悪霊化していて、美耶と俺を引っ張っていこうとしているんだ、と。
だから、守護の力を最大限使える『持衰としての意識』を手放すことができない、と説明された。

美耶が高校生の頃、何度か自殺未遂をしたことがあった。
ロープを買い込み、吊る準備をしては思い留まるということを繰り返していたようだ。母さんから聞いた。
俺自身も、1度、その場に遭遇して、そ知らぬ顔で凶器を取り上げたことがある。
美耶が書き殴っていた日記には、「クラスでイジメに遭っている」と、恨み言が延々と連ねられていた。
でも、ありえないんだ。
美耶は、そのとき、登校拒否にかかっていて、保健室と家を往復していたんだから。

<4>

「その悪霊って、どんなヤツ?」
俺は聞いた。
『持衰』は、俺を指差して、
「母親」
と答えた。
「幼い子どもを遺していたから、成仏ができないようだ。貴方が一緒に逝ってくれるのを待ってる」
と。

その話をしたら、晴彦は顔をしかめて、呟いた。
「母親って、けっこう身勝手ですよねえ」
…違いない(笑)。
「でもなあ…」
そこまで子どもに執着してくれるのが母親ってものなんだ、と晴彦に弁解しようとしたが、ハルは、もう解っているとでもいうように、肩をすくめて笑った。

だから、
「俺は、美耶の中に母さんがいてくれて、…やっぱり嬉しいみたいなんだ」
とだけ、伝えておいた。

<5>

晩飯を食ってから、晴彦は帰っていった。
見送ってから、俺の部屋に入ってきた美耶は、晴れ晴れとした表情で、
「ハルさんが『彼』を認めてくれたよ。一緒に付き合っていってくれるって」
と報告してきた。
「よかったな」
と返すと、
「うん。やっと、私、自分のこと全部、ハルさんに話せるようになる」
と、弾んだ声で応えた。

全部…。

美耶の中で抑えこまれている母さんは、いつか、俺の前に現れてくれるだろうか。
鬼になっていてもいいから、会いたい、ねえ…(笑)。

<6>

そろそろ寝ようかと思った絶妙のタイミングで、お庫裏さんが来て、電気を消してくれた。
「いろいろありがとう。お前もちゃんと休めよ」
と言うと、廊下の照明に照らされたシルエットの頭部が、わずかに俯いた。
「心配で…眠れません…」

俺は、かなり無理をして(汗)、半身を起こした。
甘えるように近寄ってきたお庫裏さんの頭を撫でて、
「悪かったよ。すぐ治すから心配要らない。お前に何かあるほうが困る」
と宥めた。

お庫裏さんは、相変わらず、顔を上げずに手元を見ていたが。
急に、右腕のギブスに触れてから。
「さっき、教授のほうの大月さんから電話がありました」
と切り出してきた。
「かねてから切望していた東北紀行を、そろそろ本格的に計画するそうです。美耶さんには、もちろん同行を求めるそうなんですが、貴方にも、ぜひ来てほしいと…」
そして、俺が口を挟む間も与えずに、
「断っていただけますよね?もう、こんなふうに心配するのは嫌なんです」
と、…言いやがった(汗)。

妖怪の伝承が色濃く残る地方への旅。
実は、俺、かなり乗り気だったんだよね…。

でも、まあ…。

「わかった。行かないよ」
と即答すると、奥さんは、やっと顔を上げて笑顔になった。

教授の冒険譚に加えてもらうのはもちろん魅力だったけど、いまは、こいつに喜んでもらえるほうが大事になってるわ、俺。
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